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第8話

翌朝、目覚ましのアラームで晴翔が目を覚ますと、すでに天音が起きて朝食の準備をしていた。


「お姉ちゃん、珍しいね。自分で起きるなんて」


「今日は私が作ったんだよ。晴翔、座って」


テーブルには焼きたてのトーストとスクランブルエッグ、それに野菜スープが用意されていた。


「どうしたの急に?」


「お礼。いつも助けてくれるから」


晴翔は照れくさそうに頭をかいた。


「別に、大したことしてないよ」


「そんなことないよ。晴翔がいなかったら、私、きっと昨日パニックになってた」


天音の表情は昨夜より明るかったが、目の下にはうっすらと隈ができていた。よく眠れなかったのだろう。


「ちゃんと眠れた?」


「うん、大丈夫」


嘘をついている。でも、晴翔はそれ以上追及しなかった。


朝食を食べ終え、二人は登校の準備を始めた。いつもと同じ日常の風景。しかし、二人の心の中では、大きな不安が渦巻いていた。


「行こっか」


玄関を出ると、今日も快晴だった。青空が広がり、小鳥のさえずりが聞こえる。こんな穏やかな朝に、非現実的な出来事が起きるなんて誰が想像できただろう。


「今日は絶対に普通に過ごそう」


天音が自分に言い聞かせるように呟いた。


「うん、大丈夫だよ」


二人が通学路を歩いていると、後ろから声がかかった。


「おはよー!」


振り返ると、美羽が走ってきた。


「おはよう、美羽ちゃん」


「おはよ」


美羽は二人の顔を交互に見た。


「二人とも、なんか疲れてない? 顔色悪いよ?」


「ちょっと夜更かししちゃって...」


天音が曖昧に笑う。


「そうなんだ...あ、そういえば!」


美羽が突然思い出したように声を上げた。


「昨日のこと思い出したんだけど...」


晴翔と天音は緊張した。昨日のカフェでの出来事を、やはり美羽は気にしているのだろうか。


「天音先輩、昨日一瞬だけ...」


「な、何?」


美羽は真剣な顔で言った。


「すっごく美しく見えたの! あの夕日に照らされた瞬間! 天使みたいだった!」


晴翔と天音は思わず顔を見合わせた。そんなことか。ホッとした表情を隠せない。


「え、そうだった? ありがとう」


「本当だよ! 晴翔も見てたでしょ?」


「あ、うん...まあね」


美羽は満足そうに頷いた。


「だからね、今度写真撮影会しようよ! 河川敷とか、夕日が綺麗な場所で!」


「いいね、ぜひ」


天音は心から笑顔で答えた。


三人が校門に近づくと、奇妙なざわめきが聞こえてきた。生徒たちが空を指さして騒いでいる。


「どうしたんだろう?」


美羽が首を傾げた。晴翔も空を見上げた。


「なに...これ...」


空には、淡い虹色のもやが広がっていた。まるで巨大なオーロラのようだが、朝の青空の中にそんなものがあるはずがない。


「わぁ、きれい!」


美羽が感嘆の声を上げる。周りの生徒たちも同じように驚きの声を上げていた。


「こんな朝に虹が出るなんて珍しいね!」


「いや、あれ虹じゃないよ。オーロラみたいだ」


「日本でオーロラ? ありえないって」


生徒たちの間で様々な憶測が飛び交う。


晴翔はゆっくりと天音の方を見た。姉は茫然と空を見上げ、そして自分の手を見つめていた。


「お姉ちゃん...」


「私のせい...?」


小さな囁きは、晴翔にしか聞こえなかった。


「そんなことない」


「でも、昨日の夜...『もっと綺麗な空だったらいいのに』って思ったの...」


晴翔は息を飲んだ。


校内放送が鳴り、校長の声が響いた。


『生徒の皆さん、現在空に見えている現象は気象庁によると特殊な大気光学現象とのことです。心配はいりませんので、通常通り授業を行います。速やかに教室に入ってください』


放送は終わったが、生徒たちの興奮は収まらない。スマホで空を撮影する者、SNSに投稿する者、様々だ。


「不思議だね! これ、全国ニュースになるんじゃない?」


美羽も興奮気味に言った。


「そうかもね...」


天音の声は震えていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


「う、うん...ちょっとびっくりしただけ」


三人は校舎に入った。廊下では、教師たちが生徒を教室に誘導している。みんなの話題は空の異変のことばかりだ。


職員室前で、天音は晴翔と美羽に別れを告げた。


「じゃあ、私はこっちだから」


「うん、また後でね」


晴翔が姉の背中を見送りながら、不安が膨らんでいくのを感じた。この奇妙な現象と、姉の新たな能力は関係があるのか。もし関係があるなら、これからどうなるのか。


「晴翔、早く行こうよ!」


美羽の声で我に返り、晴翔は教室へと向かった。


この日から、彼らの日常は少しずつ、確実に変わり始めていた。


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