一時間目の授業中、窓の外の光景は変わらず奇妙だった。虹色の
「なあ、朝霧、あの空...普通じゃないと思わないか?」
「ああ...気象現象としては説明がつかないよね」
直人は眼鏡を上げながら、静かに言った。
「ネットでは様々な憶測が飛び交ってる。北極圏でのオーロラ活動が活発化したとか、成層圏での光の屈折現象だとか...でも、科学的に説明できる現象じゃない」
「そうなのか」
「ああ。それと...」
直人はさらに声を落とした。
「これ、
「え?」
「隣町では見えないんだ。SNSの投稿を見ると、この現象が見えるのは半径5キロほどの範囲だけみたいだ」
晴翔は息を飲んだ。限定的な現象だということは、ますます天音との関連性が疑われる。
「何が起きてるんだろうな...」
「分からない。でも、これが自然現象でないとすると...」
直人の言葉は途中で切れた。教室の後ろのドアが開き、
「遅刻です、望月くん」
担任の
「すみません...」
蓮はぼんやりした表情で謝った。彼の銀髪が朝の光に照らされて輝いている。教室に入ると、彼は真っ直ぐに晴翔の方を見た。まるで何かを知っているような、不思議な視線だった。
「席について下さい」
蓮は自分の席に着くと、窓の外を見つめたまま動かなくなった。
授業が再開されたが、晴翔の心は落ち着かなかった。蓮の視線が気になる。それに、限定的な空の現象。そして、姉の不思議な能力。全てが繋がっているような気がしてならない。
クラスメイトたちは授業そっちのけで、窓の外の光景に見入っていた。先生も集中力を欠いている様子で、授業は上の空という感じだった。
チャイムが鳴り、一時間目が終わった。晴翔はすぐに廊下に出て、姉のクラスへ向かった。
2年3組の前に着くと、クラスの生徒たちが騒いでいるのが見えた。晴翔は不安になり、教室に入った。
「すみません、
教室内の数人が振り返った。
「あ、朝霧さんなら保健室に行ったよ」
「保健室?」
「うん、具合悪そうだったから」
晴翔は礼を言い、すぐに保健室へと駆け出した。途中、廊下の窓からは相変わらず虹色に輝く空が見えた。
保健室のドアを開けると、姉が横になっていた。学校の保健の先生である
「失礼します。姉を見に来ました」
「ああ、朝霧くん。お姉さんはちょっと熱があるみたいです」
天音は目を開け、晴翔を見た。その目には言葉にならない恐怖が浮かんでいた。
「晴翔...」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
高橋先生が立ち上がった。
「少し休ませた方がいいですね。朝霧さん、頭痛もあるようですし」
「はい...」
「あの空のせいかもしれませんね。気圧の変化とか、光の刺激とか...敏感な人は影響を受けやすいですから」
先生はそう言って、保健室の奥へ行った。二人だけになると、天音は小さな声で話し始めた。
「晴翔...やっぱり私のせいだ」
「どうして?」
「あの空...私が『綺麗な空』って思ったから...」
「それだけで起きるわけないよ」
天音は弱々しく首を横に振った。
「でも、変なことが続くの。朝起きたら、ベッドの上に浮いてたし...」
「浮いてた!?」
「うん...それに、思った通りにものが動いたり...」
天音は恐怖に震えていた。
「誰にも言わないで...お願い」
「分かってるって。だけど、どうして急にこんな能力が...」
その時、保健室のドアが開いた。美羽が心配そうな顔で入ってきた。
「先輩! 大丈夫ですか?」
「あ、美羽ちゃん...」
「具合悪いって聞いて、心配になって...」
美羽は天音のベッドの横に立った。
「先輩、熱あるんですか?」
「ちょっとね...」
美羽は窓の外を見た。相変わらず虹色の
「ねえ、あの空のこと、何か感じません?」
天音と晴翔は顔を見合わせた。
「ど、どういうこと?」
美羽は少し戸惑いながらも続けた。
「なんか...あの空、先輩に似てるなって思って...」
「私に...似てる?」
「うん、なんか...温かくて優しい感じがするんです。先輩と同じ」
天音は言葉を失った。晴翔も驚いて固まる。
「変なこと言っちゃいました?」
「ううん、そんなことないよ」
天音は微笑みを浮かべようとしたが、その瞬間、窓ガラスが微かに振動した。外から風が吹き込んできたかのように、カーテンがふわりと舞う。
「わっ、びっくりした」
美羽が窓を見る。
「風、強くなってきたのかな?」
「たぶん...」
晴翔は天音を見た。姉の手が震えている。明らかに動揺していた。
「お姉ちゃん、少し休んだ方がいいかも。俺が家まで送るよ」
「そうだね...」
天音はゆっくりと起き上がった。美羽も手伝おうとする。
「私も一緒に行きますよ!」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。晴翔がいるし」
「そうですか...でも、無理しないでくださいね」
三人が保健室を出ようとした時、廊下で走る足音が聞こえた。教師たちが慌ただしく動き回っている。
「何かあったのかな?」
美羽が首を傾げる。そこへ担任の佐藤先生がやってきた。
「あ、朝霧さんたち。大変なんですよ。校庭に、なんというか...
「円形の模様?」
「そう、ミステリーサークルみたいなものが...」
三人は顔を見合わせた。
「見に行ってみますか?」
美羽が提案した。天音は迷ったが、晴翔が小さく頷いたのを見て、同意した。
「じゃあ、ちょっとだけ...」
三人は校庭へと向かった。そこには既に多くの生徒が集まり、奇妙な光景を見つめていた。
校庭の真ん中に、完璧な円が描かれていた。