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第12話

リビングには奇妙な緊張感が漂っていた。晴翔はお茶を用意し、三人はテーブルを囲んで座った。


「で、何の用件なんですか?」


晴翔が率直に尋ねた。叶絵はお茶に口をつけることなく、真っ直ぐに天音を見つめた。


「朝霧天音さん。あなたは最近、奇妙な能力に目覚めたのではありませんか?」


その言葉に、天音は明らかに動揺した。


「な、何のことでしょう...」


「隠す必要はありません。現在この地域で起きている現象、そして貴女の能力。全て把握しています」


叶絵の口調は冷静そのものだったが、その視線には鋭さがあった。


「どうして...そんなこと...」


「私たちは常に監視しています。『新たな神』の誕生を」


「新たな...神?」


天音と晴翔は同時に声を上げた。叶絵はゆっくりと頷いた。


「そう、神です。天音さん、あなたは選ばれたのです」


「選ばれた...? 何に?」


「世界の『天秤』によって」


叶絵は、まるで用意された台詞を読み上げるように淡々と説明を始めた。


「世界には『天秤』と呼ばれる法則ほうそくが存在します。一定の周期で、新たな『神』が誕生する。神とは、現実を自らの思考によって変えられる存在のこと。今回は、朝霧天音さん、あなたが選ばれました」


晴翔は頭を抱えた。あまりにも非現実的な話だ。しかし、この数日間の出来事を考えると、荒唐無稽とも言い切れない。


「なぜ...姉が選ばれたんですか?」


「選出基準は『無欲』と『純粋な愛情』。天音さんの心は純粋で、強い愛情に満ちている。それが選出の理由です」


天音は顔を紅潮させた。


「そんな...私はただの普通の女子高生で...」


「その『普通』であることへの執着が、実は最大の問題なのです」


叶絵の表情が急に厳しくなった。


「天音さん、あなたの力は非常に危険です。自覚すればするほど、力は強くなる。しかし同時に、制御できなくなります」


「制御...できない?」


「はい。あなたの無意識の思考が現実を変えてしまう。今朝の空の異変、校庭の円...すべてあなたの思考が生み出したもの」


天音の顔から血の気が引いた。


「私のせいなの...?」


「責めているわけではありません。ただ事実をお伝えしています」


叶絵は小さなため息をついた。


「問題は、あなたが自分の力を自覚しつつあること。そして、世界中にあなたを狙う存在がいるということです」


「狙う? 誰が?」


晴翔が身を乗り出した。


「旧神と呼ばれる存在たち。かつて世界を支配していた神々です。そして、私たちのような『神狩り』と呼ばれる組織」


「神狩り...?」


「はい。本来なら、私たちは新たな神が誕生したとき、その力が世界に災厄さいやくをもたらす前に...排除はいじょします」


天音は恐怖で震え始めた。


「排除...殺すってこと?」


叶絵は答えなかったが、その沈黙が全てを物語っていた。


「冗談じゃない!」


晴翔は立ち上がり、叶絵と天音の間に立った。


「姉を殺させるなんて絶対に許さない!」


「晴翔...」


叶絵は冷静さを崩さず、静かに言った。


「それが通常の手順です。しかし...今回は様子を見ることになりました」


「様子を見る?」


「はい。天音さんのケースは特殊です。その力の性質せいしつ、そして...」


叶絵は晴翔をじっと見た。


「あなたの存在です」


「僕の...?」


「朝霧晴翔さん。あなたは天音さんが最も信頼し、心を開いている人物。あなたの言葉なら、天音さんの心に届きます」


叶絵はテーブルの上に小さな装置そうちを置いた。銀色の小さな箱だ。


「これは?」


抑制装置よくせいそうちです。天音さんの力が暴走した場合、これを使ってください」


晴翔は恐る恐るそれを手に取った。見た目は普通の金属製の箱だが、表面には複雑な模様が刻まれている。


「どうやって使うんですか?」


「天音さんの額に当て、このボタンを押すだけです。一時的に能力を抑えられます」


天音は怯えたように身を縮めた。


「私...そんな危険な存在なの?」


叶絵は初めて、少し柔らかい表情を見せた。


「危険かどうかは、あなた次第です。力をコントロールできれば...」


そこで彼女は言葉を切った。


「時間がありません。すでに他の組織があなたに気づいているでしょう。特に『旧神』たちは、新たな神の力を奪おうとしています」


「力を...奪う?」


「はい。だからこそ、弟さんの役割が重要なのです」


叶絵は晴翔をまっすぐ見つめた。


「天音さんが『自分は普通だ』と思い続けることが大切です。神としての自覚が強まれば強まるほど、力は暴走し、世界に災害さいがいをもたらします。また、旧神たちの標的にもなります」


晴翔は姉を見た。天音は震える手で自分の胸元を掴んでいた。


「どうすればいいんですか?」


「天音さんには、できるだけ普通の生活を送らせてください。そして...」


叶絵は立ち上がった。


「この装置を必ず携帯してください。緊急時以外は使わないでください。使いすぎると、彼女の身体に負担がかかります」


「分かりました」


「もう一つ」


叶絵はポケットから小さなカードを取り出した。そこには電話番号が記されている。


「何かあったらすぐに連絡してください。24時間対応しています」


晴翔はカードを受け取り、ポケットにしまった。


「今日からしばらく、この家の周囲を監視させていただきます。目立ちませんので、普段通りにお過ごしください」


叶絵は深々と頭を下げ、去り際に低い声で言った。


「彼女を守ってください。そして...世界も」


そう言い残して、叶絵は家を後にした。


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