朝の光が窓から差し込み、
「天秤...か」
晴翔は起き上がり、窓の外を見た。空の異変は続いていた。虹色の
時計は六時半を指している。晴翔はベッドから出て、姉の部屋のドアをノックした。
「お姉ちゃん、起きてる?」
返事はなかった。昨日の恐怖で眠れなかったのかもしれない。もう少し寝かせてあげようと思ったが、今日は二人で登校するという約束だ。
「お姉ちゃん?」
再びノックし、軽くドアを開けた。
「え?」
部屋は空っぽだった。ベッドはきちんと整えられている。朝イチで出かけたのだろうか。
「おはよう、晴翔」
後ろから声がした。振り返ると、天音が立っていた。すでに制服姿で、髪もきちんと整えられている。
「お姉ちゃん、早起きだね」
「うん、今日は私が朝食作ったよ」
天音の表情は昨日と違って穏やかだった。むしろ、決意に満ちているようにさえ見える。
「何かあったの?」
「ううん...ただ、もう逃げたくないなって思って」
天音はそう言って微笑んだ。その笑顔は以前と変わらぬ優しさに満ちていたが、どこか強さも感じられた。
「朝ごはん、冷めちゃうよ」
「あ、うん」
キッチンに行くと、テーブルには卵焼きと味噌汁、焼き魚の朝食が用意されていた。いつも晴翔が作るのとは少し違う配置だが、愛情のこもった朝食だ。
「わぁ、豪華だね」
「晴翔に作ってもらってばかりだったから...」
二人は席に着き、「いただきます」と手を合わせた。
「美味しい!」
晴翔が卵焼きを口に入れると、甘さと旨味が広がった。天音が嬉しそうに微笑む。
「本当? よかった...」
「お姉ちゃん、昨日のことは...」
「大丈夫だよ」
天音は晴翔の言葉を遮るように言った。
「昨日、いろいろ考えたの。逃げてばかりじゃダメだって」
「でも...」
「確かに怖いし、不安もあるけど...晴翔が守ってくれるって言ってくれたから、私も強くなりたいと思ったの」
天音は窓の外を見た。虹色に輝く空がそこにある。
「この力が私に与えられたなら、何か意味があるはずだよね」
晴翔は驚いた。昨日まで怯えていた姉が、こんなにも前向きになるなんて。
「何があったの? 急に...」
天音は少し照れたように頬を赤らめた。
「実は...私も夢を見たの」
「夢?」
「うん、誰かが私に語りかけてきて...『力を恐れるな、受け入れよ』って」
晴翔は息を飲んだ。姉も同じような夢を見たのか。
「その声...どんな声だった?」
「うーん...特定の声じゃなくて、心に直接響くような...」
天音はさらに続けた。
「それから...あなたのことも言ってたよ。『弟は導き手』って」
「導き手...」
晴翔の夢と繋がっている。天秤が姉弟に何かを伝えようとしているのだろうか。
「不思議だね...」
「うん。でも、その夢を見てから、少し楽になったの。この力を完全に理解するのはまだ無理だけど、少しずつ向き合ってみようって思えた」
晴翔は姉の新たな決意に安心すると同時に、不安も感じた。力を受け入れるということは、自覚が強まるということ。叶絵の警告を思い出す。
「でも、あまり自覚しすぎると危険だって...」
「大丈夫。普通の女子高生としての日常は大切にするよ。ただ、力を恐れるのではなく、コントロールする方法を学びたいの」
天音の眼差しは真剣だった。晴翔は少し考え、頷いた。
「分かった。でも無理はしないでね」
「うん」
二人は朝食を終え、準備を始めた。
晴翔がポケットに手を入れ、叶絵から渡された抑制装置を確認する。昨日の襲撃を考えると、今日も危険がないとは言えない。
「行こっか」
「うん!」