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第23話

朝の光が窓から差し込み、朝霧あさぎり晴翔はるとの顔を照らした。目覚ましが鳴る前に目を覚ます。昨夜見た奇妙な夢の余韻が、まだ心に残っている。


「天秤...か」


晴翔は起き上がり、窓の外を見た。空の異変は続いていた。虹色のもやが朝日に照らされ、幻想的な輝きを放っている。もう三日目だ。人々は徐々にこの奇妙な現象に慣れ始めているようだった。


時計は六時半を指している。晴翔はベッドから出て、姉の部屋のドアをノックした。


「お姉ちゃん、起きてる?」


返事はなかった。昨日の恐怖で眠れなかったのかもしれない。もう少し寝かせてあげようと思ったが、今日は二人で登校するという約束だ。


「お姉ちゃん?」


再びノックし、軽くドアを開けた。


「え?」


部屋は空っぽだった。ベッドはきちんと整えられている。朝イチで出かけたのだろうか。


「おはよう、晴翔」


後ろから声がした。振り返ると、天音が立っていた。すでに制服姿で、髪もきちんと整えられている。


「お姉ちゃん、早起きだね」


「うん、今日は私が朝食作ったよ」


天音の表情は昨日と違って穏やかだった。むしろ、決意に満ちているようにさえ見える。


「何かあったの?」


「ううん...ただ、もう逃げたくないなって思って」


天音はそう言って微笑んだ。その笑顔は以前と変わらぬ優しさに満ちていたが、どこか強さも感じられた。


「朝ごはん、冷めちゃうよ」


「あ、うん」


キッチンに行くと、テーブルには卵焼きと味噌汁、焼き魚の朝食が用意されていた。いつも晴翔が作るのとは少し違う配置だが、愛情のこもった朝食だ。


「わぁ、豪華だね」


「晴翔に作ってもらってばかりだったから...」


二人は席に着き、「いただきます」と手を合わせた。


「美味しい!」


晴翔が卵焼きを口に入れると、甘さと旨味が広がった。天音が嬉しそうに微笑む。


「本当? よかった...」


「お姉ちゃん、昨日のことは...」


「大丈夫だよ」


天音は晴翔の言葉を遮るように言った。


「昨日、いろいろ考えたの。逃げてばかりじゃダメだって」


「でも...」


「確かに怖いし、不安もあるけど...晴翔が守ってくれるって言ってくれたから、私も強くなりたいと思ったの」


天音は窓の外を見た。虹色に輝く空がそこにある。


「この力が私に与えられたなら、何か意味があるはずだよね」


晴翔は驚いた。昨日まで怯えていた姉が、こんなにも前向きになるなんて。


「何があったの? 急に...」


天音は少し照れたように頬を赤らめた。


「実は...私も夢を見たの」


「夢?」


「うん、誰かが私に語りかけてきて...『力を恐れるな、受け入れよ』って」


晴翔は息を飲んだ。姉も同じような夢を見たのか。


「その声...どんな声だった?」


「うーん...特定の声じゃなくて、心に直接響くような...」


天音はさらに続けた。


「それから...あなたのことも言ってたよ。『弟は導き手』って」


「導き手...」


晴翔の夢と繋がっている。天秤が姉弟に何かを伝えようとしているのだろうか。


「不思議だね...」


「うん。でも、その夢を見てから、少し楽になったの。この力を完全に理解するのはまだ無理だけど、少しずつ向き合ってみようって思えた」


晴翔は姉の新たな決意に安心すると同時に、不安も感じた。力を受け入れるということは、自覚が強まるということ。叶絵の警告を思い出す。


「でも、あまり自覚しすぎると危険だって...」


「大丈夫。普通の女子高生としての日常は大切にするよ。ただ、力を恐れるのではなく、コントロールする方法を学びたいの」


天音の眼差しは真剣だった。晴翔は少し考え、頷いた。


「分かった。でも無理はしないでね」


「うん」


二人は朝食を終え、準備を始めた。


晴翔がポケットに手を入れ、叶絵から渡された抑制装置を確認する。昨日の襲撃を考えると、今日も危険がないとは言えない。


「行こっか」


「うん!」


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