放課後、晴翔と天音は約束通り屋上へと向かった。蓮はすでにそこで待っていた。銀色の髪が夕日に照らされて輝いている。
「来たね」
蓮は二人に向き直った。
「話があるって言ってたけど...」
晴翔が切り出すと、蓮はゆっくりと頷いた。
「まず、自己紹介からだね」
蓮は深呼吸し、静かに言った。
「僕は
「予知者...?」
「そう。未来を見る能力を持つ家系の者だね」
晴翔は驚いた。昨日の超能力のような力は、そういうことだったのか。
「それで、僕が朝霧天音さんのことを知っていたのは、彼女が『神』になると予知していたから」
天音が息を飲んだ。
「いつから...知ってたの?」
「半年前。君が神に選ばれる夢を見たんだ」
蓮は空を見上げた。
「最初は信じられなかった。だけど、徐々に君の周りに『光』が見え始めて...そして三日前、空が変わった」
「あの...私のせいで、こんなことになって...ごめんなさい」
天音が謝ると、蓮は首を横に振った。
「謝ることじゃない。これは『天秤』による選定だ。君に責任はない」
「天秤...?」
晴翔が食いついた。夢で聞いた言葉だ。
「世界の均衡を保つ力。時々、新たな『神』を選ぶんだ」
「なぜ、姉が選ばれたんだ?」
蓮は天音をじっと見た。
「純粋な愛情と無欲...それが選定基準だと伝えられている」
叶絵と同じことを言う。これは事実なのだろう。
「で、俺たちに何の用だ?」
晴翔は率直に尋ねた。蓮は少し微笑んだ。
「協力したいんだ。君たちを守るために」
「なぜ?」
「理由は二つ。一つは予知者としての使命。もう一つは...」
蓮は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「僕も、特殊な力を持つ者として、同じような立場にある人を助けたいからだよ」
蓮の言葉には誠実さが感じられた。
「昨日の男...ジンって言うんだっけ? 彼のような刺客はまだ来る。一人より二人、二人より三人の方が守りは固い」
晴翔は考えた。確かに味方は多い方がいい。でも、全てを信用していいのか。
「信じていいのか分からないよ」
正直に言うと、蓮は優しく微笑んだ。
「当然さ。でも、もし信用できないと思ったら、いつでも距離を置いていい。それだけは約束する」
晴翔は天音を見た。姉は少し考え、頷いた。
「私は...蓮くんを信じたいと思います」
「お姉ちゃん...」
「だって、昨日、晴翔を助けてくれたでしょ? それに...」
天音は蓮を見た。
「何だか...信じられる気がするの」
蓮は安堵したように笑った。
「ありがとう」
晴翔もしぶしぶ頷いた。
「分かった。とりあえず話を聞こう」
蓮は真剣な表情になった。
「実は、もう一人の刺客が来ている」
「え?」
「ジンとは別の人物だ。名前は
「どうして知ってるんだ?」
「予知だよ。それに...僕も少し調べているんだ、神狩り組織のことを」
蓮は声を落とした。
「彼は明日、君たちに接触するだろう」
「明日...」
「うん。だから、警戒していて。でも、ジンとは違って、いきなり襲ってくることはない...はずだ」
「はず?」
「彼は気まぐれだから、確実なことは言えない。でも、基本的に興味で動く人物らしい」
晴翔はポケットの抑制装置を握りしめた。
「何か対策は?」
「まずは普通に振る舞うこと。刺激しないように。それから...」
蓮はポケットから小さな布袋を取り出した。
「これを持っていて」
「これは?」
「僕の家に伝わる
晴翔は半信半疑で受け取った。小さな布袋の中には、独特の香りがする何かが入っている。
「本当に効くの?」
「完全ではないけど、少しは助けになるはず」
蓮は天音にも一つ渡した。
「常に持ち歩いて。特に学校では」
「ありがとう...」
天音は感謝の意を込めて頭を下げた。
「それから...力の使い方、少しだけ教えてもいいかな」
「え?」
天音が驚いた顔をする。
「僕は神ではないから、完全には分からないけど...似たような能力者を見てきたから、基本的なことなら」
「でも、『自覚すればするほど危険』って言われたんだけど...」
蓮は首を傾げた。
「それは半分は正しいけど、半分は違う。力を恐れ、抑え込むことも危険なんだ。暴走の原因になる」
晴翔は叶絵の言葉を思い出した。彼女は天音に「普通」であることを勧めていた。しかし、蓮の言うことも理にかなっている。
「どうすればいいんだ?」
「バランスさ。力を完全に無視するのではなく、少しずつ理解し、コントロールできるようになること」
蓮は天音に向き直った。
「試しに、小さな実験をしてみない?」
「実験...?」
「うん。例えば...」
蓮は地面に落ちていた小さな石を拾った。
「この石を、意識して浮かせてみて」
天音は不安そうに晴翔を見た。晴翔は少し考え、頷いた。
「大丈夫だよ。ここには俺たちしかいないし」
天音は深呼吸し、石に手を伸ばした。
「どうすればいいの...?」
「まず、リラックスして。それから、石が浮くイメージを持って」
天音は目を閉じ、集中した。しばらくすると、石がわずかに揺れ始めた。
「そう、その調子」
石はゆっくりと宙に浮かび始めた。最初は数センチ、やがて10センチほどの高さまで上がった。
「すごい...」
晴翔も驚きの声を上げた。天音の目は開いており、彼女は自分の力を目の当たりにしていた。
「次は、石を回転させてみて」
「え、どうやって...?」
「イメージするんだ。石が回るところを」
天音が集中すると、石はゆっくりと回り始めた。
「できた...!」
天音の顔に喜びの表情が浮かんだ。しかし次の瞬間、石が急に高く舞い上がり、勢いよく地面に落ちた。
「あっ...」
「大丈夫、最初はコントロールが難しいものさ」
蓮は優しく言った。
「少しずつ練習していけばいい。大事なのは、力を恐れないこと」
天音は落ちた石を見つめた。
「不思議...ちゃんとイメージすれば動くんだね」
「神の力は『思考による現実操作』だからね。考えたことが現実になる」
「でも、危険じゃない? もし間違ったことを考えたら...」
蓮は静かに頷いた。
「だからこそ、コントロールが大切なんだ。無意識の思考に支配されないように」
話し合いが続くなか、空が少し暗くなり始めた。日が傾いている。
「そろそろ帰ろうか」
晴翔が提案した。
「うん。それじゃあ、明日...そのアルバって人に気をつけよう」
蓮は二人に向かって最後にアドバイスした。
「普段通りに過ごして。でも警戒は怠らないで。それから...」
彼は天音に向かって言った。
「少しだけでいいから、毎日力の練習をしてみて。小さな物を動かすとか、簡単なことから」
「分かった...やってみる」
「僕たち、連絡先交換しておかない?」
蓮の提案に、三人はLINEの交換をした。
「何かあったらすぐ連絡して」
「ありがとう、蓮くん」
三人は屋上を後にした。