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第33話

雲一つない青空が、妙典南高校みょうでんみなみこうこうの校舎を包み込んでいた。しかし、その空は普通の青ではない。うっすらと虹色のもやが混ざり、まるで異世界の風景のようだ。


教室の窓際、結城ゆうき美羽みうは空をぼんやりと見上げていた。授業中だというのに、彼女の頭の中は別のことでいっぱいだ。


(天音先輩のこと、やっぱり気になる...)


彼女は前の席に座る朝霧あさぎり晴翔はるとの後ろ姿をチラリと見た。彼も窓の外を見つめている。いつもより物思いにふけっている様子だ。


「結城さん!」


突然の呼びかけに、美羽はビクッと体を跳ねさせた。


「は、はい!」


佐藤さとう先生が眉をひそめている。どうやら質問をされていたらしい。


「今、何について説明していましたか?」


「あ、えっと...」


教科書を慌てて見るが、どこを読んでいるのか分からない。隣の席から、小さな囁き声が聞こえた。


「アメリカ独立戦争」


鴻上こうがみ直人なおとだった。彼はメガネの奥から冷静な目で美羽を見ている。


「アメリカ独立戦争です!」


美羽は自信満々に答えた。


「...そうですね。では、独立宣言が出されたのは何年でしょうか?」


「え...あの...」


また直人の囁きを待つが、今度は助けてくれない。代わりに、前の席から小さな紙切れが届いた。そこには「1776年」と書かれている。


「1776年です!」


佐藤先生は少しむっとした表情を浮かべたが、それ以上は追及せず授業を続けた。美羽は安堵のため息をつき、紙切れをくれた晴翔に向かって小さく「ありがとう」と口だけで伝えた。


彼はちょっと照れたように微笑み、また前を向いた。


(朝霧くん、最近優しいな...)


美羽はそんなことを考えながら、再び空を見上げた。虹色のもやは、日に日に色濃くなっているように思える。




授業が終わると、美羽は晴翔の机に駆け寄った。


「朝霧くん、さっきはありがとう! 助かったよ〜」


「いいって。俺も佐藤先生に当てられたら答えられなかったかも」


晴翔は笑いながら答えた。彼はいつもより疲れているように見える。


「ねえ、朝霧くん...」


美羽は少し声を落として尋ねた。


「天音先輩のこと、まだ心配?」


晴翔の表情が一瞬こわばった。それから、無理に笑顔を作って答える。


「まあ、ちょっとね」


「あのね、私...」


美羽は周囲を見回して、人が少ないことを確認した。


「天音先輩の周りの光、まだ見えるんだ」


晴翔は驚いたように美羽を見つめた。


「それって...」


「うん、気のせいじゃないみたい。昨日も見えたし、今朝も...」


美羽は少し不安そうに続けた。


「あれってなんだと思う? 朝霧くん、何か知ってるでしょ?」


晴翔は言葉に詰まっているように見えた。答えを探してか、窓の外を見る。


「美羽...」


彼が何か言いかけたとき、教室のドアが開いた。


「やぁ、二人とも」


望月もちづきれんが入ってきた。銀色の髪がふわりと揺れている。


「あ、望月くん!」


美羽は明るく彼に挨拶した。晴翔は少し安堵したような表情だ。


「授業終わったばかり?」


蓮が尋ねる。


「うん、世界史。全然頭に入ってこなかったよ〜」


美羽は肩をすくめてみせた。


「それで、何の話してたの?」


蓮の質問に、美羽と晴翔は顔を見合わせた。


「あのね、天音先輩のことなんだけど...」


美羽が言いかけると、晴翔が軽く咳をした。


「先輩の体調のことだよ。前に具合悪くなったろ?」


「ああ、それか」


蓮は分かったように頷いた。しかし、その目は何かを知っているような輝きを持っていた。


「天音先輩、最近元気そうだね」


「うん、元気になったみたい。それでね...」


美羽は声を落とした。


「私、先輩の周りに光が見えるの。キラキラした感じの...」


蓮は少し驚いたように見えたが、すぐに落ち着いた表情になった。


「そうなんだ...」


「望月くんには見えないの?」


「さあ...」


蓮は曖昧に答えた。その表情からは何も読み取れない。


「でも、不思議だね」


晴翔はそわそわした様子で話に割り込んだ。


「そろそろお昼にしない? 空腹で幻覚でも見えるんじゃないか?」


「もう! 幻覚じゃないってば!」


美羽は頬を膨らませた。


「じゃあ、お昼食べに行こう」


蓮が提案した。


「天音先輩も誘わない?」


美羽の提案に、晴翔は頷いた。


「うん、行こう」


三人は2年3組の教室へと向かった。




朝霧あさぎり天音あまねは教室の窓際で、静かに昼食を取っていた。友達と一緒ではなく、一人でいる姿が少し寂しげに見える。


「先輩!」


美羽の元気な声に、天音は顔を上げた。


「あ、美羽ちゃん...それに晴翔と蓮くんも」


「一緒にお昼食べませんか?」


「え? いいけど...」


天音は少し迷った様子だったが、微笑んで頷いた。


「行こうか。屋上とか?」


「いいね!」


四人は弁当を持って屋上へ向かった。学校の屋上から見える風景は絶景だ。虹色に輝く空の下、妙典みょうでんの街並みが広がっている。


「わぁ、綺麗!」


美羽が感嘆の声を上げた。


「最近、この空にも慣れてきたよね。むしろ綺麗だなって思う」


「そうだね...」


天音は空を見上げながら、何か考え込むような表情をした。


四人は屋上の隅に腰掛け、お弁当を広げた。


「わぁ、天音先輩のお弁当、おいしそう!」


美羽は天音の弁当を覗き込んだ。きちんと整えられたおかずが並んでいる。


「ありがとう。母が作ってくれたの」


「いいなぁ。私のなんて適当だよ〜」


美羽は自分の弁当を見せた。確かに見栄えはよくないが、量は多い。


「でも、これはこれで美味しそうだよ」


晴翔が言うと、美羽は嬉しそうに笑った。


「そう? 朝霧くんも食べる?」


「え?」


「ほら、あーん」


美羽が箸でおかずを摘まみ、晴翔に差し出した。


「ちょっ...」


晴翔は慌てた様子で顔を赤らめる。


「もう、照れ屋さんなんだから〜」


美羽は笑いながら、自分で食べた。


「美羽ちゃんって、積極的だね」


天音が微笑みながら言った。


「えへへ。でもね、先輩も朝霧くんにあーんってやってあげればいいのに」


「え? 私が?」


今度は天音が顔を赤くした。


「だって兄妹でしょ? スキンシップ大事だよ〜」


蓮はそんなやり取りを見ながら、静かに微笑んでいた。


「君たち、仲良いね」


「そうかな?」


晴翔が尋ねると、蓮は頷いた。


「うん。見ていて温かい気持ちになる」


何気ない会話の中で、四人は昼食を楽しんだ。しかし、美羽の鋭い目は見逃さなかった。天音の周りに漂う微かな光の粒子。それに、晴翔と蓮が時々交わす意味ありげな視線。


(やっぱり、何か隠してる...)


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