放課後、晴翔は直人と教室で話していた。
「朝霧、最近元気ないな」
直人が眼鏡を上げながら言った。
「そうかな」
「ああ。何か悩みでもあるのか?」
晴翔は少し考え、どこまで話すべきか迷った。
「まあ...ちょっとね」
「姉さんのことか?」
鋭い指摘に、晴翔は驚いた。
「どうしてそう思うんだ?」
「観察してればわかる」
直人は静かに続けた。
「あの空の異変が始まってから、君と姉さんの様子がおかしい。それに...」
彼は声を落とした。
「姉さんの周りに、奇妙な光が見えることがある」
「!」
晴翔は言葉を失った。直人にも見えるのか。
「俺だけじゃない。他にも気づいている者がいる。みんな口には出さないが」
「そうか...」
晴翔はため息をついた。もはや隠し切れなくなってきている。
「直人...もし俺が、本当のことを話せないとしたら?」
「無理強いはしない」
直人は冷静に答えた。
「ただ、何か手伝えることがあれば言ってくれ。僕は...友達だから」
最後の言葉は、少し照れくさそうに言った。普段クールな直人らしくない。
「ありがとう」
晴翔は心から感謝を込めて言った。
「必要な時は、必ず頼るよ」
直人は満足したように頷いた。
「それでいい」
そのとき、教室のドアが開き、天音が顔を覗かせた。
「晴翔、帰る?」
「ああ、今行く」
晴翔は立ち上がり、直人に手を振った。
「また明日」
「ああ、気をつけて」
教室を出ると、天音が廊下で待っていた。
「美羽ちゃんと蓮くんは?」
「もう先に帰ったよ。美羽ちゃん、部活があるって」
「そっか」
二人は並んで歩き始めた。学校が終わった安堵感と、これからの不安が入り混じる複雑な気持ちだ。
「晴翔...」
天音が静かに言った。
「今日、美羽ちゃんが私のこと、いろいろ気にしてくれてる気がする」
「ああ、気づいてた?」
「うん。彼女、私の周りの光が見えてるみたい」
晴翔は頷いた。
「そうみたいだ。蓮も言ってたけど、美羽は特別な感覚を持ってるのかもしれない」
「そうかも...」
天音は少し考え込んだ。
「彼女には、いずれ話した方がいいかな」
「うーん...」
晴翔も悩ましい表情をした。
「正直、分からない。でも、美羽は信頼できる子だとは思う」
「うん...」
二人が校門を出ると、突然声がかかった。
「やぁ、朝霧兄妹!」
振り返ると、
「っ!」
晴翔は反射的に天音の前に立った。
「また君か...」
「そんな冷たくしないでよ。ただの挨拶さ」
アルバは軽く手を振った。
「それに今日は...ちょっとした提案があってね」
「提案?」
晴翔は警戒を緩めない。
「そう。天音さんの力のこと、もっと知りたくない?」
天音は晴翔の背中に隠れながらも、少し顔を出した。
「私の...力?」
「ああ。君はまだ自分の可能性に気づいていない。もっと素晴らしいことができるんだよ」
アルバは空を指さした。
「あの空だって、君の力のほんの一部。もっと凄いことができるはずさ」
「凄いこと...?」
「天音、聞くな!」
晴翔が遮った。
「こいつの言うことは信用できない」
「そんな言い方ないだろ〜」
アルバは肩をすくめた。
「僕は純粋に興味があるだけさ。この子の力が、どこまで成長するのか」
「それで? 何が望みだ?」
晴翔の声は冷たかった。
「望みか...そうだな」
アルバはふと真面目な表情になった。
「例えば、明日の放課後、河川敷で会わないか? 力の使い方、教えてあげられるかもしれない」
「断る」
即答する晴翔。しかし、天音は少し迷っている様子だ。
「本当に...教えてくれるの?」
「天音!」
「だって...この力のこと、もっと知りたいもん」
アルバは笑顔を広げた。
「そうそう! 知りたいと思うのは自然なことさ。それに...」
彼は声を落とした。
「君の弟さんを守りたいなら、力を理解する必要があるよ」
その言葉に、天音の顔色が変わった。
「晴翔を...守る?」
「ああ。この先、もっと危険な連中が来るからね。ジンのような奴らが」
晴翔は拳を握りしめた。
「脅すのか?」
「いや、事実を伝えてるだけさ」
アルバは肩をすくめた。
「明日、河川敷の橋の下。来るなら来て、来ないなら来なくていい。強制じゃないよ」
そう言うと、彼は手を振って去っていった。
晴翔と天音は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「晴翔...」
「行くつもりなの?」
「わからない...でも、」
天音は晴翔の目をまっすぐ見つめた。
「もし本当に、晴翔を守るための力が得られるなら...」
晴翔はため息をついた。
「お姉ちゃんが決めることだけど...俺は反対だよ。アイツは信用できない」
「うん...分かってる」
二人は黙って歩き始めた。夕暮れの空は相変わらず虹色に輝いている。美しいけれど、どこか不穏な雰囲気を漂わせていた。
その日の夕方、彼らそれぞれの心には、新たな決意と迷いが生まれていた。