昼休み、屋上には五人が集まっていた。晴翔、天音、美羽、直人、そして蓮。誰も昼食を取る気分ではないようだ。
「で、説明してくれるのか?」
直人が切り出した。彼の冷静な声には、少し苛立ちが混じっている。
「朝霧、姉さん、そして望月。君たち、何か知ってるだろう?」
三人は顔を見合わせた。天音が小さく頷き、晴翔はため息をついた。
「話してもいいと思う」
蓮が静かに言った。
「彼らは信頼できる友人だ。特に美羽は...既に気づいている」
「え?」
美羽は驚いた様子で蓮を見た。
「何に気づいてるって?」
「天音先輩の周りの光...見えるでしょ?」
美羽は大きく頷いた。
「うん! だから何なのか知りたいって...」
直人も興味深そうに天音を見つめた。
「私も...時々見える。何か特別な現象だと思っていた」
晴翔は決心したように言った。
「じゃあ、話すよ。でも、誰にも言わないって約束して」
美羽と直人は真剣な表情で頷いた。
「約束する」
「絶対に秘密にする」
天音は深呼吸して、ゆっくりと話し始めた。
「私...最近、変な力が目覚めたの」
彼女は手のひらを広げた。すると、指先から淡い光が漏れ出し、小さな光の球が形成された。
「わぁ...」
美羽は驚きの声を上げた。直人も眼鏡の奥の目を見開いている。
「これは...科学的に説明できない現象だ」
「うん...」
天音は続けた。
「思ったことが...現実になるの。夢で見たものが、実際に起きたり...」
「あの空の色も...校庭の模様も...?」
美羽が尋ねると、天音は小さく頷いた。
「たぶん...私のせい」
「それで、『神』と呼ばれてるんだ」
蓮が補足した。
「神?」
直人が疑わしそうに尋ねた。
「ええ。天音先輩は『神』に選ばれたんです」
蓮は静かに説明を続けた。
「世界には『天秤』と呼ばれる法則があり、時々新たな神を選ぶ。天音先輩は、その選ばれし者」
美羽は圧倒されたように口を開けた。
「まるで漫画みたい...でも、すごい! 天音先輩、神様なんだね!」
「いや、そんな...」
天音は照れたように首を振った。
「ただの普通の女子高生だよ。たまたま変な力が目覚めただけで...」
直人は腕を組み、冷静に分析するように言った。
「これが事実なら...あの空の異変や校庭の模様も説明がつく」
「そうなんだ」
晴翔が頷いた。
「実は他にも色々あって...お姉ちゃんを狙う連中がいるんだ」
「狙う?」
美羽は驚いた表情になった。
「どういうこと? 誰が?」
「『神狩り』と呼ばれる組織だ」
蓮が説明した。
「新たな神を排除しようとする者たち。それに、『旧神』と呼ばれる存在も...」
「ちょっと待って」
直人が手を上げた。
「話が急に飛躍している。証拠はあるのか?」
「これじゃ足りない?」
天音は再び光の球を大きくした。それは彼女の意志に従って動き、まるで生き物のように屋上を舞った。
「確かに超常現象だが...」
「先日、刺客に襲われたんだ」
晴翔が真剣な表情で言った。
「ジンという男。それから昨日はアルバという男が接触してきた」
「え...」
美羽は心配そうな表情になった。
「危ないじゃない! 警察は?」
「警察に言っても信じてもらえないよ」
蓮が苦笑した。
「超能力と神の話だからね」
直人は眉をひそめた。
「では、どうするつもりだ?」
「...アルバが、力の使い方を教えてあげると言ってきた」
天音が小さな声で言った。
「今日の放課後、河川敷で会おうって」
「罠だろう」
晴翔が即答した。
「そう思う」
蓮も同意見だ。
「でも、何か知れるかもしれない。この力のこと...」
天音の言葉に、美羽が勢いよく立ち上がった。
「行くの? 危ないよ!」
「でも...」
「私も行く! 天音先輩を一人にしない!」
美羽の突然の宣言に、みんなが驚いた表情を浮かべた。
「美羽...」
「私も行くよ」
直人がクールに言った。
「こんな非科学的な話、確かめたい」
「おいおい...」
晴翔は頭を抱えた。
「お前らまで巻き込むわけにはいかないよ」
「もう巻き込まれてるよ」
美羽が力強く言った。
「私たち、友達でしょ? 友達を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
蓮は微笑んだ。
「ありがとう、美羽。直人くんも」
彼は真剣な表情になった。
「でも、本当に危険かもしれない。準備が必要だ」
「どんな準備?」
晴翔が尋ねた。
「まず、叶絵さんに連絡するべきだ」
「叶絵...?」
美羽と直人は首を傾げた。
「神狩り組織の人で、天音先輩を観察している人。でも、敵対しているわけじゃない」
蓮の説明に、二人は複雑な表情を浮かべた。
「ますます訳が分からなくなってきたな...」
直人が呟いた。
「でも、興味深い」
晴翔はスマホを取り出した。
「叶絵さんに連絡してみる」
彼が番号を押す間、他の四人は緊張した面持ちで見守った。
『はい、叶絵です』
冷静な女性の声が聞こえた。
「朝霧晴翔です。アルバという男から接触がありました」
『...詳しく話してください』
晴翔は昨日の出来事を伝えた。河川敷での待ち合わせのことも。
『分かりました。危険です。絶対に行かないでください』
「でも、姉が...力のことをもっと知りたがっています」
『それは罠です。アルバは気まぐれで危険な男。彼の目的は天音さんの力を引き出し、暴走させることかもしれません』
「暴走...?」
『はい。天音さんの力が暴走すれば、より強い旧神の関心を引くでしょう。それがアルバの狙いかもしれません』
晴翔は天音を見た。姉は困惑した表情をしている。
「どうすればいいですか?」
『今日の放課後、私が学校近くで待機します。アルバが現れたら対処します』
「分かりました」
電話を切ると、晴翔は状況を説明した。
「叶絵さんは行かないほうがいいって」
「やっぱり...」
天音は少し落胆したように見えた。
「でも、力のことをもっと知りたい...」
「それなら私が教えるよ」
蓮が優しく言った。
「完全ではないけど、力の扱い方なら少しは分かる」
「本当?」
「うん。それより大事なのは、天音先輩の安全だ」
美羽も頷いた。
「そうだよ! 変な男より、蓮くんの方が信用できる!」
直人は少し考え込んでいた。
「朝霧、姉さんの力...どこまで制御できるんだ?」
「まだよく分からないよ」
天音が答えた。
「小さなものを動かしたり、浮かせたりはできるけど...」
「それ以上のことは?」
「夢の中で見たものが現実になったり...あの空だって、たぶん私が『綺麗な空だったらいいな』って思ったから変わったみたい」
直人は眉をひそめた。
「つまり、無意識の願望が現実化する...これは厄介だな」
「だから、コントロールを学びたいんだ」
天音は決意を込めて言った。
蓮は静かに頷いた。
「分かった。放課後、練習しよう。ただし、人目につかない場所で」
「でも、アルバのことは...?」
「叶絵さんに任せよう」
晴翔が言った。
「お姉ちゃんの安全が第一だ」
五人は頷き合った。しかし、それぞれの心の中には不安が渦巻いていた。
チャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げた。
「また放課後、中央階段で会おう」
晴翔の提案に、全員が同意した。