使われていない倉庫は埃っぽかったが、人目につかない場所としては最適だった。
「よし、ここなら大丈夫だろう」
蓮は中央に立ち、天音に向き合った。
「まず、リラックスして」
「うん...」
天音は深呼吸した。
「力の本質は、意志による現実操作だ。考えたことが形になる」
「すごい...」
美羽が感嘆の声を上げた。直人は冷静に観察している。
「試しに、この缶を動かしてみて」
蓮は床に空き缶を置いた。天音は集中し、手を缶に向けた。
缶がゆっくりと揺れ始め、やがて宙に浮かび上がった。
「おお...」
直人も驚きの声を上げた。
「すごい! 天音先輩、まるで魔法使い!」
美羽の目は輝いていた。
「今度は、缶を回転させてみて」
蓮の指示に従い、天音は集中した。缶はゆっくりと回り始めた。
「うん、上手い」
蓮は満足げに頷いた。
「次は少し難しいけど...缶を変形させてみて」
「変形?」
「うん。形を変えるんだ」
天音は眉を寄せて集中した。缶が少しへこみ始める。しかし、突然彼女が苦しそうな表情を浮かべた。
「く...」
「お姉ちゃん!」
晴翔が駆け寄ると、缶が床に落ちた。
「大丈夫?」
「うん...ちょっと頭が痛くなって...」
蓮は心配そうに天音を見た。
「無理しすぎたね。休もう」
「そうだね...」
天音が椅子に座ろうとしたとき、突然倉庫のドアが開いた。
「やぁ、みんな」
軽快な声と共に、
「っ!」
晴翔は反射的に天音の前に立ちはだかった。
「アルバ...どうしてここが...」
「君たちを追跡するのは簡単さ」
アルバは肩をすくめた。
「特に、天音ちゃんの光は目立つからね」
「光...?」
天音は自分の手を見た。確かに、今日は特に強く光っているように感じる。
「何の用だ?」
晴翔の声は冷たかった。
「さっきの叶絵を撒いてきたとこなんだ。彼女、まだ校門で待ってるよ」
アルバは軽く笑った。
「で、練習中かな? 天音ちゃんの力」
「近づくな」
蓮が天音の横に立った。美羽と直人も守るように周りを固めた。
「おや、ボディーガードが増えたね」
アルバは軽妙な口調で言ったが、その目は鋭く全員を観察していた。
「なるほど...面白い展開だ」
彼は一歩前に出た。美羽が反射的に後ずさる。
「怖がらなくていいよ、お嬢さん。僕は暴力は好きじゃないから」
「でも、天音先輩を狙ってるんでしょ?」
美羽は怯えながらも勇敢に主張した。
「狙う? ううん、僕はただ...」
アルバは天音を見つめた。
「彼女の力に興味があるだけさ。どこまで成長するか見てみたいんだ」
「実験台じゃないよ!」
晴翔が怒りを込めて言った。
アルバは肩をすくめた。
「そうだね。でも、このままじゃ彼女の力はコントロールできなくなる」
「何が言いたい?」
蓮が静かに尋ねた。
「君はある程度分かってるはずだよ、予知者さん」
アルバの言葉に、蓮は表情を硬くした。
「天音さんの力は急速に成長している。このままだと...」
「暴走する」
直人が冷静に言った。彼はメガネを上げながら、アルバを観察している。
「正解、賢い坊やだね」
アルバは微笑んだ。
「彼女の周りの光、見えてるでしょ? あれは力が溢れ出しているサイン」
天音は自分の手を見た。確かに、いつもより強く光っている。
「どうすればいいの...?」
彼女の声は震えていた。
「それを教えに来たんだ」
アルバは親切そうな表情を作った。が、その目は何か別の感情を隠している。
「放出すればいい」
「放出?」
「そう。意識的に力を使って、溜まったエネルギーを放出する」
蓮が眉をひそめた。
「それは...危険かもしれない」
「でも必要さ。彼女の力は増大している。使わなければ、制御できなくなる」
直人は考え込んだ様子で言った。
「理にかなっている...燃料が溜まりすぎれば、爆発する」
「そういうこと」
アルバは頷いた。
「で、僕の提案は...」
彼は窓の外を指さした。
「あそこで、力を思いっきり放出してみない? 誰もいない場所だ」
窓の外には、広い空き地が見える。学校の裏手で、ほとんど人が来ない場所だ。
「だめだ」
晴翔がきっぱりと言った。
「お姉ちゃんの力をもっと引き出そうとしてるだけだろ」
「疑り深いなぁ」
アルバは苦笑した。
「でも、これは本当だよ。彼女の力は日に日に強まっている。このままだと...」
「わかった」
突然、天音が口を開いた。
「え?」
晴翔は驚いて姉を見た。
「試してみる。力を放出するの」
「お姉ちゃん! 罠かもしれないよ!」
「でも...」
天音は自分の手を見た。光の粒子が以前より強く輝いている。
「このままじゃ危ないのは感じるの。体の中で、何かがどんどん大きくなってる感じ...」
蓮は渋々頷いた。
「確かに...このままでは危険かもしれない」
「蓮!」
晴翔は抗議したが、蓮は真剣な表情で言った。
「天音先輩の言うとおりだ。力が溢れている。でも...」
彼はアルバを鋭く見た。
「完全に安全な場所で、僕たちの監視の下でやるべきだ」
美羽は不安そうに天音の腕を掴んだ。
「本当に大丈夫なの?」
「うん...やってみる」
天音の声には決意が込められていた。
直人は冷静に状況を分析している。
「では、どうやって放出するんだ?」
アルバは笑顔で答えた。
「簡単さ。彼女が思うままに力を解き放てばいい」
「それだけ?」
「うん。でも...」
アルバの表情が真剣になった。
「一度始めたら止められないかもしれない。エネルギーが全て放出されるまでね」
「危険じゃないか!」
晴翔が抗議した。
「だからこそ、人のいない場所でやるんだ」
アルバは窓の外を指さした。
「あそこなら、誰も巻き込まれない」
五人は顔を見合わせた。不安と決意が入り混じる複雑な表情だ。
「行こう」
天音が静かに言った。
「でも、お姉ちゃん...」
「大丈夫。みんながいてくれるから」
晴翔はため息をついた。姉の決意を覆せそうにない。
「分かった。でも、何か変だと思ったらすぐ止めるからね」
彼はポケットの抑制装置を確認した。いざというときのために。
「じゃあ、外へ出よう」
アルバが先導し、六人は倉庫を出た。