空き地に立つと、風が強く吹いていた。虹色の空が、より鮮やかに見える。
「ここなら大丈夫だろう」
アルバは満足げに辺りを見回した。
「さて、天音ちゃん。準備はいい?」
「うん...」
天音は少し緊張した様子だが、決意の表情を浮かべている。
「みんな、少し離れててね」
「いや、俺はそばにいる」
晴翔は断固として言った。
「僕も」
蓮も同意した。
「危険だよ?」
アルバは警告したが、二人は動かなかった。
「分かった。でも、あまり近づきすぎないで」
晴翔と蓮は天音から数メートル離れた場所に立った。美羽と直人はさらに後ろへ。
「どうすればいいの?」
天音が尋ねると、アルバは優しく言った。
「目を閉じて、体の中のエネルギーを感じて。それを...解き放つんだ」
天音は深呼吸し、目を閉じた。彼女の周りの空気が揺らめき始める。
「そう、その調子...」
アルバの声が静かに響く。
天音の体から、光の粒子が徐々に溢れ出した。最初は小さな光だったが、次第に強く、大きくなっていく。
「すごい...」
美羽が息を呑んだ。
天音の周りに光の渦が形成され始めた。彼女の髪が風に舞い、服が揺れる。まるで無重力状態のようだ。
「これは...科学では説明できない現象だ」
直人が呟いた。その声には、畏怖の念が混じっている。
「お姉ちゃん...」
晴翔は心配そうに天音を見つめていた。
光の渦はさらに強くなり、天音の足が地面から数センチ浮き始めた。
「浮いてる!」
美羽が驚きの声を上げた。
「予想通りだ...」
アルバはニヤリと笑った。その表情に、晴翔は不安を覚えた。
「なんか変だぞ!」
「大丈夫、自然な反応だよ」
アルバは冷静に言った。
天音の体はさらに高く浮かび上がり、光の渦は激しさを増した。彼女の表情が苦しそうに変わる。
「くっ...」
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
「止めよう!」
蓮が叫んだ。
「だめだ!」
アルバが制止した。
「途中で止めると危険だ。最後まで放出させないと」
「でも...」
天音の周りの光がさらに強くなった。まるで小さな太陽のようだ。辺りの空気が震え、地面が微かに揺れ始めた。
「これは...」
直人が驚いた表情になった。
「地震か?」
「違う、天音先輩の力だ!」
蓮が叫んだ。
光の中心で、天音が苦しそうな表情をしている。彼女の目が開き、そこには普段とは違う光が宿っていた。金色に輝く瞳。
「晴翔...助けて...」
かすかな声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
晴翔は迷わず光の渦に向かって走り出した。
「危ない!」
アルバが警告したが、晴翔は止まらない。
「晴翔くん!」
美羽が心配そうに叫んだ。
晴翔は光の壁に手を伸ばした。強い力で押し返されるが、彼は諦めない。
「お姉ちゃん! 俺だよ!」
光の中心で苦しむ天音の目と、晴翔の目が合った。
「晴...翔...」
一瞬、光が弱まった。晴翔はその隙に腕を伸ばし、姉の手を掴んだ。
「大丈夫だから! 俺がいるよ!」
彼の言葉が天音の心に届いたのか、光の渦が徐々に弱まり始めた。
「そう...リラックスして...」
蓮が静かに言った。彼も光の渦に近づいていた。
「でも...力が...」
天音の声は震えていた。
「コントロールして。少しずつ、ゆっくりと...」
蓮の声は落ち着いていて、力強い。
天音は深呼吸し、目を閉じた。光の渦が少しずつ収まっていく。
「そう、その調子」
晴翔は安堵の表情を浮かべた。
しかし、突然アルバが動いた。彼は光の渦に向かって何かを投げた。小さな球体のようなものだ。
「何をした!?」
蓮が叫んだ。
球体が光の中で弾け、青い光が天音を包み込んだ。
「きゃあ!」
天音の悲鳴が上がった。光の渦が再び激しく回転し始める。
「やっぱり罠だったな!」
晴翔はアルバに怒りの表情を向けた。
「違うよ」
アルバは冷静に言った。
「彼女の力を引き出したいだけさ。その本当の姿を見たいんだ」
「やめろ!」
蓮が叫び、アルバに向かって走った。しかし、アルバは軽々と避け、蓮の動きを封じる。
「君の力は知ってると言っただろ、予知者の末裔さん」
二人が睨み合う中、光の渦は制御不能になっていた。
「くぁあっ!」
天音の叫び声が響く。光の中で、彼女の姿が変わり始めた。髪が長く伸び、体から強い光が放たれる。まるで神話に描かれる女神のような姿だ。
「これが...天音先輩の本当の姿...?」
美羽は恐れと畏敬の念で見つめていた。
直人は冷静さを失い、呆然と立ち尽くしている。
「科学では...説明できない...」
晴翔はポケットから抑制装置を取り出した。姉の変貌を見て、彼は決断した。
「ごめん、お姉ちゃん...!」
彼は光の渦に飛び込んだ。強い力で押し返されるが、彼の意志は固い。一歩、また一歩と、天音に近づく。
「やめろ! 危険だ!」
アルバが叫んだが、晴翔は聞く耳を持たない。
ついに天音の前に辿り着いた晴翔。彼女は宙に浮かび、金色の瞳で彼を見下ろしていた。その表情には、もはや人間的な感情は見えない。
「お姉ちゃん...俺だよ、晴翔だよ!」
一瞬、天音の瞳に人間らしさが戻った。
「晴...翔...?」
「そう! 戻ってきて!」
晴翔は抑制装置を天音の額に当て、ボタンを押した。
青白い光が装置から放たれ、天音の体を包み込んだ。光の渦が急速に弱まり、天音の姿が元に戻り始める。
「うっ...」
彼女は意識を失い、晴翔の腕の中に倒れこんだ。
光が完全に消え、辺りが静かになった。
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
晴翔は心配そうに天音の顔を覗き込んだ。彼女の呼吸は安定しているが、意識はない。
「天音先輩!」
美羽が駆け寄ってきた。
「彼女は無事だ」
直人が脈を確認した。
「ただ疲れて眠っているだけだろう」
蓮はようやくアルバから離れ、天音のもとへ。
「それにしても...」
彼はアルバを鋭く見た。
「何をしたんだ?」
アルバは肩をすくめた。
「ちょっとした触媒さ。彼女の力を引き出すものだよ」
「なぜだ?」
「言っただろ? 興味があるんだ」
アルバの表情は本当に好奇心だけに見える。しかし、その目には別の光が宿っていた。
「これで分かったよ。彼女の力は本物だ。『神』と呼ぶにふさわしい」
「満足したか?」
晴翔の声は怒りに震えていた。
「まあね」
アルバはニヤリと笑った。
「でも、これでまた別の問題が起きるだろうね」
「何が言いたい?」
「彼女の力の放出は、このエリアだけじゃなく、もっと広い範囲に影響を与えた」
アルバは空を指さした。虹色の靄が、より強く、より広範囲に広がっている。
「これは...」
「ああ、そして...」
彼は地面を指さした。
「感じないか?」
その瞬間、地面が微かに揺れた。小さな地震だ。
「これは...」
直人が顔色を変えた。
「北海道の事例と同じだ...」
「正解」
アルバは冷静に言った。
「彼女の力が暴走すると、自然現象にも影響を与える。特に地震は...」
「やめろ!」
晴翔が叫んだ。
「もういい! 話すな!」
アルバは手を上げた。
「分かったよ。今日はここまでにしておこう」
彼は後ずさりしながら言った。
「でも覚えておいて。彼女の力は、まだほんの一部しか引き出されていない。本当の姿は...もっと恐ろしいものだ」
そう言い残し、アルバは姿を消した。
残された五人は、沈黙の中に立ち尽くしていた。
「どうしよう...」
美羽が不安げに言った。
「天音先輩を保健室に連れて行こう」
蓮が提案した。
「でも、このことは...」
「黙っておく」
直人がきっぱりと言った。
「これが世間に知れたら、彼女は実験台にされるだろう」
晴翔は天音を抱きかかえた。彼女は穏やかに眠っていた。