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第45話

朝霧あさぎり天音あまねの意識が戻ったのは、夕暮れ時だった。


保健室のベッドで目を覚ますと、心配そうな顔が四つ、彼女を囲んでいた。弟の晴翔、結城ゆうき美羽みう鴻上こうがみ直人なおと、そして望月もちづきれん。全員疲れた表情だが、天音が目を開けると、安堵の色が浮かんだ。


「お姉ちゃん!」


晴翔が真っ先に声をかけた。


「気分はどう?」


「う、うん...」


天音はゆっくりと上体を起こした。頭が少し重い。まるで長い夢から覚めたような感覚だ。


「何が...あったの?」


「覚えてないの?」


蓮が静かに尋ねた。


天音は眉をひそめて考え込んだ。断片的な記憶が蘇ってくる。


「アルバが来て...私が力を解放して...」


彼女の顔が青ざめた。


「それから...なんだか体が熱くなって...金色の光に包まれて...」


「それから?」


直人が冷静に促した。


「わからない...真っ白になって...」


天音は困惑した表情で晴翔を見た。


「晴翔が呼んでくれた声は聞こえた気がする...」


晴翔はほっとしたように微笑んだ。


「よかった...戻ってきたんだね」


「戻ってきた...?」


天音は自分の手を見つめた。通常の姿に戻っている。光の粒子もない。


「私...変になっちゃったの?」


四人は顔を見合わせた。言うべきか迷っている様子だ。


「うん...ちょっとね」


美羽が優しく言った。


「でも、すっごくキレイだったよ! まるで本物の女神様みたい!」


「美羽...」


晴翔が小声で制したが、天音は少し安心したように微笑んだ。


「ありがとう...でも、怖かったでしょ?」


「ううん! 驚いたけど、怖くなかった!」


美羽の目は輝いていた。嘘をついているようには見えない。


「実際、かなり...圧倒的あっとうてきな光景だった」


直人が眼鏡を上げながら言った。


「科学では説明できない現象を目の当たりにするとは...」


「私、どうなってたの?」


蓮が冷静に説明した。


「君の体から強い光が放たれて、宙に浮かんでいた。髪が長く伸びて、目の色が金色に変わって...」


「そんな...」


天音は驚いた表情になった。


「それで、晴翔くんが抑制装置を使って元に戻してくれたんだ」


「そうだったんだ...」


天音は晴翔を見つめた。


「ありがとう...」


「当たり前だろ」


晴翔は照れくさそうに言った。


「それより、もう大丈夫なの? 体は?」


「うん、ただちょっと疲れてるだけ」


天音は体を起こして座り直した。窓の外を見ると、空は相変わらず虹色に輝いている。いや、むしろ以前より鮮やかになっているようだ。


「そういえば...アルバは?」


「姿を消した」


蓮は冷たい声で言った。


「彼の目的は達成されたからね」


「目的?」


「君の力の本当の姿を見ること」


天音は不安げに尋ねた。


「他には...何か変わったことは?」


四人は再び視線を交わした。何か言いづらいことがあるようだ。


「実は...」


直人が口を開いた。


「小さな地震が起きている」


「地震...?」


「ええ、微震びしん程度ですが、続いています」


確かに、よく注意すると床がかすかに揺れているのが分かる。


「まさか...私のせい?」


「アルバがそう言っていた」


蓮の声は重々しい。


「あなたの力が自然現象に影響を与えると...」


天音は恐怖に顔を歪めた。


「そんな...私、何をしてるんだろう...」


「お姉ちゃん、自分を責めないで」


晴翔が強く言った。


「これはアルバが仕掛けたことだ。あいつが何か変なものを投げ込まなければ...」


「でも結局は私の力が...」


「違うよ」


美羽が天音の手を取った。


「天音先輩は悪くない! 悪いのはアルバよ!」


「そうだ」


直人も珍しく感情を込めて言った。


「あなたは被害者だ。自責する必要はない」


天音は涙ぐんだ目で皆を見回した。


「みんな...ありがとう...」


蓮は窓の外を眺めていた。


「でも、この状況は悪化している。地震も、空の色も...」


「どうすればいいの...」


天音の声は震えていた。


「まず、叶絵さんに連絡しよう」


晴翔がスマホを取り出した。


「状況を報告して、対策を相談するべきだ」


蓮は頷いた。


「賛成。それから、僕たちでもできることを考えよう」


「例えば?」


直人が尋ねた。


「天音先輩の力のコントロール方法だ。今日起きたようなことを防ぐには...」


「でも、アルバが言っていたように、力を放出しないと暴走するんじゃ...」


美羽の言葉に、蓮は考え込んだ。


「そうだね...難しい問題だ」


晴翔は電話を耳に当てたまま、眉をひそめている。


「つながらない...」


「おかしいな」


蓮も不思議そうな表情だ。


「叶絵さんは24時間対応のはずなのに...」


「24時間対応っていうのはまあ…モノの例えみたいなものだろうけど、何かあったのかしら...」


美羽が心配そうに言った。


そのとき、保健室のドアが開いた。入ってきたのは高橋たかはし先生だ。


「あら、朝霧さん、目が覚めたの? 気分はどう?」


「はい、大丈夫です」


天音は無理に笑顔を作った。


「ちょっと疲れただけで...」


「そう、よかったわ」


高橋先生は天音の顔をじっと見た。


「でも、もう遅いわよ。みんな帰る準備をしているわ」


「え? 何時ですか?」


「もう六時よ」


五人は驚いた顔を見合わせた。こんなに長い時間が経っていたとは。


「あと、校長先生からのお知らせがあるの」


高橋先生の表情が真剣になった。


「明日は臨時休校になったわ」


「休校?」


「ええ、この地震のことでね。大きな被害はないけど、安全確認のために」


先生は窓の外を見た。


「それに、あの空の色も気になるし...気象庁が調査に入るそうよ。SNS規制も意味が無かったわね。」


五人は再び顔を見合わせた。状況は複雑になるばかりだ。


「分かりました」


晴翔が代表して答えた。


「では、私たちも帰ります」


「気をつけてね。特に朝霧さん、無理しないでね」


「はい...」


高橋先生が部屋を出ると、五人は小声で話し合った。


「これはまずいな」


直人が状況を分析する。


「調査が進めば、天音先輩の存在に気づかれるかもしれない」


「どうしよう...」


天音は不安な表情だ。


「今日は一旦帰ろう」


蓮が提案した。


「この状況をそれぞれ考えて...明日、また話し合おう」


「どこで?」


美羽が尋ねた。


「学校は休みだし...」


「うちでいいよ」


晴翔が言った。


「両親は明日も仕事だから、家には俺たちしかいない」


「それがいいね」


蓮は頷いた。


「じゃあ、朝霧家に集合ってことで」


五人は頷き合った。天音は保健室のベッドから立ち上がり、みんなを見渡した。


「本当に...みんなには迷惑かけてごめん...」


「何言ってるの!」


美羽が元気よく抗議した。


「友達でしょ? 困ったときはお互い様!」


「そうだ」


直人も珍しく情熱的に言った。


「我々は仲間だ。一緒に解決策を見つけよう」


蓮も優しく微笑んだ。


「君一人で背負わなくていい。みんながいる」


晴翔は姉の肩に手を置いた。


「俺たちがついてる。だから...」


天音の目に涙が溢れた。


「ありがとう...みんな...」


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