保健室のベッドで目を覚ますと、心配そうな顔が四つ、彼女を囲んでいた。弟の晴翔、
「お姉ちゃん!」
晴翔が真っ先に声をかけた。
「気分はどう?」
「う、うん...」
天音はゆっくりと上体を起こした。頭が少し重い。まるで長い夢から覚めたような感覚だ。
「何が...あったの?」
「覚えてないの?」
蓮が静かに尋ねた。
天音は眉をひそめて考え込んだ。断片的な記憶が蘇ってくる。
「アルバが来て...私が力を解放して...」
彼女の顔が青ざめた。
「それから...なんだか体が熱くなって...金色の光に包まれて...」
「それから?」
直人が冷静に促した。
「わからない...真っ白になって...」
天音は困惑した表情で晴翔を見た。
「晴翔が呼んでくれた声は聞こえた気がする...」
晴翔はほっとしたように微笑んだ。
「よかった...戻ってきたんだね」
「戻ってきた...?」
天音は自分の手を見つめた。通常の姿に戻っている。光の粒子もない。
「私...変になっちゃったの?」
四人は顔を見合わせた。言うべきか迷っている様子だ。
「うん...ちょっとね」
美羽が優しく言った。
「でも、すっごくキレイだったよ! まるで本物の女神様みたい!」
「美羽...」
晴翔が小声で制したが、天音は少し安心したように微笑んだ。
「ありがとう...でも、怖かったでしょ?」
「ううん! 驚いたけど、怖くなかった!」
美羽の目は輝いていた。嘘をついているようには見えない。
「実際、かなり...
直人が眼鏡を上げながら言った。
「科学では説明できない現象を目の当たりにするとは...」
「私、どうなってたの?」
蓮が冷静に説明した。
「君の体から強い光が放たれて、宙に浮かんでいた。髪が長く伸びて、目の色が金色に変わって...」
「そんな...」
天音は驚いた表情になった。
「それで、晴翔くんが抑制装置を使って元に戻してくれたんだ」
「そうだったんだ...」
天音は晴翔を見つめた。
「ありがとう...」
「当たり前だろ」
晴翔は照れくさそうに言った。
「それより、もう大丈夫なの? 体は?」
「うん、ただちょっと疲れてるだけ」
天音は体を起こして座り直した。窓の外を見ると、空は相変わらず虹色に輝いている。いや、むしろ以前より鮮やかになっているようだ。
「そういえば...アルバは?」
「姿を消した」
蓮は冷たい声で言った。
「彼の目的は達成されたからね」
「目的?」
「君の力の本当の姿を見ること」
天音は不安げに尋ねた。
「他には...何か変わったことは?」
四人は再び視線を交わした。何か言いづらいことがあるようだ。
「実は...」
直人が口を開いた。
「小さな地震が起きている」
「地震...?」
「ええ、
確かに、よく注意すると床がかすかに揺れているのが分かる。
「まさか...私のせい?」
「アルバがそう言っていた」
蓮の声は重々しい。
「あなたの力が自然現象に影響を与えると...」
天音は恐怖に顔を歪めた。
「そんな...私、何をしてるんだろう...」
「お姉ちゃん、自分を責めないで」
晴翔が強く言った。
「これはアルバが仕掛けたことだ。あいつが何か変なものを投げ込まなければ...」
「でも結局は私の力が...」
「違うよ」
美羽が天音の手を取った。
「天音先輩は悪くない! 悪いのはアルバよ!」
「そうだ」
直人も珍しく感情を込めて言った。
「あなたは被害者だ。自責する必要はない」
天音は涙ぐんだ目で皆を見回した。
「みんな...ありがとう...」
蓮は窓の外を眺めていた。
「でも、この状況は悪化している。地震も、空の色も...」
「どうすればいいの...」
天音の声は震えていた。
「まず、叶絵さんに連絡しよう」
晴翔がスマホを取り出した。
「状況を報告して、対策を相談するべきだ」
蓮は頷いた。
「賛成。それから、僕たちでもできることを考えよう」
「例えば?」
直人が尋ねた。
「天音先輩の力のコントロール方法だ。今日起きたようなことを防ぐには...」
「でも、アルバが言っていたように、力を放出しないと暴走するんじゃ...」
美羽の言葉に、蓮は考え込んだ。
「そうだね...難しい問題だ」
晴翔は電話を耳に当てたまま、眉をひそめている。
「つながらない...」
「おかしいな」
蓮も不思議そうな表情だ。
「叶絵さんは24時間対応のはずなのに...」
「24時間対応っていうのはまあ…モノの例えみたいなものだろうけど、何かあったのかしら...」
美羽が心配そうに言った。
そのとき、保健室のドアが開いた。入ってきたのは
「あら、朝霧さん、目が覚めたの? 気分はどう?」
「はい、大丈夫です」
天音は無理に笑顔を作った。
「ちょっと疲れただけで...」
「そう、よかったわ」
高橋先生は天音の顔をじっと見た。
「でも、もう遅いわよ。みんな帰る準備をしているわ」
「え? 何時ですか?」
「もう六時よ」
五人は驚いた顔を見合わせた。こんなに長い時間が経っていたとは。
「あと、校長先生からのお知らせがあるの」
高橋先生の表情が真剣になった。
「明日は臨時休校になったわ」
「休校?」
「ええ、この地震のことでね。大きな被害はないけど、安全確認のために」
先生は窓の外を見た。
「それに、あの空の色も気になるし...気象庁が調査に入るそうよ。SNS規制も意味が無かったわね。」
五人は再び顔を見合わせた。状況は複雑になるばかりだ。
「分かりました」
晴翔が代表して答えた。
「では、私たちも帰ります」
「気をつけてね。特に朝霧さん、無理しないでね」
「はい...」
高橋先生が部屋を出ると、五人は小声で話し合った。
「これはまずいな」
直人が状況を分析する。
「調査が進めば、天音先輩の存在に気づかれるかもしれない」
「どうしよう...」
天音は不安な表情だ。
「今日は一旦帰ろう」
蓮が提案した。
「この状況をそれぞれ考えて...明日、また話し合おう」
「どこで?」
美羽が尋ねた。
「学校は休みだし...」
「うちでいいよ」
晴翔が言った。
「両親は明日も仕事だから、家には俺たちしかいない」
「それがいいね」
蓮は頷いた。
「じゃあ、朝霧家に集合ってことで」
五人は頷き合った。天音は保健室のベッドから立ち上がり、みんなを見渡した。
「本当に...みんなには迷惑かけてごめん...」
「何言ってるの!」
美羽が元気よく抗議した。
「友達でしょ? 困ったときはお互い様!」
「そうだ」
直人も珍しく情熱的に言った。
「我々は仲間だ。一緒に解決策を見つけよう」
蓮も優しく微笑んだ。
「君一人で背負わなくていい。みんながいる」
晴翔は姉の肩に手を置いた。
「俺たちがついてる。だから...」
天音の目に涙が溢れた。
「ありがとう...みんな...」