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第49話

翌日の朝、朝霧あさぎり家のリビングには五人の姿があった。晴翔、天音、美羽、直人、そして蓮。全員が真剣な表情で集まっている。


「昨日の地震、みんな大丈夫だった?」


天音が心配そうに尋ねた。


「うん! うちは食器が少し落ちただけだよ」


美羽が答えた。


「私の家も大したことはなかった」


直人も冷静に答えた。


「僕も大丈夫」


蓮の表情は少し暗い。


「でも、街の一部では被害があったみたいだ。幸い、人的被害はなかったけど...」


「そう...」


天音は俯いた。


「私のせいなのかな...」


「それはまだ分からない」


直人が論理的に言った。


「因果関係を証明するには、もっとデータが必要だ」


「でも、アルバが言ってたじゃない」


美羽が言った。


「天音先輩の力が自然現象に影響を与えるって...」


「その通りだ」


蓮が頷いた。


「天音先輩の力と地震には、何らかの関連があるかもしれない」


晴翔はテーブルの上に、昨日までの出来事をまとめたノートを置いた。


「とりあえず、状況を整理しよう」


ノートには、天音の能力が覚醒してからの出来事が時系列で記されている。


「空の異変、校庭の円、そして昨日の幾何学模様...」


直人がメモを見ながら言った。


「明らかにパターンがある。天音先輩の力が強まるにつれて、現象も大きくなっている」


「それと地震も...」


蓮が付け加えた。


「じゃあ、どうすればいいの?」


美羽が不安そうに尋ねた。


五人は沈黙した。答えを見つけるのは難しい。


「まず、叶絵さんに相談すべきだけど...」


晴翔が言いかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。


「誰だろう?」


天音が首を傾げた。


「両親はまだ帰ってこないはずだけど...」


晴翔が恐る恐るドアを開けると、そこには叶絵かなえが立っていた。普段の冷静な表情が崩れ、少し疲れた様子だ。


「叶絵さん!」


「朝霧くん、話があります」


彼女の声は切迫していた。


「中に入っていいですか?」


「どうぞ」


晴翔は彼女をリビングに案内した。


「あ、みんな集まっているんですね」


叶絵はリビングの五人を見て、少し驚いた様子だ。


「ちょうどいい。全員に聞いてほしいことがあります」


彼女はソファに座り、深呼吸した。


「昨日から連絡が取れなかったのは、緊急事態が発生したからです」


「緊急事態?」


全員が緊張した。


「はい。『旧神』の一人が動き始めました」


「旧神...!」


蓮の表情が固まった。


「その名は『イシュタリア』。かつて人類を支配していた神々の中でも、特に強大な存在です」


「人類を...支配していた?」


美羽は信じられない表情だ。


「そんなの本当なの?」


「残念ながら...」


叶絵は頷いた。


「神話と思われてきた多くの物語は、実は事実に基づいています」


「で、その旧神が何をしようとしているんですか?」


直人が冷静に尋ねた。


「天音さんを狙っています」


叶絵の言葉に、全員が息を呑んだ。


「私を...?」


天音の声が震えた。


「なぜ?」


「新たな神の力を奪い、自らの力を取り戻すためです」


叶絵はさらに説明した。


「昨日の地震は、イシュタリアの力の一部が漏れ出したものかもしれません。彼が目覚めつつあるのです」


「それって...」


晴翔の表情が暗くなった。


「アルバの狙いも、そうだったのか」


「そうです」


叶絵は頷いた。


「アルバはイシュタリアに仕えている可能性があります。彼があなたの力を引き出したのは、イシュタリアの覚醒を促すためだったのでしょう」


「じゃあ...私が力を使えば使うほど...」


「旧神の力も強まる。残念ながら、そういうことになります」


リビングに重い沈黙が落ちた。


「じゃあ、どうすればいいの?」


美羽が不安そうに尋ねた。


「私たちに何ができるの?」


叶絵は真剣な表情で全員を見回した。


「まず、天音さんの力のコントロール方法を見つける必要があります。暴走を防ぎつつ、必要な時だけ力を使えるように」


「それが可能なの?」


天音が小さな声で尋ねた。


「可能です」


叶絵は力強く言った。


「かつて、同じように選ばれた『神』で、力をコントロールできた者もいました」


「そんな人がいたの?」


「はい。彼らの記録が組織に残っています。私が調べてくるつもりです」


「お願いします」


天音は希望の光を見つけたように頷いた。


「それまでの間...どうすればいいですか?」


「できるだけ普通に過ごしてください」


叶絵はアドバイスした。


「強い感情の起伏を避け、力の使用も最小限に。それが一番安全です」


「分かりました」


「そして...」


叶絵は五人を見回した。


「あなたたち全員で協力してください。天音さんには、支えが必要です」


美羽が勢いよく立ち上がった。


「もちろん! 私たち、天音先輩のためなら何でもするよ!」


「ああ」


直人も頷いた。


「全力で協力します」


「僕も、できることなら何でも」


蓮も決意を表明した。


「旧神のことは僕も調べてみます」


晴翔は天音の隣に立った。


「俺たちは絶対にお姉ちゃんを守る」


天音は涙ぐんだ目で皆を見回した。


「みんな...本当にありがとう...」


叶絵は満足げに頷いた。


「素晴らしい絆を感じます。これなら、まだ希望があります」


彼女は立ち上がった。


「私はこれから組織に戻り、もっと情報を集めてきます。何かあればすぐに連絡します」


「お願いします」


晴翔が頭を下げた。


叶絵が帰った後、五人はリビングに残った。重い空気が漂っていたが、どこか決意に満ちた雰囲気もあった。


「さあ、どうする?」


直人が皆に問いかけた。


「私たちにできることは?」


美羽が元気を出して言った。


「まず、天音先輩を守ること! それから...」


「情報収集だね」


蓮が静かに言った。


「イシュタリアについて、旧神について...できるだけ調べよう」


「俺は...」


晴翔は真剣な表情で言った。


「お姉ちゃんのそばにいる。何かあったらすぐに対応できるように」


全員が頷き合ったとき、天音が立ち上がった。


「みんな...」


彼女は決意を込めた表情で言った。


「私...この力をコントロールできるようになりたい。みんなのため、そして、みんなを守るために」


「お姉ちゃん...」


「だから...お願い。力を貸して」


天音は深く頭を下げた。


美羽が飛び上がるように天音に抱きついた。


「当たり前じゃない! 私たち、友達でしょ!」


直人も珍しく微笑んだ。


「力を合わせれば、必ず解決策は見つかります」


「そうだね」


蓮も優しく頷いた。


「僕たちは一人じゃない。みんなでいれば、きっと乗り越えられる」


晴翔は姉の肩に手を置いた。


「さあ、みんなで誓おう」


「誓う?」


美羽が首を傾げた。


「そう。お姉ちゃんが昨日言ってたんだ。私たちの絆を守るって誓おうって」


「それ、すごくいいね!」


美羽は目を輝かせた。


「どうやって誓うの?」


「そうだな...」


晴翔は少し考え、やがて思いついたように言った。


「手を重ねてみない?」


「古典的だけど、いいね」


蓮が微笑んだ。


五人は円になって立ち、それぞれの右手を中央に伸ばした。五つの手が重なり合う。


「では、誓いの言葉を」


直人が促した。


天音が小さく咳払いをし、決意を込めた声で言い始めた。


「私たちは誓います。どんなことがあっても、互いの絆を守ること」


晴翔が続いた。


「どんな困難も、一緒に乗り越えること」


美羽が元気よく言った。


「互いを信じ、支え合うこと!」


直人も珍しく感情を込めて言った。


「知恵を尽くし、最後まで諦めないこと」


最後に蓮が静かに言った。


「そして、この世界の平和を守るために、力を合わせること」


五人の手が一斉に上がり、一瞬、かすかな光が五つの手から放たれた。気のせいかもしれないが、全員がそれを感じたようだ。


「今の...」


美羽が驚いた表情で自分の手を見つめた。


「光った?」


「うん...」


天音も不思議そうに自分の手のひらを見た。


「私の力じゃないよ...たぶん...」


蓮は静かに微笑んだ。


「絆の力かもしれないね」


「絆の...力?」


直人が眉をひそめた。


「科学的に説明できないが...確かに何かを感じた」


晴翔は自分の手のひらをじっと見つめた後、笑顔を作った。


「とにかく、誓いは立てた。あとは実行あるのみだ」


「そうだね!」


美羽が元気よく拳を上げた。


「私たち、最強チームだよ!」


「最強チーム...」


天音は微笑んだ。


「名前、つけようよ!」


美羽の提案に、晴翔が笑った。


「名前? まるで秘密結社みたいだな」


「いいじゃん! 格好いいし!」


直人が眼鏡を上げながら言った。


「では、『天秤の守護者』はどうだろう?」


「おお! かっこいい!」


美羽が感嘆の声を上げた。


「天秤...確かにいいかもね」


蓮も頷いた。


「本来の『天秤』の役割を、私たちが引き継ぐような意味を込めて」


「天秤の守護者...」


天音はその言葉を噛みしめるように繰り返した。


「私は賛成!」


「じゃあ決まりだな」


晴翔も微笑んだ。


「『天秤の守護者』、正式結成!」


五人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。重苦しい雰囲気は少しずつ晴れていく。


「さて、私たちにできることを具体的に考えよう」


直人が実践的な話題に戻した。


「私は図書館で調査します。旧神や神話についての本を探して」


「私はネットで調べるよ!」


美羽が手を挙げた。


「最近の地震のデータとか、空の異変の報告とか!」


「僕は...」


蓮が静かに言った。


「予知能力を使って、可能な未来を探ってみる。それと、家に伝わる古い記録も調べてみるよ」


「私は...力のコントロールを練習する」


天音が決意を込めて言った。


「少しずつでも、ちゃんと使えるようになりたい」


「俺はお姉ちゃんのサポートと、叶絵さんとの連絡係かな」


晴翔が言った。


「あと、地震や空の異変について、両親や周りにバレないように対応する」


「よし、それぞれの役割が決まったね」


蓮が満足げに頷いた。


「連絡は常に取り合おう。何か見つけたり、問題が起きたりしたら、すぐに共有する」


「LINEグループ作ろうよ!」


美羽が提案した。


「『天秤の守護者』って名前で!」


「それがいいね」


直人も賛成した。


晴翔がスマホを取り出し、新しいグループを作成した。メンバーに四人を追加し、グループ名を「天秤の守護者」に設定する。


「よし、できた」


「早速テストメッセージ!」


美羽がスマホをタップし、最初のメッセージを送った。


『天秤の守護者、始動!✨』


他のメンバーの端末からも通知音が鳴り、全員が笑顔になった。


「これで連絡はスムーズになるね」


蓮が言った。


「それじゃあ、今日はそれぞれ調査と準備をして、明日また集まろう」


「明日...」


天音が少し考え込んだ。


「明日も学校は休みなのかな」


「地震の状況次第だね」


直人が答えた。


「でも、高橋先生が言ってたように、気象庁の調査も入るだろうし...」


「気象庁か...」


晴翔は不安そうな表情になった。


「彼らが天音の存在に気づいたら...」


「大丈夫だよ」


蓮が晴翔を安心させるように言った。


「天音先輩の力は、科学的には説明できないはず。彼らはきっと『未知の気象現象』として処理するだけだ」


「そうだといいけど...」


「それより、イシュタリアの方が心配だ」


直人が真剣な表情で言った。


「旧神が本当に目覚めれば、気象庁どころの問題じゃなくなる」


「そうだね...」


天音も不安げな表情を浮かべた。


美羽は急に立ち上がり、両手を叩いた。


「もう、心配してばかりじゃダメだよ! 今は前向きに行動あるのみ!」


彼女の明るさに、全員が少し元気づけられたようだ。


「美羽の言う通りだ」


晴翔も立ち上がった。


「とりあえずお茶でも入れよう。そのあとで、それぞれの調査を始めよう」


「手伝うよ」


天音も台所に向かった。

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