翌日の朝、
「昨日の地震、みんな大丈夫だった?」
天音が心配そうに尋ねた。
「うん! うちは食器が少し落ちただけだよ」
美羽が答えた。
「私の家も大したことはなかった」
直人も冷静に答えた。
「僕も大丈夫」
蓮の表情は少し暗い。
「でも、街の一部では被害があったみたいだ。幸い、人的被害はなかったけど...」
「そう...」
天音は俯いた。
「私のせいなのかな...」
「それはまだ分からない」
直人が論理的に言った。
「因果関係を証明するには、もっとデータが必要だ」
「でも、アルバが言ってたじゃない」
美羽が言った。
「天音先輩の力が自然現象に影響を与えるって...」
「その通りだ」
蓮が頷いた。
「天音先輩の力と地震には、何らかの関連があるかもしれない」
晴翔はテーブルの上に、昨日までの出来事をまとめたノートを置いた。
「とりあえず、状況を整理しよう」
ノートには、天音の能力が覚醒してからの出来事が時系列で記されている。
「空の異変、校庭の円、そして昨日の幾何学模様...」
直人がメモを見ながら言った。
「明らかにパターンがある。天音先輩の力が強まるにつれて、現象も大きくなっている」
「それと地震も...」
蓮が付け加えた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
美羽が不安そうに尋ねた。
五人は沈黙した。答えを見つけるのは難しい。
「まず、叶絵さんに相談すべきだけど...」
晴翔が言いかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう?」
天音が首を傾げた。
「両親はまだ帰ってこないはずだけど...」
晴翔が恐る恐るドアを開けると、そこには
「叶絵さん!」
「朝霧くん、話があります」
彼女の声は切迫していた。
「中に入っていいですか?」
「どうぞ」
晴翔は彼女をリビングに案内した。
「あ、みんな集まっているんですね」
叶絵はリビングの五人を見て、少し驚いた様子だ。
「ちょうどいい。全員に聞いてほしいことがあります」
彼女はソファに座り、深呼吸した。
「昨日から連絡が取れなかったのは、緊急事態が発生したからです」
「緊急事態?」
全員が緊張した。
「はい。『旧神』の一人が動き始めました」
「旧神...!」
蓮の表情が固まった。
「その名は『イシュタリア』。かつて人類を支配していた神々の中でも、特に強大な存在です」
「人類を...支配していた?」
美羽は信じられない表情だ。
「そんなの本当なの?」
「残念ながら...」
叶絵は頷いた。
「神話と思われてきた多くの物語は、実は事実に基づいています」
「で、その旧神が何をしようとしているんですか?」
直人が冷静に尋ねた。
「天音さんを狙っています」
叶絵の言葉に、全員が息を呑んだ。
「私を...?」
天音の声が震えた。
「なぜ?」
「新たな神の力を奪い、自らの力を取り戻すためです」
叶絵はさらに説明した。
「昨日の地震は、イシュタリアの力の一部が漏れ出したものかもしれません。彼が目覚めつつあるのです」
「それって...」
晴翔の表情が暗くなった。
「アルバの狙いも、そうだったのか」
「そうです」
叶絵は頷いた。
「アルバはイシュタリアに仕えている可能性があります。彼があなたの力を引き出したのは、イシュタリアの覚醒を促すためだったのでしょう」
「じゃあ...私が力を使えば使うほど...」
「旧神の力も強まる。残念ながら、そういうことになります」
リビングに重い沈黙が落ちた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
美羽が不安そうに尋ねた。
「私たちに何ができるの?」
叶絵は真剣な表情で全員を見回した。
「まず、天音さんの力のコントロール方法を見つける必要があります。暴走を防ぎつつ、必要な時だけ力を使えるように」
「それが可能なの?」
天音が小さな声で尋ねた。
「可能です」
叶絵は力強く言った。
「かつて、同じように選ばれた『神』で、力をコントロールできた者もいました」
「そんな人がいたの?」
「はい。彼らの記録が組織に残っています。私が調べてくるつもりです」
「お願いします」
天音は希望の光を見つけたように頷いた。
「それまでの間...どうすればいいですか?」
「できるだけ普通に過ごしてください」
叶絵はアドバイスした。
「強い感情の起伏を避け、力の使用も最小限に。それが一番安全です」
「分かりました」
「そして...」
叶絵は五人を見回した。
「あなたたち全員で協力してください。天音さんには、支えが必要です」
美羽が勢いよく立ち上がった。
「もちろん! 私たち、天音先輩のためなら何でもするよ!」
「ああ」
直人も頷いた。
「全力で協力します」
「僕も、できることなら何でも」
蓮も決意を表明した。
「旧神のことは僕も調べてみます」
晴翔は天音の隣に立った。
「俺たちは絶対にお姉ちゃんを守る」
天音は涙ぐんだ目で皆を見回した。
「みんな...本当にありがとう...」
叶絵は満足げに頷いた。
「素晴らしい絆を感じます。これなら、まだ希望があります」
彼女は立ち上がった。
「私はこれから組織に戻り、もっと情報を集めてきます。何かあればすぐに連絡します」
「お願いします」
晴翔が頭を下げた。
叶絵が帰った後、五人はリビングに残った。重い空気が漂っていたが、どこか決意に満ちた雰囲気もあった。
「さあ、どうする?」
直人が皆に問いかけた。
「私たちにできることは?」
美羽が元気を出して言った。
「まず、天音先輩を守ること! それから...」
「情報収集だね」
蓮が静かに言った。
「イシュタリアについて、旧神について...できるだけ調べよう」
「俺は...」
晴翔は真剣な表情で言った。
「お姉ちゃんのそばにいる。何かあったらすぐに対応できるように」
全員が頷き合ったとき、天音が立ち上がった。
「みんな...」
彼女は決意を込めた表情で言った。
「私...この力をコントロールできるようになりたい。みんなのため、そして、みんなを守るために」
「お姉ちゃん...」
「だから...お願い。力を貸して」
天音は深く頭を下げた。
美羽が飛び上がるように天音に抱きついた。
「当たり前じゃない! 私たち、友達でしょ!」
直人も珍しく微笑んだ。
「力を合わせれば、必ず解決策は見つかります」
「そうだね」
蓮も優しく頷いた。
「僕たちは一人じゃない。みんなでいれば、きっと乗り越えられる」
晴翔は姉の肩に手を置いた。
「さあ、みんなで誓おう」
「誓う?」
美羽が首を傾げた。
「そう。お姉ちゃんが昨日言ってたんだ。私たちの絆を守るって誓おうって」
「それ、すごくいいね!」
美羽は目を輝かせた。
「どうやって誓うの?」
「そうだな...」
晴翔は少し考え、やがて思いついたように言った。
「手を重ねてみない?」
「古典的だけど、いいね」
蓮が微笑んだ。
五人は円になって立ち、それぞれの右手を中央に伸ばした。五つの手が重なり合う。
「では、誓いの言葉を」
直人が促した。
天音が小さく咳払いをし、決意を込めた声で言い始めた。
「私たちは誓います。どんなことがあっても、互いの絆を守ること」
晴翔が続いた。
「どんな困難も、一緒に乗り越えること」
美羽が元気よく言った。
「互いを信じ、支え合うこと!」
直人も珍しく感情を込めて言った。
「知恵を尽くし、最後まで諦めないこと」
最後に蓮が静かに言った。
「そして、この世界の平和を守るために、力を合わせること」
五人の手が一斉に上がり、一瞬、かすかな光が五つの手から放たれた。気のせいかもしれないが、全員がそれを感じたようだ。
「今の...」
美羽が驚いた表情で自分の手を見つめた。
「光った?」
「うん...」
天音も不思議そうに自分の手のひらを見た。
「私の力じゃないよ...たぶん...」
蓮は静かに微笑んだ。
「絆の力かもしれないね」
「絆の...力?」
直人が眉をひそめた。
「科学的に説明できないが...確かに何かを感じた」
晴翔は自分の手のひらをじっと見つめた後、笑顔を作った。
「とにかく、誓いは立てた。あとは実行あるのみだ」
「そうだね!」
美羽が元気よく拳を上げた。
「私たち、最強チームだよ!」
「最強チーム...」
天音は微笑んだ。
「名前、つけようよ!」
美羽の提案に、晴翔が笑った。
「名前? まるで秘密結社みたいだな」
「いいじゃん! 格好いいし!」
直人が眼鏡を上げながら言った。
「では、『天秤の守護者』はどうだろう?」
「おお! かっこいい!」
美羽が感嘆の声を上げた。
「天秤...確かにいいかもね」
蓮も頷いた。
「本来の『天秤』の役割を、私たちが引き継ぐような意味を込めて」
「天秤の守護者...」
天音はその言葉を噛みしめるように繰り返した。
「私は賛成!」
「じゃあ決まりだな」
晴翔も微笑んだ。
「『天秤の守護者』、正式結成!」
五人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。重苦しい雰囲気は少しずつ晴れていく。
「さて、私たちにできることを具体的に考えよう」
直人が実践的な話題に戻した。
「私は図書館で調査します。旧神や神話についての本を探して」
「私はネットで調べるよ!」
美羽が手を挙げた。
「最近の地震のデータとか、空の異変の報告とか!」
「僕は...」
蓮が静かに言った。
「予知能力を使って、可能な未来を探ってみる。それと、家に伝わる古い記録も調べてみるよ」
「私は...力のコントロールを練習する」
天音が決意を込めて言った。
「少しずつでも、ちゃんと使えるようになりたい」
「俺はお姉ちゃんのサポートと、叶絵さんとの連絡係かな」
晴翔が言った。
「あと、地震や空の異変について、両親や周りにバレないように対応する」
「よし、それぞれの役割が決まったね」
蓮が満足げに頷いた。
「連絡は常に取り合おう。何か見つけたり、問題が起きたりしたら、すぐに共有する」
「LINEグループ作ろうよ!」
美羽が提案した。
「『天秤の守護者』って名前で!」
「それがいいね」
直人も賛成した。
晴翔がスマホを取り出し、新しいグループを作成した。メンバーに四人を追加し、グループ名を「天秤の守護者」に設定する。
「よし、できた」
「早速テストメッセージ!」
美羽がスマホをタップし、最初のメッセージを送った。
『天秤の守護者、始動!✨』
他のメンバーの端末からも通知音が鳴り、全員が笑顔になった。
「これで連絡はスムーズになるね」
蓮が言った。
「それじゃあ、今日はそれぞれ調査と準備をして、明日また集まろう」
「明日...」
天音が少し考え込んだ。
「明日も学校は休みなのかな」
「地震の状況次第だね」
直人が答えた。
「でも、高橋先生が言ってたように、気象庁の調査も入るだろうし...」
「気象庁か...」
晴翔は不安そうな表情になった。
「彼らが天音の存在に気づいたら...」
「大丈夫だよ」
蓮が晴翔を安心させるように言った。
「天音先輩の力は、科学的には説明できないはず。彼らはきっと『未知の気象現象』として処理するだけだ」
「そうだといいけど...」
「それより、イシュタリアの方が心配だ」
直人が真剣な表情で言った。
「旧神が本当に目覚めれば、気象庁どころの問題じゃなくなる」
「そうだね...」
天音も不安げな表情を浮かべた。
美羽は急に立ち上がり、両手を叩いた。
「もう、心配してばかりじゃダメだよ! 今は前向きに行動あるのみ!」
彼女の明るさに、全員が少し元気づけられたようだ。
「美羽の言う通りだ」
晴翔も立ち上がった。
「とりあえずお茶でも入れよう。そのあとで、それぞれの調査を始めよう」
「手伝うよ」
天音も台所に向かった。