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第59話

喫茶店では、アルバが窓際の席で彼女を待っていた。


「よく来てくれたね、千早さん」


アルバは微笑みながら彼女を席に案内した。


「何か飲む?」


「いえ、結構です」


理子は真っ直ぐアルバを見つめた。


「朝霧くんのことを、教えてください」


「彼が何に巻き込まれているか、ってこと?」


アルバはコーヒーをすすりながら言った。


「彼は今、とても危険な状況にいるんだ」


「どういうことですか?」


「彼のお姉さん…天音さんは、特別な力を持ってしまったんだ」


アルバは声を落として続けた。


「『神』の力だよ。そして、その力は制御不能になりつつある」


「神…の力?」


理子は半信半疑だったが、天音の周りの光を思い出して、少し信じる気持ちも芽生えた。


「そう。あの虹色の空や地震も、全て彼女の力のせいなんだ」


「それで…朝霧くんは?」


「彼は姉を守ろうとして、自分も危険に身を置いている」


アルバは真剣な表情で理子を見つめた。


「このままでは、彼も巻き込まれて消えてしまう」


「そんな…!」


理子の顔から血の気が引いた。


「どうすれば…助けられるんですか?」


「方法はある」


アルバはポケットから小さなびんを取り出した。透明な液体が入っている。


「これは『力』だ。彼を救うための力」


「これが…?」


「これを飲めば、あなたも特別な力を得られる。そして、朝霧くんを救うことができる」


理子は瓶を見つめた。不安と期待が入り混じる。


「本当ですか…?」


「もちろん」


アルバは優しく微笑んだ。しかし、その目は冷たく計算高かった。


「あなたが彼を守れる。彼の姉から…」


「天音さんから…?」


「そう。彼女の力は暴走し、最愛の弟すら傷つける可能性がある」


理子は瓶を手に取った。冷たい感触。


「どうすれば…」


「飲むだけでいい」


アルバは優しく言った。


「それだけで、あなたも特別な存在になれる」


理子は迷った。


「朝霧くんの…特別に…」


彼女はゆっくりと栓を開けた。香りはない。ただの水のようだ。


「これを…飲めばいいんですね」


「そう、それだけでいい」


アルバの目が期待に輝いた。


理子は一気に液体を飲み干した。


「…」


最初は何も起こらなかった。しかし、数秒後、彼女の体に激しい痛みが走った。


「あっ…!」


彼女は胸を押さえ、苦しそうに顔を歪めた。


「大丈夫、それは力が目覚める過程だ」


アルバは冷静に見つめていた。


「耐えれば、全てが変わる」


理子の体から、黒い靄のようなものが漂い始めた。彼女の目が変わる。茶色の瞳が、赤く輝き始めた。


「これは…」


理子は自分の手を見た。かすかに黒い光を放っている。


「成功だ」


アルバは満足げに言った。


「おめでとう、千早さん。あなたは今、イシュタリア様の力を宿した」


「イシュタリア…?」


「そう、偉大な神だ。そして、あなたは彼の『器』となった」


理子は混乱していた。頭の中で様々な声が響く。自分の心ではない、何か別の存在の思考だ。


『力を…与えよう…』


理子の中に、低く重い声が響いた。


『お前の望みを…叶えよう…』


「私の…望み?…そんなもの…ないわ」


『いるんだろう?…お前には…欲する者が』


理子の頭の中に、晴翔の姿が浮かんだ。


『そして…邪魔をする者は…排除すべきだ…』


天音の姿も浮かんだ。


「排除…」


理子の中で、何かが変わり始めていた。彼女の温和で真面目な性格の奥底に、黒い炎のような感情が芽生え始めていた。器になって増幅されただけで、元々あった感情だったのかもしれない。


アルバはその様子を見て、満足げに微笑んだ。


「これで準備は整った。あとは…」


彼は窓の外、虹色に輝く空を見上げた。


「三日後の『祭りショー』を待つだけだ」


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