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第61話

午後、五人と叶絵が再び朝霧あさぎり家のリビングに集まった。今日は特に緊張感が漂っている。


「まず、状況報告からしましょう」


叶絵が静かに口を開いた。


「組織からの応援は、明日到着する予定です。人数は五名」


「五名?」


晴翔が尋ねた。


「多くはないですね」


「残念ながら、これが限界です」


叶絵は少し苦い表情を見せた。


「完全抹殺派との対立もあり、協力者は限られています」


「でも、五名でも大きな力になりますよね」


美羽が明るく言った。


「私からの報告です」


直人が眼鏡を上げた。


「イシュタリアについて、さらに調査しました」


彼はノートを開いた。


「古代文献によれば、イシュタリアは『支配と征服の神』とされています。人間の心の闇に付け込み、力を与える代わりに魂を奪うとも」


「魂を…奪う?」


天音が不安げに尋ねた。


「そうです。『器』となった人間は、徐々に自我を失い、イシュタリアの思いのままに動く傀儡かいらいとなるようです」


「そんな…」


「もし、理子ちゃんが本当に器になってしまったら…」


天音の表情が曇った。


「救う方法はある?」


「文献にはこう書かれています」


直人はノートを見ながら言った。


「『闇を光で包み込め。憎しみを愛で浄化せよ』」


「それって…どういう意味?」


美羽が首を傾げた。


「解釈が難しいですが」


叶絵が説明した。


「『神』の光の力で、闇の力を浄化できるということでしょう」


「つまり…」


天音が理解した様子で言った。


「私の力で、イシュタリアの力を打ち消せるかもしれない?」


「そう考えられます」


「でも…どうやって?」


「それが問題だ」


蓮が静かに言った。


「力のコントロールがまだ完全ではない状態で…」


「練習あるのみですね」


叶絵は天音に向き直った。


「水晶での練習は順調ですか?」


「はい、少しずつ感覚がつかめてきています」


天音は水晶を取り出した。今日は昨日より強く光っている。


「素晴らしい」


叶絵は満足げに頷いた。


「では、午後は集中的に練習しましょう」


「僕からも報告があります」


蓮が口を開いた。


「さらに詳しい予知がありました。三日後、妙典駅前で起きる出来事の一部です」


全員の視線が彼に注がれた。


「黒い靄が広場を覆い、人々が倒れる…その中心に、赤い光を放つ人影がある」


「赤い光…」


「そして、対峙するのは金色の光…天音先輩です」


「私…?」


「はい。二つの力がぶつかり合う。その衝撃で、空間が歪む…」


蓮は目を閉じた。


「それ以上は見えませんでした。ただ…」


「ただ?」


晴翔が促した。


「予知の中で、一瞬だけ千早さんの姿が見えました」


「やっぱり…」


全員が黙り込んだ。予想していたとはいえ、確信を得るのは辛い。


「理子ちゃんが…本当に…」


天音が悲しげに言った。


「まだ確定ではありません」


叶絵が天音を安心させるように言った。


「最終的には、実際に会って確かめる必要があります」


「でも、どうやって?」


美羽が尋ねた。


「彼女に会いに行ったりしたら、危険じゃない?」


「そうですね」


叶絵は考え込んだ。


「まずは、遠隔で監視するのが良いでしょう」


「監視?」


「はい。私が組織の技術を使って、彼女の自宅を監視します」


「それって…」


晴翔が少し眉をひそめた。


「プライバシーの侵害じゃ…」


「緊急事態です」


叶絵はきっぱりと言った。


「多くの人命がかかっています」


「…分かりました」


晴翔も納得した様子で頷いた。


「とにかく、彼女に直接接触するのは避けましょう」


叶絵が言った。


「特に天音さんは危険です」


「はい…」


「私からも報告があります!」


美羽が手を挙げた。


「SNSの監視を続けてたんだけど、妙典の近くで、『黒い影を見た』って投稿が増えてるの」


「黒い影?」


「うん。『虹色の空の下に、黒い影が伸びてる』とか、『漆黒の靄を見た』とか…」


「イシュタリアの力の現れですね」


叶絵が顔色を変えた。


「想像以上に進行が早い」


「三日後じゃなくて、もっと早く起きるかも?」


美羽が不安そうに尋ねた。


「その可能性もあります」


叶絵は窓の外を見た。


「常に警戒を怠らないでください」


「分かりました」


全員が頷いた。


「では、午後の練習計画に移りましょう」


叶絵は天音に向き直った。


「まず、水晶を使った瞑想を深めます。そして、徐々に小さな力の使い方を練習していきましょう」


「はい」


「他の皆さんは、それぞれの役割を続けてください」


全員が了解した。


「三日後までの我々の準備が、勝負の鍵を握ります」

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