「集中して。感情を認識して、受け入れて」
叶絵の冷静な声が響く。天音は深く息を吸い、目を閉じた。
「恐れを感じたら、それを否定せず、ただ観察するように」
「はい...」
天音の声は少し震えていた。光の球を大きくしようとするたび、体の力が急速に奪われていくのを感じる。何より、心の奥底から湧き上がる不安が一番の敵だった。
部屋の隅では、
「あの...休憩した方がいいんじゃ...」
美羽が心配そうに呟いたが、叶絵は冷静に首を振った。
「実際の戦いでは、休憩はありません。限界を超えてこそ、真の力が目覚めます」
「でも...」
晴翔も不安げに姉を見つめる。天音の顔は青白く、明らかに消耗している。彼はポケットの抑制装置を握り締めた。いつでも止められるよう、準備しておく必要がある。
「もう少し...頑張れる...」
天音の声は小さかったが、決意に満ちていた。彼女は両手の間の光の球を見つめ、より大きく、より強く形作ろうとする。
光の球はゆっくりとサイズを増していった。テニスボール大から、やがて
「良いですね」
叶絵は満足げに頷いた。
「次は、形を変えてみましょう。球から、例えば...立方体に」
「は、はい...」
天音は集中力を振り絞り、光の形を変えようとした。しかし、疲労のせいか、思うように形が変わらない。
「難しい...」
「焦らずに。イメージを明確に」
球体が少しずつ歪み始めた。完全な立方体ではないが、角のある形に近づいていく。
「そう、その調子です」
蓮が小さく呟いた。
「天音先輩、すごい進歩だ...」
「おお、科学的には説明不能な現象だが、確かに素晴らしい」
直人も感心したようだ。
その瞬間——
「くっ!」
天音が急に苦しそうな声を上げた。光の塊が突然明るさを増し、不安定に揺れ始める。
「お姉ちゃん!」
晴翔が叫んだ。
「天音さん、落ち着いて!」
叶絵の声も緊張感を帯びた。
「光を手放して!」
しかし、天音の表情は苦しみに歪み、両手がこわばっていた。光の塊から、突然細い光線が四方に飛び散った。一本が花瓶を砕き、別の一本が窓ガラスを貫いた。
「危ない!」
美羽が身を伏せる。直人と蓮も身を守るように身構えた。
「お姉ちゃん! やめて!」
晴翔が叫びながら前に出ようとしたが、天音の周りに風のようなものが渦巻き始め、近づけない。
「抑制装置を!」
叶絵が指示した。
晴翔はポケットから装置を取り出そうとしたが、強い風に阻まれる。天音の体が宙に浮き始めた。彼女の髪が風に舞い、目は金色に輝いていた。
「これは...暴走の始まりです!」
叶絵が緊張した面持ちで言った。
「早く止めないと!」
その時、蓮が一歩前に出た。
「僕が!」
彼は両手を天音に向け、何かを
「今だ!」
蓮の声に、晴翔は渦の中へと飛び込んだ。
「お姉ちゃん!」
彼の声に、一瞬だけ天音の目に意識が戻った。
「晴...翔...」
「俺だよ! 戻って来て!」
晴翔は抑制装置を天音の額に押し当て、ボタンを押した。青白い光が天音の体を包み、宙に浮いていた彼女の体がゆっくりと降下し始めた。
「あっ...」
天音の目から光が消え、元の茶色の瞳に戻った。そして、彼女の体が力なく崩れ落ちる。
「お姉ちゃん!」
晴翔が彼女を受け止めた。意識はあるようだが、極度の疲労で目を開けるのも辛そうだ。
「ごめん...な...さい...」
かすかな声でそう言うと、天音は完全に意識を失った。
「急いで寝室へ」
叶絵が冷静に指示する。
晴翔は姉を抱きかかえ、階段を上った。他のメンバーもすぐに後に続いた。