「お姉ちゃん、体調はどう?」
晴翔は姉の様子を心配そうに窺った。天音は軽く微笑み、頷いた。
「うん、もう大丈夫。あの日のことは…ちょっとぼんやりしてるけど」
「そりゃあんな大事件だったからね…」
駅前での
「理子ちゃん、まだ病院なんだよね…」
天音の声が沈んだ。
「ああ。でも意識は戻ったって叶絵さんから連絡があったよ」
「よかった…私のせいで…」
「違うよ、お姉ちゃん」
晴翔は強く首を振った。
「あれはイシュタリアの仕業だ。理子が器にされただけで」
天音はかすかに頷いたが、その目には依然として罪悪感が宿っていた。通りすがりの女子高生が二人を見て小声で囁き合う。
「ねえねえ、あの人たち…」 「うん、噂の朝霧兄妹だよね」 「あの日、駅前で光ってたって…」
天音は耳を赤くして俯いた。学校では既に二人の噂が広まっていた。誰も詳しいことは知らないが、あの日の異変の中心に朝霧兄妹がいたことは、多くの目撃者が証言している。
「気にしないで」
晴翔は姉の肩に手を置いた。
「どうせみんな、すぐに忘れるさ」
「そうだといいけど…」
交差点に差し掛かると、元気な声が後ろから聞こえてきた。
「おーい! 朝霧くーん! 天音先輩ー!」
振り返ると、
「おはよう、美羽ちゃん、直人くん」
天音は微笑んで挨拶した。
「やっほー! 元気? もう大丈夫?」
美羽が天音の顔を覗き込むように近づいた。
「ええ、だいぶ回復したわ」
「よかったー! 心配してたんだから!」
「僕も安心しました」
直人は眼鏡を上げながら冷静に言った。しかし、その表情からは安堵の色が見て取れる。
「でも、まだ注意が必要です。あの戦いは始まりに過ぎないかもしれません」
「直人、朝からそんな重い話はよせよ」
晴翔は苦笑した。しかし、友人の言葉が正しいことは理解していた。イシュタリアは封印されたかもしれないが、あの日の戦いは終わりではなく始まりだったのだろう。
「でも、
天音が辺りを見回した。
「蓮なら、もう学校についてるよ」
美羽が答えた。
「朝練があるって。あ、そうそう! 帰りに全員で集まらない? 叶絵さんから連絡があったんだって」
「叶絵さんから?」
晴翔が眉を寄せた。
「うん。『天秤の守護者』の集会だって。蓮くんが言ってた」
四人は顔を見合わせた。叶絵からの呼び出しは、何か重大な事態が起きたことを意味する。
「分かった。放課後、いつもの場所だな」
「うん! 屋上ね!」
美羽は元気よく頷いた。その朗らかさは、重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのようだった。
学校に到着すると、いつもと違う緊張感が漂っていた。校門には警備員が立ち、生徒たちを一人ずつ確認している。
「何かあったのかな?」
天音が不安そうに呟いた。
「分からないけど…」
晴翔も首を傾げた。
警備員たちの間を抜けて校内に入ると、校長先生が
「生徒諸君、おはようございます。皆さんにお知らせがあります」
校長の声は普段より真剣だ。
「本日から、特別な事情により転校生を数名受け入れることになりました。皆さん、彼らを温かく迎えてあげてください」
「転校生?」
晴翔は首を傾げた。
「この時期に?」
直人も疑問符を浮かべている。
「それにしても、警備が厳重だね…」
美羽が囁いた。
「普通の転校生じゃないのかな?」
四人が不思議に思っていると、校長の傍らに立っていた一人の女性が前に出た。一瞬、晴翔の背筋に冷たいものが走る。
「あれって…」
「まさか…」
女性は冷静な表情で生徒たちを見回した。そのクールな眼差しに見覚えがある。
「はじめまして。私は新任教師の
彼女は短く一礼した。黒いスーツに身を包んだその姿は、教師というより何かの
「あれ、神狩り組織の…!」
美羽が小声で叫びそうになるのを、晴翔が慌てて制した。
「静かに!」
カナエの視線が一瞬、彼らに向けられた。わずかに目を細め、かすかに頷いたように見えた。
「さらに、転校生を紹介します」
校長が続けた。そこへ三人の生徒が前に出た。一人は金髪の明るい表情の少年、次は無表情のグレーの髪の少年、そして最後は優雅な雰囲気の年配の女性だった。
「
「うそ…」
晴翔の顔から血の気が引いた。カナエだけでなく、アルバもジンも、そしてソフィアまで…神狩り組織の四天王が全員揃っている。
「どういうこと…?」
天音も震える声で呟いた。
直人は冷静さを保ちながらも、眼鏡の奥の目が緊張を隠せない。
「四天王…全員…なぜここに?」
校長の説明が続いている間、四人はただ呆然と立ち尽くしていた。やがて、アルバが軽く手を振り、彼らに向かってウインクした。その軽薄な仕草に、晴翔は思わず拳を握りしめた。
「朝霧くん、冷静に」
直人が小声で諭した。
「今はじっと様子を見るべきだ」
「分かってる…けど…」
ホームルームが始まり、生徒たちは各教室へと向かった。1年3組に入った晴翔たちの前に立ったのは、他でもないカナエだった。
「今日から担任を務めることになりました、カナエです」
彼女は冷静に自己紹介した。その表情からは何も読み取れない。
「また、新しいクラスメートを紹介します」
教室のドアが開き、アルバが入ってきた。彼は屈託のない笑顔で、クラス全体に向かって手を振った。
「やあ、みんな!
彼の明るい態度に、女子たちからはときめきの
「朝霧くん、元気?」
アルバは晴翔の机の前で立ち止まり、にっこりと笑った。その目は何かを企んでいるようにきらめいている。
「何が目的だ…」
晴翔は歯を食いしばりながら小声で尋ねた。
「目的? 単なる転校生だよ」
アルバは肩をすくめ、さらに声を落として続けた。
「それとも…『天秤の守護者』として、何か言いたいことがある?」
晴翔は言葉を飲み込んだ。ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。彼はじっと拳を握りしめ、アルバを見上げた。
「後でな」
「楽しみにしてるよ」
そう言い残し、アルバは教室の後ろの席へと向かった。
カナエは何事もなかったかのように授業を始めた。英語の教師としての彼女は、意外にも堂々として教え方も分かりやすい。生徒たちは次第に緊張を解いていったが、晴翔と美羽、直人の三人だけは終始警戒を解かなかった。