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第73話

昼休み、屋上には五人が集まっていた。晴翔、天音、美羽、直人、そして望月もちづきれん。誰も弁当に手をつけていない。


「これはいったい…」


晴翔が苛立ちを隠せない様子で言った。


「四天王が全員、この学校に潜入するなんて…」


「潜入ではないと思う」


蓮が静かに言った。


「彼らは堂々と現れた。これは…見張りだろう」


「見張り?」


美羽が首を傾げた。


「ええ」


天音が頷いた。


「ソフィアさんも『観察』と言っていたわ」


「僕のクラスにはジンが来ている」


蓮の表情が暗くなった。


「彼は…終始無言だった。でも、その目は常に僕を追っていた」


「あいつは危険だ」


晴翔が警告した。


「特に感情がないように見える」


「カナエ先生も…想像と違って、普通の先生みたいだったけど」


美羽が言った。


「でも、やっぱり怖いよね」


「アルバは相変わらずだ」


晴翔は毒づいた。


「あんな奴が同じクラスだなんて…」


「でも、なぜ今になって?」


直人が冷静に分析した。


「理子さんの件は一段落したはず。イシュタリアも封印された」


「そこが引っかかる」


蓮が言った。


「予知では…『これは始まりに過ぎない』という声が聞こえた」


「始まり…?」


全員が息を飲んだ。


「つまり、イシュタリア以外にも…」


晴翔の言葉を遮るように、屋上のドアが開いた。


「ああ、ここにいたか」


アルバが軽快な足取りで現れた。彼の後ろには、他の三人の姿もあった。カナエ、ジン、そしてソフィア。四天王が勢揃いだ。


「やあ、『天秤の守護者』のみんな」


アルバは手を振った。


「ちょっと話があるんだ」


「何の用だ」


晴翔が身構えた。


「落ち着きなさい、朝霧くん」


カナエが冷静に言った。


「敵対するために来たのではありません」


「じゃあ、なんで学校に?」


美羽が不安そうに尋ねた。


「それは…」


ソフィアが一歩前に出た。


「新たな危機が迫っているからです」


「新たな…危機?」


天音が小さな声で繰り返した。


「ええ。イシュタリアは一時的に封印されましたが、『旧神』はそれだけではありません」


「何を言っている…?」


晴翔の声が震えた。


「イシュタリアの封印は、他の旧神たちを刺激しげきした」


カナエが続けた。


「彼らも動き始めています」


「他の旧神…」


直人が眉をひそめた。


「何体いるんだ?」


「主要なものは七柱」


ソフィアが答えた。


「イシュタリアはその一つに過ぎません」


「七つも…!」


美羽が声を上げた。


「そんな…一人で精一杯だったのに…」


「だから私たちがここにいる」


アルバが珍しく真面目な表情で言った。


「組織が決定したんだ。天音さんを保護し、共に戦うことを」


「保護…?」


天音は驚いた表情を見せた。


「敵ではなく、味方になるということですか?」


「そういうことだ」


カナエがきっぱりと言った。


「あなたの力は貴重です。新たな神として、旧神に対抗できる存在は他にいない」


無表情だったジンが初めて口を開いた。


「本当は…抹殺すべきだと思う」


その言葉に全員が緊張した。しかし、ジンは続けた。


「だが…命令は命令。貴様を守る」


「とても心強いね…」


晴翔が皮肉を込めて言った。


「信頼していただけなくて結構です」


カナエは冷静に答えた。


「しかし、事実として旧神が動き始めている。そして彼らの標的は天音さん。私たちは同じ目的を持つ者同士、協力すべきでしょう」


「ま、簡単に言えば、俺たちも転校生になったってことさ」


アルバが陽気に言った。


「これからは『天秤の守護者』と『四天王』で一つのチーム。面白くない?」


「全く面白くないね」


晴翔は不機嫌そうに言った。


「でも…協力するしかないのかな」


天音が静かに言った。


「もし他の旧神も現れるなら…私一人じゃ…」


「その通りです」


ソフィアが優しく微笑んだ。


「力を合わせれば、勝機はある」


蓮はじっと四天王を観察していた。


「変わった…以前とは違う」


「何が?」


直人が尋ねた。


「彼らの波動はどう…特にソフィアさんとアルバさんは、以前より…柔らかくなっている」


「へえ、分かるんだ」


アルバが感心したように言った。


「さすが予知能力者」


「カナエさんも…」


蓮は続けた。


「迷いがある」


カナエの表情が一瞬、揺らいだ。


「…私個人の感情は関係ありません。任務を遂行するだけです」


「でも、その任務が変わった」


晴翔が指摘した。


「抹殺から保護へ。なぜ?」


「組織内の決定です」


カナエはそれ以上詳しく説明しようとしなかった。


「大事なのは、これからどうするかでしょう」


「そうだね…」


天音は深く考え込んでいた。彼女は四天王を見渡し、それから自分の仲間たちを見た。まるで二つの世界が交わり始めたような不思議な感覚。


「みんな…どう思う?」


天音は仲間たちに尋ねた。


「ううん、私は…」


美羽は躊躇いながらも、きっぱりと言った。


「天音先輩を守りたい! それが自分の役目だと思ってる! だから…敵じゃないなら…協力してもいいと思う」


「僕も同感です」


直人が冷静に分析した。


「論理的に考えれば、彼らの力を借りた方が勝算は高まる」


「僕は…」


蓮は四天王をじっと見つめた。


「彼らの言葉に嘘はないと思う。少なくとも今は…協力者だ」


晴翔は黙って考え込んでいた。彼の心の中で葛藤が続いていた。しかし、最終的に深いため息をついて言った。


「分かった…協力する。だけど」


彼は特にアルバとジンを鋭く見据えた。


「もし少しでもお姉ちゃんに危害を加えようとしたら、許さない」


「いい根性だ」


アルバが笑った。


「俺はそういう奴は嫌いじゃないよ」


ジンは無言で頷いた。その表情からは何も読み取れない。


「では、正式に協力関係を結びましょう」


カナエが提案した。


「放課後、詳細を説明します。今日は、叶絵も来ますから」


「叶絵さんも?」


天音が驚いた表情を見せた。


「ええ。彼女が全ての調整役です」


「それじゃあ…放課後、また屋上で?」


美羽が確認した。


「いいえ、危険です」


ソフィアが首を振った。


「学校は既に『敵』の監視下にあるかもしれません」


「敵って…他の旧神?」


天音が不安そうに尋ねた。


「あるいは、その使者たち」


カナエが答えた。


「私たちの集会場所は別に用意してあります。放課後、正門で待ち合わせましょう」


「分かった」


晴翔は渋々同意した。


「でも、授業は…?」


天音が心配そうに言った。


「心配ありません」


カナエは冷ややかに微笑んだ。


「私が教師として全て手配します」


「そこまで準備してるんだ…」


直人は感心したように言った。


「神狩り組織の能力は侮れませんね」


「それが任務です」


カナエはそう言い残し、四天王は屋上を後にした。残された五人は、複雑な感情を抱えながら、彼らの後ろ姿を見送った。


「これで、また状況が変わったね…」


蓮が静かに言った。


「ああ…」


晴翔は空を見上げた。虹色のもやは徐々に薄れていたが、代わりに不吉な雲が空の端に現れ始めていたような気がした。


「新たな戦いの始まりか…」


彼の呟きは風に消え、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。


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