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第75話

一方、晴翔は廊下でカナエと言葉を交わしていた。


「お姉ちゃんを頼むよ…」


彼の声には、かつてない真剣さがあった。


「任せてください」


カナエも真摯に応えた。


「天音さんは特別な存在です。私たちも全力で守ります」


「俺はまだ完全には信用していないけど…」


晴翔は正直に言った。


「当然です」


カナエは静かに頷いた。


「信頼は時間をかけて築くものです。私たちの行動で証明させてください」


「ああ…」


そのとき、天音が部屋から出てきた。彼女の胸には新しいペンダントが光っている。


「お姉ちゃん、それは?」


「ソフィアさんからもらったの。力を制御するためのものだって」


「そうなんだ…」


晴翔は少し安心したように見えた。


「よし、帰ろうか」


九人はビルを出て、それぞれの道に分かれた。天音と晴翔は並んで歩きながら、空を見上げた。


「すごいことになったね…」


晴翔が呟いた。


「ええ…」


天音は胸のペンダントを握りしめた。


「でも、不思議と怖くないの」


「そう?」


「うん。みんながいるから」


天音は弟を見つめた。


「それに…私、もう逃げない」


「お姉ちゃん…」


「この力と向き合って、みんなを守りたい」


彼女の瞳には強い決意が宿っていた。


「任せて、晴翔」


晴翔は姉の変化に驚いた。以前のように恐れるだけでなく、前向きに力と向き合おうとしている。それはソフィアの影響だろうか。


「ああ、一緒に頑張ろう」


彼も微笑んだ。


夕暮れの空には、虹色のもやが薄く漂っていた。しかし、それはもはや不吉な前兆ではなく、希望の兆しにも見えた。


敵だった者が味方になり、力が脅威から守りへと変わる。世界は常に動き、変化している。そして彼らも、その流れの中で成長し続けるのだろう。


(続く)



Arc3_3:戦火の中で

放課後の「アパートメント妙典」三階。朝霧あさぎり天音あまねは部屋の中央に設けられた円陣えんじんの中で、目を閉じて静かに瞑想めいそうしていた。首から下げた水晶のペンダントが、かすかに金色にきらめいている。


「呼吸を整えて…心の中心に意識を集中させるのです」


ソフィアそふぃあの落ち着いた声が、部屋に優しく響いた。


「力は恐れるものではなく、自分の一部として受け入れるのです」


ソフィアの指導が始まって三日目。天音の周囲しゅういには、かすかに光の粒子が舞い始めていた。


部屋の隅では、朝霧あさぎり晴翔はると結城ゆうき美羽みう鴻上こうがみ直人なおと望月もちづきれんが見守っている。その向かいにはカナエかなえアルバあるばジンじんが腕を組んで立っていた。


「すごい…」


美羽が小声で感嘆した。


「天音先輩、日に日に上達してる」


「ああ」


晴翔も頷いた。最初は不安だったが、ソフィアの指導は確かに効果を上げていた。姉の表情が日増しに自信に満ちていくのを見るのは、何より心強い。


「しかし、彼女の力の本質は何なのでしょうか」


直人が眼鏡を上げながら、学術的興味を隠せない様子で尋ねた。


「『思いが現実になる』という単純な説明では、科学的に…」


「科学では説明できないものもある」


蓮が静かに言った。


「私の予知能力と同じようにね」


「確かに」


「静かに」


カナエが二人をたしなめた。


「集中を妨げては危険です」


ソフィアは天音の前に座り、両手を天音の手の上に重ねた。


「今度は、具体的なイメージを思い浮かべてみましょう」


「はい…」


天音はゆっくりと頷いた。


「水面に映る月を想像してください。そして、その月の光が自分の中に入ってくるイメージを…」


天音の周囲しゅういの光がさらに強まった。彼女の髪が風もないのに、ふわりとらめく。


「素晴らしい」


ソフィアが満足げに微笑んだ。


「今度は、その光を手のひらに集めてみましょう」


天音は両手を前に出し、まるでお椀を作るように手のひらを上に向けた。すると、その間に小さな光の球が形成され始めた。


「ゆっくりと…急がずに…」


光の球は徐々に大きくなり、りんご大ほどの大きさになった。


「よし、今度はその形を変えてみましょう」


「変える…」


天音は眉を寄せ、集中した。光の球がゆっくりと形を変え、四角い形になり、さらに星型へと変わっていく。


「見事です」


ソフィアの声には、心からの賞賛が込められていた。


「十分でしょう。今日はここまでにしましょう」


天音が手を下ろすと、光の形は消え失せた。彼女はゆっくりと目を開け、深く息を吐いた。


「どうだった?」


晴翔が近寄って尋ねた。


「うん…不思議な感じ」


天音は少し疲れた様子だが、満足げな表情を浮かべている。


「でも、怖くない。むしろ…自分の一部という感じがしてきた」


「それが大切なのです」


ソフィアが立ち上がり、天音の肩に手を置いた。


「恐れが消えれば、制御できるようになります」


「天音先輩、すごいよ!」


美羽が飛び跳ねるように近づいてきた。


「あんな風に光を操るなんて!」


「素晴らしい進歩です」


直人も珍しく表情を緩めた。


「一週間前と比べれば、雲泥の差ですね」


「これなら…」


蓮が口を開きかけたとき、突然アラームが鳴り響いた。モニターが赤く点滅し始める。


「!」


カナエが素早くコンピューターに向かった。


「侵入者です」


「どこだ?」


ジンが無表情ながらも、体を緊張させた。


「妙典駅前広場…大規模な超常現象が発生しています」


カナエの声は冷静だが、その目には危機感が宿っていた。


「ライブカメラをつないで」


モニターが切り替わり、駅前広場の映像が映し出された。広場には黒いもやが渦巻き、人々が混乱して逃げ惑っている。


「あれは…」


アルバの表情が強張った。


「間違いない。マルドゥクまるどぅくの使者だ」


映像を見ると、黒いもやの中心に一人の男が立っていた。鋭利えいりな角のような頭飾りを付け、全身を黒い鎧のような衣装で覆っている。その手には、長い錫杖しゃくじょうがあった。


「どうする?」


晴翔が緊張した面持ちで尋ねた。


「行くしかないでしょう」


カナエがきっぱりと言った。


「天音さんを守りながら、相手の意図を探ります」


「でも、まだ訓練中だし…」


晴翔の不安を察して、ソフィアが静かに言った。


「大丈夫。天音さんはここにいてもいい。私が付き添います」


「いいえ」


天音が意外な強さで言った。


「私も行きます」


「お姉ちゃん!」


「これが私の戦いなら、逃げるわけにはいかないわ」


天音の表情には、以前には見られなかった決意が宿っていた。


「それに…人々が危険にさらされているなら、助けなきゃ」


ソフィアは少し考え込み、やがて頷いた。


「わかりました。でも、無理はしないでください」


「みんなで行こう!」


美羽が拳を上げた。


「私たち『天秤の守護者』だもの!」


「私は現場で合流する」


カナエが言った。


「叶絵さんにも連絡しておきます」


「よし、行くぞ」


晴翔は姉の手を取り、全員で部屋を飛び出した。


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