一方、晴翔は廊下でカナエと言葉を交わしていた。
「お姉ちゃんを頼むよ…」
彼の声には、かつてない真剣さがあった。
「任せてください」
カナエも真摯に応えた。
「天音さんは特別な存在です。私たちも全力で守ります」
「俺はまだ完全には信用していないけど…」
晴翔は正直に言った。
「当然です」
カナエは静かに頷いた。
「信頼は時間をかけて築くものです。私たちの行動で証明させてください」
「ああ…」
そのとき、天音が部屋から出てきた。彼女の胸には新しいペンダントが光っている。
「お姉ちゃん、それは?」
「ソフィアさんからもらったの。力を制御するためのものだって」
「そうなんだ…」
晴翔は少し安心したように見えた。
「よし、帰ろうか」
九人はビルを出て、それぞれの道に分かれた。天音と晴翔は並んで歩きながら、空を見上げた。
「すごいことになったね…」
晴翔が呟いた。
「ええ…」
天音は胸のペンダントを握りしめた。
「でも、不思議と怖くないの」
「そう?」
「うん。みんながいるから」
天音は弟を見つめた。
「それに…私、もう逃げない」
「お姉ちゃん…」
「この力と向き合って、みんなを守りたい」
彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
「任せて、晴翔」
晴翔は姉の変化に驚いた。以前のように恐れるだけでなく、前向きに力と向き合おうとしている。それはソフィアの影響だろうか。
「ああ、一緒に頑張ろう」
彼も微笑んだ。
夕暮れの空には、虹色の
敵だった者が味方になり、力が脅威から守りへと変わる。世界は常に動き、変化している。そして彼らも、その流れの中で成長し続けるのだろう。
(続く)
Arc3_3:戦火の中で
放課後の「アパートメント妙典」三階。
「呼吸を整えて…心の中心に意識を集中させるのです」
「力は恐れるものではなく、自分の一部として受け入れるのです」
ソフィアの指導が始まって三日目。天音の
部屋の隅では、
「すごい…」
美羽が小声で感嘆した。
「天音先輩、日に日に上達してる」
「ああ」
晴翔も頷いた。最初は不安だったが、ソフィアの指導は確かに効果を上げていた。姉の表情が日増しに自信に満ちていくのを見るのは、何より心強い。
「しかし、彼女の力の本質は何なのでしょうか」
直人が眼鏡を上げながら、学術的興味を隠せない様子で尋ねた。
「『思いが現実になる』という単純な説明では、科学的に…」
「科学では説明できないものもある」
蓮が静かに言った。
「私の予知能力と同じようにね」
「確かに」
「静かに」
カナエが二人を
「集中を妨げては危険です」
ソフィアは天音の前に座り、両手を天音の手の上に重ねた。
「今度は、具体的なイメージを思い浮かべてみましょう」
「はい…」
天音はゆっくりと頷いた。
「水面に映る月を想像してください。そして、その月の光が自分の中に入ってくるイメージを…」
天音の
「素晴らしい」
ソフィアが満足げに微笑んだ。
「今度は、その光を手のひらに集めてみましょう」
天音は両手を前に出し、まるでお椀を作るように手のひらを上に向けた。すると、その間に小さな光の球が形成され始めた。
「ゆっくりと…急がずに…」
光の球は徐々に大きくなり、りんご大ほどの大きさになった。
「よし、今度はその形を変えてみましょう」
「変える…」
天音は眉を寄せ、集中した。光の球がゆっくりと形を変え、四角い形になり、さらに星型へと変わっていく。
「見事です」
ソフィアの声には、心からの賞賛が込められていた。
「十分でしょう。今日はここまでにしましょう」
天音が手を下ろすと、光の形は消え失せた。彼女はゆっくりと目を開け、深く息を吐いた。
「どうだった?」
晴翔が近寄って尋ねた。
「うん…不思議な感じ」
天音は少し疲れた様子だが、満足げな表情を浮かべている。
「でも、怖くない。むしろ…自分の一部という感じがしてきた」
「それが大切なのです」
ソフィアが立ち上がり、天音の肩に手を置いた。
「恐れが消えれば、制御できるようになります」
「天音先輩、すごいよ!」
美羽が飛び跳ねるように近づいてきた。
「あんな風に光を操るなんて!」
「素晴らしい進歩です」
直人も珍しく表情を緩めた。
「一週間前と比べれば、雲泥の差ですね」
「これなら…」
蓮が口を開きかけたとき、突然アラームが鳴り響いた。モニターが赤く点滅し始める。
「!」
カナエが素早くコンピューターに向かった。
「侵入者です」
「どこだ?」
ジンが無表情ながらも、体を緊張させた。
「妙典駅前広場…大規模な超常現象が発生しています」
カナエの声は冷静だが、その目には危機感が宿っていた。
「ライブカメラをつないで」
モニターが切り替わり、駅前広場の映像が映し出された。広場には黒い
「あれは…」
アルバの表情が強張った。
「間違いない。
映像を見ると、黒い
「どうする?」
晴翔が緊張した面持ちで尋ねた。
「行くしかないでしょう」
カナエがきっぱりと言った。
「天音さんを守りながら、相手の意図を探ります」
「でも、まだ訓練中だし…」
晴翔の不安を察して、ソフィアが静かに言った。
「大丈夫。天音さんはここにいてもいい。私が付き添います」
「いいえ」
天音が意外な強さで言った。
「私も行きます」
「お姉ちゃん!」
「これが私の戦いなら、逃げるわけにはいかないわ」
天音の表情には、以前には見られなかった決意が宿っていた。
「それに…人々が危険にさらされているなら、助けなきゃ」
ソフィアは少し考え込み、やがて頷いた。
「わかりました。でも、無理はしないでください」
「みんなで行こう!」
美羽が拳を上げた。
「私たち『天秤の守護者』だもの!」
「私は現場で合流する」
カナエが言った。
「叶絵さんにも連絡しておきます」
「よし、行くぞ」
晴翔は姉の手を取り、全員で部屋を飛び出した。