「おかしい…静かすぎる」
「結界が張られているね」
「この寺院全体が異界と現実の
「みんな、気をつけて」
「なにか…感じる」
彼女が小さな声で言った。
「この場所…ずっと前から知っているような…」
「お姉ちゃん?」
晴翔が心配そうに尋ねた。
「大丈夫?」
「うん…でも不思議な感覚」
天音の周りに、かすかに金色の光が漂い始めた。
「この神社には、昔から何かの力が眠っているのかもしれない」
「だからこそ、旧神の使者がここを狙ったのでしょう」
一行は慎重に
突然、
「ふふふ…やはり来たな」
全員が上を見上げると、そこには見知らぬ男の姿があった。漆黒の
「お前は…」
カナエが剣を構えた。
「
「よく知っているな、神狩りの者よ」
オラクルと呼ばれた男は軽やかに鳥居から飛び降り、中空に浮かんだまま言った。
「わざわざ罠に飛び込んでくれて、感謝する」
「罠だと知っていて来た」
ジンが冷たく言い返した。
「何の目的だ」
「それは…」
オラクルは天音を指さした。
「彼女の力を確かめるため。そして…この古い力の泉を頂くためだ」
「古い力の泉…?」
天音が首を傾げた。
「この場所には古くからの力が眠っている」
オラクルは両手を広げた。
「その力を我が主、
そう言うと、彼は金色の仮面から眩い光を放った。その光が
「くっ…!」
全員が目を
「あれは…!」
ソフィアが驚いた声を上げた。
「境界の泉…! 確かにこの場所には古い力が眠っていたのね」
「境界の泉?」
晴翔が尋ねた。
「現世と神の世界の境目にある力の源泉です」
ソフィアが説明した。
「旧神たちはそれを利用して、力を取り戻そうとしている」
「させるか!」
カナエが叫び、オラクルに向かって跳躍した。彼女の剣が銀色の弧を描き、オラクルに襲いかかる。
「無駄だ」
オラクルは片手を上げただけで、カナエの攻撃を止めた。見えない力の壁が彼女を弾き返す。
「我々の力の差は明らかだ」
「チッ…」
カナエは着地し、再び構えた。
「ジン、アルバ!」
二人は素早く動いた。ジンは黒い翼を広げ、上空から攻撃を仕掛ける。アルバは炎の
「愚かな…」
オラクルはまるで子供の遊びを見るかのように、両手を動かすだけで二人の攻撃を
「これが、旧神の使者の力か…」
直人が眼鏡を上げながら呟いた。ハンムラビよりさらに強大な力を感じる。
美羽は怯えながらも、蓮と共に結界を張って仲間たちを守ろうとしていた。
「天音先輩、どうする?」
「私は…」
天音はペンダントを握りしめたまま、戦いを見つめていた。まだ体力は十分ではなく、先ほどの戦いの疲労も残っている。しかし—
「行かなきゃ」
彼女は決意を固めた。
「晴翔、みんなを頼む」
「お姉ちゃん! 無理だよ!」
晴翔が制止しようとしたが、天音は既に前に踏み出していた。彼女の体から金色の光が溢れ出し、まるで
「オラクル…この場所は、私たちの大切な場所」
天音の声は、いつもより少し低く、力強かった。
「渡さない」
「ほう…」
オラクルは興味深そうに天音を見た。
「前回より成長しているな。しかし…」
彼は黄金の仮面から再び光を放った。今度は攻撃的な鋭い光線となって、天音に向かって襲いかかる。
「天音!」
ソフィアが叫んだ。
「おぼえているでしょう! 訓練通りに!」
天音は深く呼吸し、両手を前に出した。金色の
「やるじゃないか」
オラクルは声に感心を滲ませた。
「だが、どれだけ持つかな?」
彼は攻撃の強さを増した。光線がさらに強く、鋭くなる。天音の盾にひびが入り始めた。
「くっ…」
天音の顔に汗が浮かぶ。限界が近い。
「お姉ちゃん!」
晴翔は歯を食いしばった。このままでは…
「させるか!」
突然、蓮が前に踏み出した。彼は両手を天に掲げ、何かを
「望月…!」
天音は驚いた様子で振り返った。
「力を貸すよ」
蓮は穏やかに微笑んだ。
「一人じゃない。僕たちがいる」
「そうだよ!」
美羽も前に出て、蓮の横に立った。彼女には特別な力はないが、その存在自体が蓮と天音に勇気を与える。
「私も」
直人も意外な行動に出た。彼は落ち着いた様子で二人の横に立ち、深く呼吸した。
「科学では説明できないかもしれないが…信じる力もある」
「みんな…」
天音の目に涙が浮かんだ。
晴翔も前に出て、姉の横に立った。
「『天秤の守護者』だろ? 一緒に戦おう」
「ええ…!」
天音の周りの光が強くなった。友の存在が、彼女に新たな力を与えている。
「なんだこれは…」
オラクルが初めて戸惑いの色を見せた。
「ただの人間が…」
「人間なめんなよ」
アルバが笑いながら言った。彼もカナエ、ジンと共に天音たちの背後に立っていた。
「人間の絆は、時に神をも超える」
「馬鹿な…」
オラクルの攻撃が一瞬揺らいだ。その隙を突いて、天音は両手から金色の光線を放った。友の力を借りた光は、オラクルの攻撃を押し返し、彼に直撃する。
「ぐわっ!」
オラクルが後ろに吹き飛ばされた。彼の仮面にひびが入る。
「やった!」
美羽が喜びの声を上げた。
しかし、オラクルはすぐに体勢を立て直した。その仮面の隙間から、不気味な赤い目が覗いている。
「なかなかやるな…」
彼は低い声で言った。
「だが、遅すぎた」
彼が指差す方向を見ると、境内の亀裂がさらに大きく広がり、そこから大量の青白い光が噴出していた。
「境界の泉の力は既に流出している」
オラクルは高らかに宣言した。
「これで我が主、
「させない!」
天音は残った力を振り絞り、亀裂に向かって飛び出した。彼女は泉の前に立ち、両手を広げる。
「この場所は、私が守る!」
彼女の体から金色の光が溢れ出し、亀裂を覆い始めた。まるで傷口を塞ぐように、光が亀裂を埋めていく。
「なっ…!」
オラクルが驚愕の声を上げた。
「そんなことができるのか!」
「お姉ちゃん…!」
晴翔も驚いた様子で見守っていた。天音の力は日に日に成長しているようだ。
「やめろ!」
オラクルは怒りの声を上げ、再び光線を放った。今度は天音めがけて。
「危ない!」
カナエが叫んだ時には遅かった。光線が天音に向かって飛んでいく。
しかし—
「!」
光線が天音の数センチ手前で止まった。いや、正確には何かに阻まれたのだ。
「これは…」
目を凝らすと、天音の周りに薄い金色の膜が形成されているのが見えた。それは彼女自身の意思で作り出したものではなく、まるで別の力が天音を守っているかのようだ。
「境界の泉が…天音を守っている?」
ソフィアが驚きの声を上げた。
「なぜだ…」
オラクルも困惑しているようだった。
その時、亀裂から漏れ出していた光が形を変え始めた。それは次第に人型へと変化し、やがて若い女性の姿となった。透き通るような青白い姿だが、確かにそこに存在感がある。
「なんだ…あれは」
晴翔が呆然と見つめた。
幽霊のような女性は天音の前に立ち、優しく微笑んだ。
「久しぶりね、私の後継者」
天音は混乱しながらも、何か懐かしさを感じているようだった。
「あなたは…誰?」
「私はこの地の守護者。そして…かつての『神』」
女性はゆっくりと天音に手を伸ばした。
「あなたの前の『神』よ」
「前の…」
天音は驚きの表情を浮かべた。
「あなたの力は、かつての私の力。そして、この場所はその力の源泉」
女性は亀裂を見つめた。
「だから…この場所を守りなさい」
そう言うと、女性の体が光となって天音の中に流れ込んでいった。
「あっ…!」
天音の体が一瞬まばゆく輝いた。その光が強すぎて、全員が目を
光が収まると、天音は穏やかな表情で立っていた。彼女の周りには金色の光が
「この場は渡さない」
彼女の声には力強さがあった。両手を広げると、亀裂から溢れ出ていた光が彼女の体に吸収され、亀裂自体も徐々に閉じていく。
「馬鹿な…!」
オラクルは怒りと恐怖が入り混じった表情を浮かべていた。
「ここまでか…」
彼はしばらく天音を見つめた後、ゆっくりと空に浮かび上がった。
「覚えておけ。これで終わりではない」
そう言い残すと、彼は黒い
境内には再び静けさが戻った。亀裂は完全に塞がり、まるで何もなかったかのように元の姿に戻っている。
天音はゆっくりと地面に降り立った。彼女の周りの光が徐々に薄れていく。
「お姉ちゃん!」
晴翔が駆け寄った。
「大丈夫?」
「ええ…」
天音は疲れた様子だが、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「なんだか…不思議な感じ。でも…安心した」
「いったい何が起きたの?」
美羽も駆け寄ってきた。彼女の目は好奇心で輝いている。
「さっきの人は誰? 天音先輩の前の『神』?」
「詳しくは私にもわからないけど…」
天音は胸のペンダントに手を当てた。
「この場所には、昔からのつながりがあったみたい」
「境界の泉は神の力の源泉」
ソフィアが説明した。
「かつて『神』だった者の魂の一部が、この場所に残されていたのでしょう」
「そして、天音さんがその力を受け継いだ」
カナエが続けた。
「ですが…これは想定外でした」
「なぜ、天音がその力を?」
晴翔が尋ねた。
「おそらく…」
ソフィアは考え込むように言った。
「天音さんの『無欲』と『純粋な愛情』が、かつての神の共感を呼んだのでしょう」
「つまり、認められたということですね」
直人が分析的に言った。
「興味深い現象です」
「いずれにせよ」
カナエは周囲を見回した。
「ここは安全になりました。オラクルは退散し、境界の泉も封印されました」
「戻りましょう」
ソフィアが提案した。
「天音さんは休息が必要です」
「そうだね」
晴翔は姉の肩を支えた。
「お疲れ、お姉ちゃん」
「ありがとう…」
天音は穏やかに微笑んだ。彼女の瞳には、以前とは違う