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第84話

放課後、五人はアジトに集合した。テーブルを囲んでいたのは、天音たち「天秤の守護者」に加え、カナエ、ソフィア、アルバあるばジンじん、そして叶絵かなえだった。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


叶絵が静かに口を開いた。


「今日は重要な情報をお伝えするために」


彼女はテーブル中央に小さな装置を置いた。それは円盤状で、中央に青い光る部分がある。


「これは?」


晴翔が首を傾げた。


「記録装置です」


叶絵がボタンを押すと、装置から青い光が立ち上がり、三次元の映像が浮かび上がった。それは地球の姿だった。そして、地球上のいくつかの地点が赤く点滅している。


「これが、現在確認されている旧神の活動地点です」


全員が映像を見つめた。日本だけでなく、世界中に赤い点が散らばっている。


「旧神たちは、全世界で活動を始めています」


「全世界…?」


天音が驚いた声を上げた。


「これほどまで…」


「ええ、懸念していた通りの事態です」


叶絵は重々しく続けた。


「昨日の二人の使者、ハンムラビとオラクルは、ただの始まりに過ぎません」


「他にも来るって?」


美羽が心配そうに尋ねた。


「ええ。実は…」


叶絵がまさに説明しようとした瞬間、映像が突然乱れた。


「?」


叶絵が驚いて装置を見つめる。青い光が赤紫色に変わり、地球の映像が消える。代わりに現れたのは、見知らぬ男の姿だった。


金色の仮面かめんを付け、黒い外套がいとうに身を包んだ男—オラクルだ。


「やあ、神狩りの者たち、そして…新たな『神』よ」


オラクルの声は、装置を通して響いた。まるで、この場にいるかのようだ。


「通信を乗っ取のっとられた?」


カナエが驚いた様子で立ち上がった。


「そう驚かなくともよい」


オラクルは不敵に笑った。


「私からのメッセージだ。聞くがいい」


装置を壊すべきか迷っている様子の叶絵に、ソフィアが静かに首を振った。


「聞きましょう。敵の意図を知ることも大切です」


オラクルは続けた。


「新たな神、朝霧天音。昨日の戦いは見事だった。だが、それでも足りぬ」


「...」


天音は黙って映像を見つめていた。


「我らの主、旧神たちは目覚めつつある。ヘカトールへかとーるマルドゥクまるどぅく、そしてフェンリルふぇんりる。さらには、新たな力も加わった」


「新たな力…?」


晴翔が眉をひそめた。


「そう。イシュタリアの後継—アスタロトあすたろとが」


「イシュタリアの後継?」


直人が驚いて声を上げた。


「イシュタリアは封印されたはずでは?」


「愚かな人間たちよ」


オラクルは嘲笑するように言った。


「旧神の力は、そう簡単に封じられはしない。イシュタリアの一部は確かに封じられた。しかし、その力は既に新たな器へと移されている」


「そんな…」


天音の顔から血の気が引いた。


「これより、我らは宣言する」


オラクルの声が厳かになった。


「人間たちよ、我らは世界の敵を名乗る。古より続く神々の時代を取り戻すため、我らは現世に干渉する」


「世界の敵…?」


美羽が小さな声で繰り返した。


「そして、新たな『神』である朝霧天音」


オラクルが天音を名指しした瞬間、全員が緊張した。


「我らはあなたに二つの選択肢を与えよう」


オラクルの声は低く響いた。


「一つは、我らに従い、共に世界を統べること」


「...」


「もう一つは、抵抗し、滅ぼされること」


「当然、断るわ」


天音はきっぱりと言った。


「私は…誰かを傷つける力なんて欲しくない」


「そうか…残念だ」


オラクルの声には、偽りの遺憾が滲んでいる。


「では、我らの宣戦布告を受け入れよ。三日後の満月の夜、世界各地で旧神の力が解放される」


「三日後?」


蓮が驚いた表情を見せた。


「そうだ。そして、特別に教えておこう」


オラクルの映像がズームアウトすると、彼の背後に大きな建物が見えた。


「あれは…」


「東京タワー?」


晴翔が驚きの声を上げた。


「そう。ここが我らの集結地点だ。三日後の満月の夜、ここで儀式を行う」


「儀式?」


「旧神の完全復活のための儀式だ」


オラクルの声には高揚こうようが感じられた。


「それまでに準備するがいい、新たな『神』よ。そして神狩りの者たちよ」


「そんなことをさせるか!」


カナエが怒りを込めて言った。


「我々が止める」


「ふふふ…無駄な抵抗だ」


オラクルの笑い声が響く。


「では、三日後に」


映像が消え、装置は元の青い光を取り戻した。部屋に重い沈黙が流れる。


「これは…」


叶絵が顔色を変えた。


「予想以上に事態は深刻です」


「まさか、オラクルたちが東京タワーを…」


カナエも困惑した様子だ。


「しかも、イシュタリアの後継者まで…」


「アスタロト…誰だろう」


晴翔が思案するように呟いた。


「わからない」


叶絵が首を振った。


「しかし、三日後というのは確かな情報です」


「でも、あんな大きな場所で儀式なんて…」


美羽が不安そうに言った。


「人がたくさんいるよ?」


「おそらく、何らかの結界を張るでしょう」


ソフィアが静かに説明した。


「一般人を巻き込まないように見せて、実際は膨大な生命力を利用するのでしょう」


「ひどい…」


天音が震える声で言った。


「止めなきゃ…」


「ああ」


晴翔もきっぱりと頷いた。


「だが、どうやって?」


「それが問題ですね」


直人が眼鏡を上げながら言った。


「相手は複数の旧神。そして使者たち」


「私たちだけじゃ足りない」


蓮も心配げに言った。


「そこで、対策を立てました」


叶絵が再び口を開いた。


「まず、組織の全面協力を得ました。可能な限りの人員を動員します」


「他の支部からも?」


カナエが尋ねた。


「ええ。全世界の支部に緊急召集をかけています」


「それから、特殊装備も用意しました」


叶絵はカバンから小さな装置を取り出した。手のひらサイズの銀色の円盤だ。


「これは?」


「旧神の力を一時的に抑制する装置です。大量に用意しました」


「それと、作戦計画です」


叶絵はテーブルに地図を広げた。東京タワー周辺の詳細な地図だ。


「基本的には三方向からの包囲作戦です」


彼女は説明を続けた。


「しかし…」


彼女は天音を見た。


「最終的には、天音さんの力が鍵となります」


「私の…?」


「はい。旧神に対抗できるのは、新たな『神』の力だけです」


「でも、私にできるかな…」


天音は不安げに手を握りしめた。


「大丈夫」


ソフィアが優しく言った。


「あなたには素質がある。そして…」


彼女は意味深に微笑んだ。


「境界の泉の力も得たはずです」


「そうだね…」


天音は少し考え込んだ後、決意を固めたように顔を上げた。


「やります。みんなのためにも」


「お姉ちゃん…」


晴翔は複雑な表情を浮かべていた。姉を危険に晒したくない気持ちと、彼女の成長を認めたい気持ちの間で揺れているようだ。


「俺もついていく」


「もちろん」


叶絵は頷いた。


「『天秤の守護者』全員での戦いになります」


「私たち、行くよね?」


美羽が少し緊張した面持ちで仲間たちを見回した。


「当然だ」


直人が意外なほど強い調子で言った。


「我々は天音先輩を守るためのチームなのだから」


「僕も行くよ」


蓮も静かに頷いた。


「僕の予知能力が役に立つかもしれない」


「みんな…」


天音の目に涙が浮かんだ。


「ありがとう」


「ま、頼りないチームだけど」


アルバが久しぶりに軽口を叩いた。


「四天王も全力で守るよ」


「任務だ」


ジンも短く頷いた。


「では、作戦の詳細を説明します」


叶絵が地図を指しながら話し始めた。


「東京タワーへの進入経路は三つ…」


全員が真剣な表情で説明に聞き入る。たとえどんなに強大な敵が待ち構えていようと、今は前を向くしかない。


会議が終わり、夕暮れが迫ってきた頃、天音は窓際に立っていた。空は茜色に染まり、やがて夜の闇が訪れようとしている。


「怖い?」


晴翔が後ろから声をかけた。


「うん、少し」


天音は正直に答えた。


「でも、逃げる気はない」


「お姉ちゃん、本当に変わったな」


晴翔は少し感慨深げに言った。


「前なら、『神』になんてなりたくないって言ってたのに」


「今でもそう思ってるよ」


天音は窓の外を見つめたまま言った。


「でも、与えられた力には責任があるんだって気づいたの」


「責任…」


「うん。力があるなら、それを使って守れる人がいる」


彼女はペンダントを握りしめた。


「だから…怖いけど、進むよ」


「そうか…」


晴翔はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。


「俺がついてる。どんなときも」


「ありがとう、晴翔」


二人は沈黙のまま、夕焼けを見つめていた。


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