放課後、五人はアジトに集合した。テーブルを囲んでいたのは、天音たち「天秤の守護者」に加え、カナエ、ソフィア、
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
叶絵が静かに口を開いた。
「今日は重要な情報をお伝えするために」
彼女はテーブル中央に小さな装置を置いた。それは円盤状で、中央に青い光る部分がある。
「これは?」
晴翔が首を傾げた。
「記録装置です」
叶絵がボタンを押すと、装置から青い光が立ち上がり、三次元の映像が浮かび上がった。それは地球の姿だった。そして、地球上のいくつかの地点が赤く点滅している。
「これが、現在確認されている旧神の活動地点です」
全員が映像を見つめた。日本だけでなく、世界中に赤い点が散らばっている。
「旧神たちは、全世界で活動を始めています」
「全世界…?」
天音が驚いた声を上げた。
「これほどまで…」
「ええ、懸念していた通りの事態です」
叶絵は重々しく続けた。
「昨日の二人の使者、ハンムラビとオラクルは、ただの始まりに過ぎません」
「他にも来るって?」
美羽が心配そうに尋ねた。
「ええ。実は…」
叶絵がまさに説明しようとした瞬間、映像が突然乱れた。
「?」
叶絵が驚いて装置を見つめる。青い光が赤紫色に変わり、地球の映像が消える。代わりに現れたのは、見知らぬ男の姿だった。
金色の
「やあ、神狩りの者たち、そして…新たな『神』よ」
オラクルの声は、装置を通して響いた。まるで、この場にいるかのようだ。
「通信を
カナエが驚いた様子で立ち上がった。
「そう驚かなくともよい」
オラクルは不敵に笑った。
「私からのメッセージだ。聞くがいい」
装置を壊すべきか迷っている様子の叶絵に、ソフィアが静かに首を振った。
「聞きましょう。敵の意図を知ることも大切です」
オラクルは続けた。
「新たな神、朝霧天音。昨日の戦いは見事だった。だが、それでも足りぬ」
「...」
天音は黙って映像を見つめていた。
「我らの主、旧神たちは目覚めつつある。
「新たな力…?」
晴翔が眉をひそめた。
「そう。イシュタリアの後継—
「イシュタリアの後継?」
直人が驚いて声を上げた。
「イシュタリアは封印されたはずでは?」
「愚かな人間たちよ」
オラクルは嘲笑するように言った。
「旧神の力は、そう簡単に封じられはしない。イシュタリアの一部は確かに封じられた。しかし、その力は既に新たな器へと移されている」
「そんな…」
天音の顔から血の気が引いた。
「これより、我らは宣言する」
オラクルの声が厳かになった。
「人間たちよ、我らは世界の敵を名乗る。古より続く神々の時代を取り戻すため、我らは現世に干渉する」
「世界の敵…?」
美羽が小さな声で繰り返した。
「そして、新たな『神』である朝霧天音」
オラクルが天音を名指しした瞬間、全員が緊張した。
「我らはあなたに二つの選択肢を与えよう」
オラクルの声は低く響いた。
「一つは、我らに従い、共に世界を統べること」
「...」
「もう一つは、抵抗し、滅ぼされること」
「当然、断るわ」
天音はきっぱりと言った。
「私は…誰かを傷つける力なんて欲しくない」
「そうか…残念だ」
オラクルの声には、偽りの遺憾が滲んでいる。
「では、我らの宣戦布告を受け入れよ。三日後の満月の夜、世界各地で旧神の力が解放される」
「三日後?」
蓮が驚いた表情を見せた。
「そうだ。そして、特別に教えておこう」
オラクルの映像がズームアウトすると、彼の背後に大きな建物が見えた。
「あれは…」
「東京タワー?」
晴翔が驚きの声を上げた。
「そう。ここが我らの集結地点だ。三日後の満月の夜、ここで儀式を行う」
「儀式?」
「旧神の完全復活のための儀式だ」
オラクルの声には
「それまでに準備するがいい、新たな『神』よ。そして神狩りの者たちよ」
「そんなことをさせるか!」
カナエが怒りを込めて言った。
「我々が止める」
「ふふふ…無駄な抵抗だ」
オラクルの笑い声が響く。
「では、三日後に」
映像が消え、装置は元の青い光を取り戻した。部屋に重い沈黙が流れる。
「これは…」
叶絵が顔色を変えた。
「予想以上に事態は深刻です」
「まさか、オラクルたちが東京タワーを…」
カナエも困惑した様子だ。
「しかも、イシュタリアの後継者まで…」
「アスタロト…誰だろう」
晴翔が思案するように呟いた。
「わからない」
叶絵が首を振った。
「しかし、三日後というのは確かな情報です」
「でも、あんな大きな場所で儀式なんて…」
美羽が不安そうに言った。
「人がたくさんいるよ?」
「おそらく、何らかの結界を張るでしょう」
ソフィアが静かに説明した。
「一般人を巻き込まないように見せて、実際は膨大な生命力を利用するのでしょう」
「ひどい…」
天音が震える声で言った。
「止めなきゃ…」
「ああ」
晴翔もきっぱりと頷いた。
「だが、どうやって?」
「それが問題ですね」
直人が眼鏡を上げながら言った。
「相手は複数の旧神。そして使者たち」
「私たちだけじゃ足りない」
蓮も心配げに言った。
「そこで、対策を立てました」
叶絵が再び口を開いた。
「まず、組織の全面協力を得ました。可能な限りの人員を動員します」
「他の支部からも?」
カナエが尋ねた。
「ええ。全世界の支部に緊急召集をかけています」
「それから、特殊装備も用意しました」
叶絵はカバンから小さな装置を取り出した。手のひらサイズの銀色の円盤だ。
「これは?」
「旧神の力を一時的に抑制する装置です。大量に用意しました」
「それと、作戦計画です」
叶絵はテーブルに地図を広げた。東京タワー周辺の詳細な地図だ。
「基本的には三方向からの包囲作戦です」
彼女は説明を続けた。
「しかし…」
彼女は天音を見た。
「最終的には、天音さんの力が鍵となります」
「私の…?」
「はい。旧神に対抗できるのは、新たな『神』の力だけです」
「でも、私にできるかな…」
天音は不安げに手を握りしめた。
「大丈夫」
ソフィアが優しく言った。
「あなたには素質がある。そして…」
彼女は意味深に微笑んだ。
「境界の泉の力も得たはずです」
「そうだね…」
天音は少し考え込んだ後、決意を固めたように顔を上げた。
「やります。みんなのためにも」
「お姉ちゃん…」
晴翔は複雑な表情を浮かべていた。姉を危険に晒したくない気持ちと、彼女の成長を認めたい気持ちの間で揺れているようだ。
「俺もついていく」
「もちろん」
叶絵は頷いた。
「『天秤の守護者』全員での戦いになります」
「私たち、行くよね?」
美羽が少し緊張した面持ちで仲間たちを見回した。
「当然だ」
直人が意外なほど強い調子で言った。
「我々は天音先輩を守るためのチームなのだから」
「僕も行くよ」
蓮も静かに頷いた。
「僕の予知能力が役に立つかもしれない」
「みんな…」
天音の目に涙が浮かんだ。
「ありがとう」
「ま、頼りないチームだけど」
アルバが久しぶりに軽口を叩いた。
「四天王も全力で守るよ」
「任務だ」
ジンも短く頷いた。
「では、作戦の詳細を説明します」
叶絵が地図を指しながら話し始めた。
「東京タワーへの進入経路は三つ…」
全員が真剣な表情で説明に聞き入る。たとえどんなに強大な敵が待ち構えていようと、今は前を向くしかない。
会議が終わり、夕暮れが迫ってきた頃、天音は窓際に立っていた。空は茜色に染まり、やがて夜の闇が訪れようとしている。
「怖い?」
晴翔が後ろから声をかけた。
「うん、少し」
天音は正直に答えた。
「でも、逃げる気はない」
「お姉ちゃん、本当に変わったな」
晴翔は少し感慨深げに言った。
「前なら、『神』になんてなりたくないって言ってたのに」
「今でもそう思ってるよ」
天音は窓の外を見つめたまま言った。
「でも、与えられた力には責任があるんだって気づいたの」
「責任…」
「うん。力があるなら、それを使って守れる人がいる」
彼女はペンダントを握りしめた。
「だから…怖いけど、進むよ」
「そうか…」
晴翔はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「俺がついてる。どんなときも」
「ありがとう、晴翔」
二人は沈黙のまま、夕焼けを見つめていた。