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【決断】編

第87話

空には不吉な雲が垂れ込め、夕陽は血のような赤色に染まっていた。


朝霧あさぎり天音あまねはアパートメント妙典の窓際に立ち、不安げに空を見上げていた。イシュタリアによる「世界の敵宣言」から丸一日が過ぎ、明日はいよいよ満月——旧神たちの儀式が行われる夜だ。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


背後から聞こえた弟の声に、天音はゆっくりと振り返った。朝霧あさぎり晴翔はるとは、疲れた表情ながらも、しっかりとした足取りで彼女に近づいてきた。その手には二つのカップが握られていた。


「ココア、入れたよ」


「ありがとう」


天音は微笑みながらカップを受け取った。温かい飲み物が手に伝わり、少しだけ心が和らいだ気がした。


「明日のことを考えてたの?」


「うん...」


天音は窓の外を見つめたまま答えた。虹色に染まった空の端には、東京タワーが小さく見える。明日、あの場所で全てが決まるのだ。


「怖い?」


「もちろん」


天音は素直に答えた。微かな笑みを浮かべながら、ココアに口をつける。


「でも、もう逃げないよ。みんなのためにも」


晴翔は姉の横顔を見つめながら、深いため息をついた。たった数週間前までは、ごく普通の兄妹だった。姉が「神」に選ばれ、自分がその「守護者」になるなんて、誰が想像しただろう。


「俺たち、正しいことしてるのかな」


突然の晴翔の問いかけに、天音は少し驚いた表情を見せた。


「どういう意味?」


「だって...旧神だって、かつては世界を支配してた『神』なんだろ?俺たちが本当に勝てるのか、そもそも勝っていいのか...」


晴翔の声には珍しく迷いが混じっていた。いつもは冷静沈着な弟が、今になって不安を見せるなんて。


天音はカップを窓際のテーブルに置き、弟の肩に手を置いた。


「晴翔...」


その時、部屋のドアがノックされた。


「入ってください」


晴翔の声に応じて、ドアが開く。現れたのは叶絵かなえカナエかなえの姿だった。


「失礼します」


叶絵はいつもの黒いスーツ姿で、淡々とした口調で言った。


「明日の作戦についての最終確認です。全員集合していただけますか」


「ええ、もちろん」


天音が頷き、晴翔と共に彼女たちに続いた。


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