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第88話

アパートメントの一室に設けられた作戦会議室では、すでに多くの顔が集まっていた。「天秤の守護者」メンバーである結城ゆうき美羽みう鴻上こうがみ直人なおと望月もちづきれん、そして四天王の残りのメンバー、アルバあるばジンじんソフィアそふぃあが席についていた。


「全員揃ったわね」


ソフィアが優しく微笑んだ。彼女の表情には、心なしか寂しさが混じっているように見えた。


「明日の作戦を最終確認します」


叶絵がテーブル中央に地図を広げた。それは東京タワーとその周辺の詳細な見取り図だ。


「我々の情報によれば、イシュタリアたちは明日の満月が天頂に達する午後十時ごろに儀式を始める予定です」


「狙いは何なの?」


美羽が身を乗り出して質問した。彼女の明るい性格からは想像できないほど、真剣な眼差しだ。


「旧神たちの完全復活」


カナエが冷静に答えた。


「彼らはかつての力と支配力を取り戻そうとしている。それには『境界』を完全に崩す必要がある」


「境界?」


晴翔が眉をひそめた。


「現世と神の世界の間にある壁のようなものよ」


ソフィアが説明した。


「かつて私たちが旧神を封じ込めたのは、この境界を強化したからです。しかし...」


「それを破壊する鍵が、天音さんの力」


直人が眼鏡を上げながら言葉を継いだ。


「正確には、新たな『神』の力ですね」


「そうです」


カナエが頷いた。


「だから彼らは天音さんを何としても手に入れたい。器として利用するか、力を奪うか...」


「そんな...」


天音の顔が青ざめた。


「でも、それってまさか...」


蓮が静かに言葉を発した。彼の表情には不安が浮かんでいる。


「もし彼らが儀式を成功させたら、この世界は...」


「滅びる」


ジンが無表情で言い切った。彼の声に感情はなかったが、その言葉の重みに部屋中が沈黙に包まれた。


「冗談じゃない...」


美羽が小さく呟いた。


「滅びるって...本当に?」


「滅びるというより、変わる」


アルバが珍しく真面目な表情で説明した。


「旧神たちの支配する世界。人間は家畜か、せいぜい下僕のような存在になる」


「そんなことにはさせない」


晴翔が強い口調で言い切った。彼の瞳には決意の炎が宿っていた。


「だから作戦を立てたんだ」


叶絵は再び地図を指し示した。


「我々は三方向から接近する。第一部隊は正面から、第二部隊は地下から、そして第三部隊は空からの侵入を試みる」


「どの部隊に私たちは?」


天音が尋ねた。


「天音さんと晴翔くんは第一部隊に」


カナエが答えた。


「私とソフィアが同行します。直接イシュタリアたちと交渉する役目を担います」


「交渉?」


晴翔が驚いた声を上げた。


「そんなことが可能なの?」


「可能かどうかは分からない」


カナエは正直に答えた。


「しかし、いきなり戦闘になれば大勢の犠牲者が出ます。少なくとも話し合いの場を設けたい」


「第二部隊は?」


「アルバとジン、そして鴻上直人と望月蓮」


叶絵が言った。


「彼らは地下からの奇襲部隊です。もし交渉が決裂したら、すぐに行動に移れるよう待機してもらいます」


「私は?」


美羽が手を挙げた。


「結城美羽は第三部隊のサポートとして、叶絵と共に行動してもらいます」


「了解!」


美羽は元気よく返事をした。しかし、その声には少しの震えが混じっていた。


「各自、装備を確認しておいてください」


叶絵はテーブルの上に小さな銀色の装置を置いた。


「これは旧神の力を一時的に抑制する特殊装置です。使い方は簡単、このボタンを押すだけ」


「本当に効くの?」


蓮が不安そうに装置を手に取った。


「理論上は」


その言葉に、緊張が走る。


「他に質問は?」


晴翔が静かに手を挙げた。


「もし...俺たちが失敗したら?」


重い沈黙が部屋を支配した。


「その時は...」


カナエが言葉を選びながら答えた。


「最終手段として、東京タワーごと消滅させる爆弾を用意しています」


「爆弾!?」


美羽が驚きの声を上げた。


「そんな...大勢の人が...」


「だからこそ、成功させなければならない」


ソフィアが静かに言った。


「天音さん、あなたの力がこの作戦の鍵です」


「私の...力」


天音は自分の手を見つめた。そこには何も見えないが、確かに彼女の中には「神」の力が宿っている。


「明日までに、もう一度訓練しましょう」


ソフィアが立ち上がった。


「限られた時間ですが、できる限りのことをしましょう」


「はい」


天音も決意を固めたように頷いた。


「みんな、ありがとう。私...頑張るから」


「お互いのベストを尽くそう」


カナエが珍しく柔らかい表情を見せた。


「今日は早めに休んでください。明日は朝九時に集合です」


会議は終わり、それぞれが部屋を出ていく。天音と晴翔は最後まで残った。


「晴翔...」


天音が弟の名前を呼んだ。


「何?」


「私、決めたの」


「決めた?何を?」


「もし...私が選択を迫られたら」


天音の表情は穏やかだったが、その目には強い決意が宿っていた。


「私は、みんなを守ることを選ぶ。たとえ自分が...消えることになっても」


「何言ってるんだよ!」


晴翔の声が大きくなった。


「お姉ちゃんが消える選択なんてありえない!俺が絶対に守るから!」


「でも、世界が危機なら...」


「世界より大事なものはある!」


晴翔は姉の両肩をしっかりと掴んだ。その目には涙が浮かんでいた。


「お姉ちゃんがいない世界なんて、俺には価値がない」


「晴翔...」


天音も目を潤ませた。


「ごめんね...でも、私は神になったから...」


「神だからどうした!お姉ちゃんはお姉ちゃんだ!」


晴翔の叫びが部屋に響いた。


「俺にはお姉ちゃんがいるだけでいい。神様だろうが何だろうが関係ない」


「でも...」


「約束して」


晴翔は真剣な表情で言った。


「絶対に自分を犠牲にするような選択をしないって」


「...」


天音は黙ってしまった。その沈黙に、晴翔はさらに強く言った。


「約束してよ!」


「...約束する」


天音はようやく小さな声で答えた。


「でも、晴翔も約束して。みんなを守るために、最善の選択をするって」


「それは...」


今度は晴翔が言葉に詰まった。


「ほら、難しいでしょ?」


天音は優しく微笑んだ。


「二人とも、同じことを考えているんだよ。大切な人を守りたいって」


「...」


晴翔はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「分かった。でも、二人で生き残る方法を見つけるよ。必ず」


「うん...」


二人は黙って見つめ合った。言葉にできない思いが、その瞳の中に宿っていた。


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