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第89話

夜が更けていく。アパートメント妙典の一室で、天音は眠れずにいた。隣のベッドでは晴翔が静かに眠っている。明日の作戦のため、二人は同じ部屋で過ごすことになった。


「眠れないの?」


突然声がして、天音は驚いた。ドアの前にソフィアそふぃあが立っていた。


「ソフィアさん...」


「少しよろしいかしら?」


「はい...」


天音は小さく頷いた。ソフィアはゆっくりと部屋に入り、天音の隣に腰を下ろした。


「怖いのね」


「はい...」


「当然よ。恐れることは恥ずかしいことじゃない」


ソフィアの声は優しく、まるで母親のようだった。


「私も昔、あなたと同じだった」


「同じ...?」


「ええ。若くして神の力を与えられ、世界の命運を背負わされた」


天音は驚いた表情でソフィアを見つめた。


「どうやって...乗り越えたんですか?」


「乗り越えたかどうかは分からないわ」


ソフィアは少し寂しそうに微笑んだ。


「ただ、自分にできることをやったまでよ。完璧な選択なんてなかった」


「私...正しい選択ができるか自信がないんです」


天音は膝を抱えるようにして座った。


「イシュタリアと対峙したとき、どうすればいいのか...」


「正解なんてないのよ」


ソフィアは天音の肩に手を置いた。


「あなたが信じる道を選べばいい。それだけ」


「でも、間違ったら...」


「間違いもまた人生の一部。それがあなたの人生を形作る」


ソフィアの声には、長い年月を生きてきた者の知恵が感じられた。


「天音さん、あなたには力がある。でもそれ以上に、大切なものを持っている」


「大切なもの?」


「ええ。愛よ」


ソフィアは晴翔の寝顔を見た。


「弟への愛、友達への愛、世界への愛...それがあなたの本当の力」


「愛...」


天音はペンダントを握りしめた。


「明日、何が起きるか分からない」


ソフィアは静かに続けた。


「でも、覚えておいて。あなたは一人じゃない」


「ありがとう...」


天音はソフィアに向かって深く頭を下げた。その時、彼女のペンダントが一瞬金色に輝いた。


「さて、もう遅いわ」


ソフィアは立ち上がった。


「少しでも休んだ方がいい。明日は長い一日になるわ」


「はい...おやすみなさい」


「おやすみ、天音さん」


ソフィアが部屋を出ていくと、天音は再びベッドに横になった。しかし、まだ眠れそうにない。彼女は窓際に立ち、夜空を見上げた。


明日は満月。全てが決まる日だ。


「私...選ばれたんだよね」


天音は小さく呟いた。


「でも、何のために?」


答えはない。ただ、満月に近づきつつある月だけが、彼女を見つめていた。


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