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第91話

東京タワーに向かう作戦さくせん当日の朝。朝霧あさぎり天音あまねは窓辺に立ち、心なしか薄くかすんだ空を見上げていた。昨夜は一睡もできなかったというのに、不思議と体はかるい。決意が彼女の全身にみなぎっていた。


「お姉ちゃん、そろそろ時間だよ」


振り返ると、朝霧あさぎり晴翔はるとが部屋のドアから顔を覗かせていた。いつもよりも引き締まった表情で、それでも微かな笑みを浮かべている。


「うん、行こう」


天音はペンダントを握りしめ、弟に向かって頷いた。


◆◆◆


アパートメント妙典の作戦さくせん本部は、すでに緊迫きんぱくした空気に包まれていた。叶絵かなえは大型モニターを前に立ち、最後の指示を出している。彼女の黒いスーツは、まるで喪服もふくのようだった。


「全員、集合したわね」


振り返った叶絵の目が、入ってきた天音と晴翔をとらえる。


「さあ、最終確認するわよ」


大型モニターに東京タワーの映像が映し出された。通常営業中のタワーには、観光客が行き交っている。彼らはまだ何も知らない。今夜、あの場所が天地てんちを揺るがす戦場せんじょうになるとは。


「美羽ちゃん、元気ないね」


部屋の隅で結城ゆうき美羽みうを見つけた天音は、いつになく沈んだ様子の彼女に声をかけた。


「あ、天音先輩…」


美羽は無理に笑おうとしたが、すぐに諦めたように肩を落とした。


「実は…ちょっと怖くて」


「当然よ」


側にいたソフィアそふぃあが優しく言った。


「怖いのは恥ずかしいことじゃない。勇気とは、怖さを知っていながら前に進むこと」


「そう、よく言ったわソフィア」


鴻上こうがみ直人なおとが眼鏡を上げながら加わってきた。


「論理的には、恐怖は生存のための重要な感情だ。それを無視する者よりも、理解して克服する者の方が強い」


「難しいこと言わなくても…」


美羽は少し顔をあからめた。


「みんな怖いよね?ねえ、れんくんは?」


望月もちづきれんは窓際に立ち、外を見つめていた。彼の透き通るような瞳は、何か遠くを見ているようだった。


「僕は…」


彼はゆっくりと振り返った。


「未来の可能性を見てるよ。沢山の道筋があって…でも、どれも簡単じゃない」


「なんだかいつもよりくらいよ?」


美羽が心配そうに言った。


「僕の能力にも限界があるんだ」


蓮は苦笑した。


「特に今回のように、神々が関わる出来事は…かすんで見える」


「そう…」


会話が途切れたとき、カナエかなえの声が部屋中に響いた。


「全員、こちらへ」


皆が中央のテーブルに集まった。カナエはその上に、小さな銀色の装置を並べていた。


「これが最新の抑制よくせい装置よ。一個だけじゃなく、複数を同時に使えば効果が増す」


「本当に効くの?」


晴翔が疑わしげに装置を手に取った。


「理論上は」


カナエはあっさり認めた。


「けれど、これが現時点での最善の策よ」


「それと」


アルバあるばが前に出て、それぞれに小さな耳飾みみかざりのようなものを手渡した。


「これは通信機。いつでも連絡が取れるようにしておくんだ」


「オシャレじゃん!」


美羽はそれを耳に着けながら、少し明るい表情を取り戻した。


「作戦行動中も、はなやかに行こうってことね」


「おいおい、命がけの作戦だぞ」


晴翔は呆れたように言ったが、その目には僅かな笑みが浮かんでいた。美羽の明るさは、時に最高の武器ぶきになる。


「それぞれの部隊に分かれて、最終確認をしよう」


叶絵の指示で、皆がそれぞれのグループに分かれた。


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