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第100話

東京タワーは夕陽にらされ、まるでえ立つような朱色あかいろに染まっていた。その頂上に近づくほど、空は異様いよう紫色むらさきいろゆがみ、時折黒紫色くろむらさきいろ稲妻いなずまが走る。観光客はすでに退去たいきょさせられ、周辺には物々しい雰囲気ふんいきただよっていた。


「到着しました」


叶絵かなえの声が車内に響いた。朝霧あさぎり天音あまね朝霧あさぎり晴翔はるとは窓から東京タワーを見上げ、思わずいきんだ。


「すごい威圧感いあつかん…」


晴翔がつぶやいた。生身なまみの人間には感知かんちできないはずの神々かみがみの力が、今日ばかりは肌で感じられるほど強烈きょうれつちていた。


「怖い…?」


隣に座る天音が小さな声で尋ねた。


「まあな」


晴翔は素直すなおに認めた。


「でも、引き返すつもりはない」


「うん。私も」


天音はペンダントを握りしめた。それは不思議と温かく、彼女の手に馴染なじんでいた。


「作戦開始は六時」


カナエかなえが前の席から振り返った。


「それまでは、向かいのカフェで待機する」


「カフェ?」


晴翔は驚いた顔をした。


「そんな悠長ゆうちょうな…」


「むしろ絶好ぜっこうの場所よ」


カナエは冷静に答えた。


「タワーを正面に見据えながら、敵の動きを観察できる」


「そういえば、敵の姿は見えないね」


天音が窓の外を見回した。タワーの周りに人影はない。ただ、上空のゆがみだけが、何かの前兆ぜんちょうを示していた。


「彼らは時間まで姿すがたを現さないでしょう」


ソフィアそふぃあが静かに言った。


「儀式の準備はすでに始まっている。我々にはそれが見えないだけ」


車は静かに停車ていしゃし、一行は慎重に降りた。


◆◆◆


「美羽、こちらの位置を確認して」


結城ゆうき美羽みうは叶絵と共に、東京タワーから少し離れたビルの屋上にいた。彼女は特殊な双眼鏡そうがんきょうでタワーを観察かんさつしていた。


「うわぁ…空がうねってる」


彼女は思わず声を上げた。肉眼では見えない波動はどうが、双眼鏡そうがんきょうでは鮮明せんめいうつっていた。タワーの周りの空気が、水中のようにれている。


「向こうのカフェに第一部隊が到着したわ」


叶絵が通信機で報告した。


「第二部隊、地下への侵入開始を」


「了解」


鴻上こうがみ直人なおとの声が返ってきた。


美羽は空を見上げた。太陽が沈みかけ、間もなく夜になる。満月が昇り始めるまで、あと数時間。彼女は小さくいのるように手をわせた。


「みんな、無事に…」


◆◆◆


「侵入開始」


ジンじんの声は感情がなかった。彼は望月もちづきれん、直人、アルバあるばを連れて、東京タワーの裏手にある通用口つうようぐちへと向かっていた。


「内部の状況は?」


直人が尋ねた。


「不明」


ジンは短く答えた。


「だが、警戒は必要だ」


「僕には…何か感じるよ」


蓮が静かに言った。彼の透き通るような瞳が、タワーを見上げていた。


「タワーの中に…光と闇のうずがある」


「君の予知能力、時々不気味ぶきみだよね」


アルバが肩をふるわせた。


「まるで怪談話じゃないか」


「冗談を言っている場合か」


ジンが彼をたしなめた。


「任務に集中しろ」


「はいはい、分かってるって」


アルバはニヤリと笑った。


「でも、緊張するなぁ…アドレナリン出まくりだよ」


「静かに」


ジンが手で合図をした。通用口に着いたのだ。


「鍵は?」


直人が見た通用口には頑丈な鍵がかかっていた。


「必要ない」


ジンは手をかざすと、鍵が勝手にはじけ飛んだ。


「神狩り組織の特殊能力か」


直人が感心したように言った。


「いいえ、単なる細工さいくです」


ジンは淡々と言った。


「組織はあらかじめ、この鍵を細工さいくしておいた」


「なるほど…」


四人は静かに中に入り、薄暗うすぐらいタワー内部へと足を踏み入れた。


「異常なく…か?」


アルバが周囲を見回した。


「いや…何かおかしい」


蓮が急に立ち止まった。


「みんな、足元を見て」


全員が下を見ると、床に奇妙な模様もようが描かれていた。それは銀色ぎんいろの粉のようなもので描かれた、複雑な円陣えんじんだった。


「これは…」


直人が眼鏡を上げながらかがんで見た。


結界けっかい術式じゅつしきですね」


「まさか…すでに儀式が?」


アルバの表情が引き締まった。


「いや、これは準備段階だ」


ジンが静かに言った。


「儀式はまだ始まっていない」


「しかし、すでにタワー内部は支配されつつある」


蓮が付け加えた。


「急いだ方がいい」


「了解」


四人は慎重に円陣えんじんを避けながら、タワーの中心部へと向かった。


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