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第101話

「お客さん、店は閉店しますよ」


カフェの店員が第一部隊に声をかけた。すでに他の客は全て退去たいきょしていた。


「ああ、すみません。もう少しだけ」


カナエは得体えたいの知れない威圧感いあつかんを放ち、店員をだまらせた。


「も、申し訳ございません」


店員は何故か謝り、慌てて下がっていった。


「彼には悪いことをしたわね」


ソフィアが申し訳なさそうに言った。


「でも、ここは最高の観測点です」


カナエは窓の外を見た。


「作戦開始まであと十分」


「その前に…来たようね」


ソフィアの視線の先に、一人の男が立っていた。黒い外套を着た高身長の男。その顔には金色の仮面かめんが輝いていた。


「あれは…」


天音の声が震えた。


オラクルおらくる


カナエが鋭く言った。


ヘカトールへかとーるの使者…」


男はゆっくりとカフェに近づいてきた。彼の足元から、黒いもやのようなものがにじみ出している。


「来たな、新たなる『神』よ」


店内に入ってきたオラクルの声は、不思議とひびくように聞こえた。


「そして、神狩りの者たちも」


「何の用だ」


カナエが立ち上がり、オラクルと向き合った。彼女の手には、すでに銀色の長剣ちょうけんが握られていた。


「挨拶にきただけだ」


オラクルは不敵に笑った。その仮面の下の表情は見えないが、声だけで分かる。


「我らの主、旧神きゅうしんたちが、お前たちを歓迎している」


「歓迎?」


晴翔も立ち上がった。


「ふざけるな!世界を滅ぼそうというのに!」


「滅ぼす?違う違う」


オラクルは首を振った。


「我らは、ただ世界を正しい形に戻すだけだ」


「正しい形?」


天音が静かに尋ねた。


「そう。神が上位に立ち、人間が従う世界」


オラクルは天音に向き直った。


「そして、朝霧天音。お前はその懸け橋かけはしとなる存在」


「私が…?」


「そう。お前の力は特別だ。旧き神の血を引きながら、人の心を持つ」


「何を言っている…」


天音は困惑した表情を見せた。


「知らないのか?」


オラクルの声には嘲笑ちょうしょうが混じっていた。


「お前の体には、かつての女神の力が宿っている。境界きょうかいの泉で得た力だ」


「それは…」


天音は徳願寺とくがんじでの出来事を思い出した。確かに彼女は、そこで何かを受け継いだ。


「だからこそ、我らはお前を必要としている」


オラクルは手を差し出した。


「さあ、我らと共に来い」


「断る」


天音はきっぱりと言い切った。


「私は人間の側に立つ。たとえ神の力を持っていても」


「愚かな…」


オラクルの声が低くうなるように変わった。


「ならば、力ずくでも連れていく」


「させるか!」


カナエが前に出て、剣を構えた。


「この子に指一本触れさせない」


「カナエさん…」


天音は驚いた。かつて自分を抹殺まっさつしようとしていた人が、今は全力で守ってくれている。


「面白い」


オラクルは両手を広げた。


「では、時間まで遊んでやろう」


彼の手から黒い炎のようなものが飛び出した。カナエはそれを剣ではじき、カフェのテーブルが粉々に砕けた。


「天音さん、下がって!」


ソフィアが天音を守るように前に立ちはだかった。


「晴翔くん、天音さんを連れて!」


「分かった!」


晴翔は姉の手を取り、カフェの裏口へと走り出した。オラクルがそれを追おうとしたが、カナエとソフィアが立ちはだかる。


「貴様らごときが我を止められると?」


「試してみるがいい」


ソフィアの手から、金色きんいろの光が放たれた。かつての神の名残の力だ。それはオラクルの黒い炎と激突げきとつし、カフェ全体が光と闇の戦場と化した。


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