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第104話

「晴翔、上だよ!」


天音と晴翔は階段を駆け上がっていた。二階、三階…と上がるたびに、不思議な波動はどうが強くなっていく。


「メインデッキを目指すんだ!」


晴翔は計画を思い出した。タワーの展望台に敵の主力がいるはずだ。


「あっ!」


突然、人影が見えた。天音と晴翔は身構えたが、それは—


「直人くん!蓮くん!」


天音は安堵の表情を見せた。階段の上から降りてきたのは、第二部隊のメンバーだった。


「天音先輩!」


蓮は驚いた表情を見せた。


「良かった、無事で」


「あんたたちも!」


晴翔は安心したように言った。


「みんな無事なんだね」


「ええ、今のところは」


直人が眼鏡を上げた。


「しかし、状況は最悪です」


「どういうこと?」


「この建物全体が儀式の場になっています」


蓮が説明した。


「我々は既に敵の術式じゅつしきの中にいる」


「まずいな…」


晴翔は眉をひそめた。


「通信も途絶とぜつしている」


ジンが冷静に言った。


「ということは、他の仲間とは連絡が取れない」


「でも、計画通りに行けば、全員がメインデッキに集まるはず」


晴翔は皆を鼓舞こぶするように言った。


「そこで合流して、一気に敵を倒す」


「その通りだ」


アルバが頷いた。


「勝算はあるさ」


「それじゃあ、急ごう」


全員が頷き、上へと向かった。


階段を上がり続け、ついにメインデッキに到達した。そこは広い展望室で、東京の夜景が一望できるはずの場所。しかし—


「何…これ…」


天音は息を呑んだ。


展望室の窓の外には、東京の夜景ではなく、奇妙な風景ふうけいが広がっていた。紫色の空に、複数の月が浮かんでいる。地上には見たこともない形の建物が立ち並び、飛行する奇妙な生き物が行き交っていた。


「これは…異界?」


晴翔は驚愕の表情を浮かべた。


「いいえ」


深い声が背後から聞こえた。全員が振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。白銀の髪を持ち、金色の瞳が輝く美麗びれいな容姿の男性だ。


「これは『真の世界』だ」


男は穏やかに微笑んだ。しかし、その笑顔には底知れぬ冷たさがあった。


「ようこそ、『新たなる神』よ。そして、彼女の守護者たちよ」


「あなたは…」


天音が震える声で尋ねた。


「私はイシュタリアいしゅたりあ


男は優雅に一礼した。


「いや…正確には、イシュタリアの後継者…アスタロトあすたろとだ」


「アスタロト…!」


晴翔は身構えた。以前、オラクルが言っていた名前だ。


「皆さんを歓迎する」


アスタロトは展望室の中央にある台座を指さした。そこには複雑な魔法陣が描かれている。


「儀式はもうすぐ完成する。あとは…」


彼は天音を見た。


「最後の鍵が必要だ」


「私が…鍵?」


「そう」


アスタロトは優雅に手を差し出した。


「あなたの『神の力』と『人の心』。その両方を持つ存在こそが、新世界への扉を開ける」


「断る」


天音はきっぱりと言った。


「私の力は、みんなを守るためのもの。世界を壊すためじゃない」


「世界を壊す?」


アスタロトは笑った。


「違う違う。創り変えるのだ。より良い世界へと」


「詭弁だ!」


晴翔が叫んだ。


「お前たちは人間を奴隷にしようとしている!」


「奴隷?違う。むしろ解放するのだ」


アスタロトは腕を広げた。


「人間は自らの欲望と恐怖に縛られている。神の支配下にあれば、そんな悩みから解放される」


「それは…解放じゃない」


天音は静かに言った。


「自由を奪われた世界なんて、価値がない」


「自由?」


アスタロトは不思議そうな表情を浮かべた。


「それが何の価値がある?人間は自由を得て何をした?戦争、破壊、搾取さくしゅ…」


「それでも!」


晴翔が一歩前に出た。


「自分たちの手で未来を選べることに意味があるんだ!」


「そうよ!」


突然、天井から声が聞こえた。見上げると、天井の一部が破られ、そこから結城ゆうき美羽みうと叶絵が飛び込んできた。


「美羽!」


天音は喜びの声を上げた。


「ごめん、遅れちゃった!」


美羽は頬をきながら笑った。


「屋根から入るの、結構大変だったんだ〜」


「来たか」


アスタロトは少し驚いたように見えたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「構わない。儀式はもう止められない」


彼がそう言った瞬間、展望室全体が振動し、床の魔法陣が眩い光を放ち始めた。


「始まったか…」


ジンが呟いた。


「みんな、準備して!」


晴翔は叫んだ。


「『抑制装置』を!」


全員が銀色の装置を取り出し、アスタロトに向けた。


「その玩具おもちゃで何ができる?」


アスタロトは高笑いした。その瞬間、晴翔が合図を送る。


「今だ!全員一斉に!」


全員が一斉に抑制装置よくせいそうちを作動させた。八つの装置から青白い光が放たれ、それらがアスタロトを取り囲むように収束する。


「なっ…!?」


アスタロトの表情が一瞬だけ歪んだ。彼の周りに光の檻が形成され、その動きを制限し始めた。


「くっ…なかなかやるな…」


彼は苦しそうにうめいた。しかし、その表情はすぐに余裕を取り戻す。


「だが、これだけでは…」


アスタロトは両手を広げ、強大な力を放った。紫のもやが檻の中から溢れ出し、青白い光と拮抗きっこうし始める。


「効いてる!もっと強く!」


晴翔の声に応えて、全員が装置の出力を上げた。しかし—


「甘い!」


アスタロトが咆哮ほうこうすると、光の檻が砕け散った。その衝撃で全員が吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。


「ぐっ…」


晴翔は痛みに顔を歪めながらも立ち上がろうとした。


「だめだ…あの装置じゃ…」


「晴翔!」


天音が弟に駆け寄った。


「大丈夫?」


「ああ…」


彼は顔を上げ、アスタロトを見た。予想以上の強敵だった。


「さて、遊びは終わりだ」


アスタロトは台座に向かって歩き始めた。


「儀式を完成させる」


「させるか!」


ジンが突然動き、アスタロトにりかかった。彼の手には黒いつるぎが握られていた。


「無駄だ」


アスタロトは片手でその攻撃を止め、ジンを壁に叩きつけた。


「次は誰だ?」


「私よ!」


叶絵が特殊とくしゅな銃を取り出し、発砲した。銀色の弾丸がアスタロトに向かって飛んでいく。


「ふん」


彼は手をかざすだけで弾丸を止め、逆方向に弾き返した。叶絵は間一髪でそれを避けた。


「これも効かないか…」


「順番に潰すか」


アスタロトが微笑んだ。その笑顔は美しいが、目は冷酷そのものだった。


「次は…お前だな」


彼は蓮を指さした。


「予知能力者か。厄介だな」


「僕は…」


蓮は震える声で言った。


「お前の敗北を見た」


「何?」


アスタロトの表情が初めて動揺を見せた。


「ありえない。私が敗北する未来など…」


「あるよ」


蓮は胸を張った。


「多くの可能性の中に、君が敗れる未来もある」


「戯言を…!」


アスタロトの怒りが爆発し、蓮に向かって黒い稲妻いなずまが放たれた。


「蓮くん!」


美羽が叫び、彼の前に飛び出した。


「美羽、危ない!」


晴翔が声を上げたその瞬間—


「させないわ!」


天音が手を伸ばし、金色の盾を展開した。その盾が美羽と蓮を包み込み、黒い稲妻いなずまから守る。


「ほう…やっと力を使ったか」


アスタロトは興味深そうに天音を見た。


「その力、素晴らしい。だからこそ、我らには必要なのだ」


「これは…私の力」


天音は震える声で言った。


「誰にも渡さない…みんなを守るための力だから!」


彼女の周りに金色の光が広がり、その目には強い決意が宿っていた。


「正面から戦うつもりか」


アスタロトは笑った。


「いいだろう。お前の力、見せてもらおう」


二人の間に緊張が走る。他のメンバーたちは息を殺して見守っていた。


「朝霧天音」


アスタロトが静かに言った。


「お前はまだ、自分の本当の力に気づいていない」


「本当の…力?」


「そう。お前の中には、かつて『世界』を作った女神の力が眠っている」


「女神…?」


「『創世そうせいの女神』だ。それがお前の前世…いや、お前の本質だ」


天音は動揺した表情を見せた。そんな大それたことが、本当なのか?


「嘘だ!」


晴翔が叫んだ。


「お姉ちゃんはお姉ちゃんだ!前世だの何だの、くだらない話を信じるな!」


「晴翔…」


天音は弟を見た。彼の目には純粋な信頼が宿っていた。


「そうだよ」


美羽も立ち上がった。


「天音先輩は天音先輩!神様だかなんだか知らないけど、私たちの大切な友達だよ!」


「美羽ちゃん…」


「理論的に考えても」


直人が眼鏡を上げながら言った。


「過去の因果関係よりも、現在の選択の方が重要です。天音先輩は自分で道を選べる」


「みんな…」


天音の目に涙が浮かんだ。


「愚かな」


アスタロトは冷笑した。


「人間のきずななど、所詮は儚いもの。神の力の前には無力だ」


「それは違う!」


蓮が声を上げた。


「僕には見える…人のきずなこそが、神をも超える力になる未来が」


「黙れ!」


アスタロトの怒りが爆発し、展望室全体がきしむような音を立てた。


「もう時間だ。儀式を始める!」


床の魔法陣が強く輝き始め、天井から満月の光が差し込んできた。その光が魔法陣に触れると、空間そのものが歪み始める。


「来るぞ…!」


晴翔が警戒の声を上げた。


魔法陣の中央から、巨大な円柱えんちゅう状の光が立ち上がった。その中に、複数の人影が浮かび上がってくる。


「彼らは…」


叶絵が息を呑んだ。


「旧神たちだ」


光の中に現れたのは、三体の異形の存在だった。一つは多数の目を持つ天使のような姿。もう一つは巨大な獣の頭を持つ人間の姿。そして最後は、全身が蛇のようなうろこで覆われた存在。


ヘカトールへかとーるマルドゥクまるどぅくフェンリルふぇんりる…」


ソフィアが震える声で名前を呼んだ。


「彼らが、かつての神々…」


「敬意を表するがいい」


アスタロトが高らかに宣言した。


「世界の支配者たちの降臨だ」


「どうする…」


美羽が震える声で尋ねた。


「あんな化け物、どうやって倒すの…?」


「いや…まだだ」


晴翔は状況を見回した。


「彼らはまだ完全には降臨していない。光の中にいる…結界の向こう側だ」


「その通り」


カナエの声がした。入口の方を見ると、傷だらけになったカナエとソフィアが立っていた。


「カナエさん!ソフィアさん!」


天音は喜びの声を上げた。


「無事だったんですね」


「ええ、なんとか」


ソフィアは微笑んだ。


「オラクルとの戦いは激しかったが…彼も儀式に参加するため、こちらに向かったはず」


「彼はどこ?」


晴翔が警戒して周囲を見回した。


「あそこよ」


カナエが光の円柱を指さした。よく見ると、光の中にオラクルの姿もある。彼は旧神たちの前にひざまずいていた。


「まだ間に合う」


カナエは前に出た。


「儀式はまだ完成していない。旧神たちを完全に降臨させるには、最後の鍵が必要」


彼女は天音を見た。


「あなたよ」


「そうだ」


アスタロトは天音に手を伸ばした。


「さあ、来たれ。世界を創り変える時だ」


「断る」


天音はきっぱりと言った。


「私は、この世界とみんなを守る。あなたたちの野望のために力は貸さない」


「ならば…力ずくでも」


アスタロトが天音に向かって歩き出した時、突然の爆発音が響いた。


「なに!?」


天井の一部が崩れ落ち、そこから数十人の黒服の集団が飛び込んできた。


「援軍だ!」


叶絵が声を上げた。


「神狩り組織の特殊部隊よ!」


黒服の集団はアスタロトを取り囲み、特殊な武器を向けた。


「邪魔をするな!」


アスタロトは怒りに震えながら、強大な波動はどうを放った。黒服の何人かが吹き飛ばされるが、残りは踏みとどまって攻撃を続ける。


「今がチャンスよ!」


カナエが叫んだ。


「天音さん、儀式を止めて!」


「私が…?」


「あなたの力だけが、旧神たちの降臨を止められる」


ソフィアが静かに言った。


「あなたは鍵…扉を開くことも、閉じることもできる」


「でも、どうやって…」


「心の声を聞くのよ」


ソフィアは天音の肩に手を置いた。


「あなたの中の女神の力が、道を示すはず」


「女神の力…」


天音はペンダントを強く握りしめた。目を閉じ、心の奥底に耳を澄ます。すると、かすかな声が聞こえてきた。


「聞こえる…」


彼女はつぶやいた。


「何をすればいいか、わかった…」


天音はゆっくりと歩き出し、光の円柱に向かって進んだ。


「お姉ちゃん!」


晴翔が慌てて声を上げた。


「大丈夫」


天音は振り返り、穏やかに微笑んだ。


「信じて」


彼女が光の円柱に近づくと、アスタロトが気づいて振り返った。


「来たか!」


彼は喜びの声を上げた。


「さあ、我らの元へ!」


「違う」


天音の声は静かだが、強い意志に満ちていた。


「私は終わらせに来た」


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