空が──裂けた。
「上から来るぞ!」
「ズガァァァアアンッ!!」
地響きが大地を震わせ、
「これが……
「みんな、下がって!」晴翔は仲間たちに叫んだ。「お姉ちゃんと俺だけでいい!」
天音は弟の背中にそっと手を置いた。「晴翔、もう逃げる必要はないよ」
彼女の声は不思議なほど落ち着いていた。空からの威圧感に全身が震えるというのに、天音だけは静かな湖面のように澄んでいる。
「
話し終える前に、空間が捻じ曲がるような轟音と共に、一人の存在が地上に降り立った。
**「ガシャァァァァン!!!」**
砕け散る大気の音と共に、
「アスタロト……!」晴翔は歯を食いしばった。
「よくぞ待っていたな、新たなる
晴翔に向けられた視線は、虫けらを見るような冷たさだった。
「下僕……?」晴翔は怒りに拳を握り締めた。「お前に姉を渡すつもりはない!」
アスタロトは不敵に微笑み、片手を軽く上げた。その瞬間──
「ガッ!」
見えない力が晴翔の胸を殴りつけ、彼は数メートル吹き飛ばされた。
「晴翔!」天音の悲鳴が響く。
「心配するな」アスタロトは天音に向き直った。「我が求めるは汝のみ。新たなる神の力を持つ者よ、我と共に世界を統べよう」
天音は立ち尽くしたまま、アスタロトを見据えた。「わたしは……世界を統べたりなんかしない」
「愚かな……我らは神。人間どもを導く存在なのだ」
「そんなの、いらない」天音は静かに首を振った。「わたしは、ただ普通の女子高生でいたいだけ」
アスタロトの表情が一瞬歪んだ。「汝の力は既に人間の域を超えている。認めよ、受け入れよ」
地面を転がった晴翔が咳き込みながら立ち上がる。「お姉ちゃんは人間だ!どんな力を持とうとも、それは変わらない!」
「黙れ!」
アスタロトの怒声と共に、激しい風圧が晴翔を襲う。彼は必死に踏みとどまるが、膝をついてしまう。
「ゴォオオオッ!」
公園全体に渦巻く風が生まれ、木々が軋み、地面の砂利が舞い上がる。周囲の空気が重くなり、呼吸さえも困難になっていく。
「
アスタロトが両手を広げると、宙に黄金の文字が浮かび上がった。古代の神聖文字——それは現実を書き換える力を持つ
「お姉ちゃん!」晴翔の叫びが響く。
天音は恐れることなく一歩前に出た。彼女の周りに、かすかな光の粒子が舞い始める。
「わたしは神様になんてならない。でも……」
彼女の瞳が決意に満ちて輝く。
「晴翔と、みんなを守るためなら、力は使う!」
天音の言葉と共に、彼女の周囲に青白い光の渦が生まれた。アスタロトの黄金の文字と、天音の放つ青い光が、空中でぶつかり合う。
「ギィィィィンッ!」
金属がこすれるような不協和音が辺りに響き渡る。二つの「神」の力がせめぎ合い、空間そのものが歪んでいく。
「ふふ……ふはははは!」アスタロトが高笑いを上げた。「素晴らしい!その力、確かに神に相応しい!だが、まだ未熟だ!」
彼が手のひらを押し出すと、天音の光の壁が押し戻される。アスタロトの黄金の光が優勢になり、天音は膝をつきそうになる。
「ぐっ……」
重圧に耐え切れず、天音の額から汗が流れ落ちる。このままでは押しつぶされる——。
その時、晴翔が天音の隣に立った。
「お姉ちゃん、一人じゃない」
晴翔が天音の手を握る。特殊能力を持たない彼にできることは、ただそれだけだった。しかし——
「はると……」
天音の目に涙が浮かぶ。弟の手の温もりが、彼女に力を与える。
「言ったよね。わたしたちは、神様を超えるんだって」
天音の周りの光が、より鮮烈に輝き始めた。
「バカな!下僕風情が何をする気だ!」アスタロトの声に焦りが混じる。
晴翔は姉の手をさらに強く握った。「俺たちは家族だ。一人じゃない!」
その言葉を合図に、
彼もまた、天音と晴翔の肩に手を置いた。
「バカだって言われたっていいじゃん。放っとけないでしょ?」
「未来なんてさ、歩いてたら変わるんだよ」
最後に
全員の手が重なり合う瞬間、天音の周りの光が爆発的に広がった。
「ドゴォォォン!!」
アスタロトの黄金の光が押し返される。
「あり得ぬ!人間如きが……神の力に抗うとは!」
アスタロトの表情が初めて恐怖に歪んだ。しかし天音は穏やかに笑っていた。
「これが人間の力」天音の声が響く。「神の力じゃない。絆の力」
晴翔も微笑んだ。「神は孤独だ。でも俺たちは違う。だからお前には絶対に負けない!」
天音の放つ光が、アスタロトを包み込んでいく。
「我は完全なる神!我こそが……真なる秩序……なり……!」
アスタロトの叫びが遠のいていく。光の中で、彼の姿が霧のように溶けていった。
「でも——神様じゃ、誰かと手をつなぐことさえできない」天音はつぶやいた。「わたしは、そんな存在にはなりたくないの」
最後の光が収束し、辺りが静かになった。空は青く澄み渡り、風も穏やかに戻っている。アスタロトの姿はもうそこにはなかった。
刹那、天音の体が光に包まれた。彼女の体内から「神の力」が解放されていく。
「お姉ちゃん!」晴翔は驚いて叫ぶ。
天音は安心したように微笑んだ。「大丈夫。選んだんだ、人間でいることを」
光の粒子が天音から放たれ、空へと昇っていく。それは美しい流星群のようだった。神の力が世界に還っていく——。
「でも、本当に良かったの?」晴翔は心配そうに尋ねた。「神の力を手放して」
天音は穏やかに首を振った。「わたし、普通の女子高生でいいの。それだけでいいの」
彼女はゆっくりと周囲を見回した。クラスメートたち、そして最愛の弟。
「これが、わたしの望む世界」
晴翔は安堵の表情を浮かべた。「お帰りなさい、お姉ちゃん」
天音はにっこりと笑った。「ただいま、はると」
二人は手を繋いだまま、朝日が昇る空を見上げた。新たな一日の始まり——普通の、しかし何よりも大切な日常の幕開けだった。
光の粒子が最後の一つまで空に消えると、世界はいつもの姿を取り戻していた。戦いの跡形もなく、ただ平穏な公園が広がっていた。
神を超えた人間たちが、これからも手を取り合って歩んでいく。
それが、彼らの選んだ道だった。
◆◆◆
展望室に静寂が戻った。外の風景も徐々に元に戻り、東京の夜景が窓から見えるようになる。
「終わった…のか?」
晴翔が痛みを
「ええ」
ソフィアが頷いた。
「旧神たちは再び封印された…少なくとも、しばらくの間は」
「天音先輩、すごかった!」
美羽が天音に駆け寄った。
「まさに神様の力だよ!」
「違うよ」
天音は優しく微笑んだ。
「これは神の力じゃない。みんなの力だよ」
「お姉ちゃん…」
晴翔も近づいてきた。彼の体は傷だらけだったが、目は晴れやかだった。
「無事で…良かった」
「晴翔こそ!」
天音は弟を抱きしめた。
「あんな危険なことして…!」
「姉を守るのは弟の役目だろ?」
晴翔はニヤリと笑った。
「カッコつけて…」
天音の目から再び涙が
「皆さん!」
叶絵が声を上げた。
「急いで退避を。この建物はもう安定していません」
確かに、展望室の床や壁にはひびが入り始めていた。魔法陣が消えたことで、建物全体が元の状態に戻ろうとしている。
「撤退だ!」
カナエの命令に、全員が頷いた。
「行くぞ!」
互いに助け合いながら、彼らは急いで階段を下り始めた。天音は晴翔を支え、美羽は蓮の手を引いていた。カナエとソフィア、直人とアルバ、ジンと叶絵もそれぞれ協力して下っていく。
「どうなるの?タワーは大丈夫?」
美羽が不安そうに尋ねた。
「心配ないわ」
叶絵が言った。
「建物自体に大きなダメージはない。魔法陣の痕跡が消えれば、元通りになるでしょう」
「よかった…観光地が壊れたら大変だよね」
美羽の言葉に、皆が思わず笑った。こんな状況でも、彼女は変わらない。