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【超越】編

第109話

東京タワーでの戦いから一週間が経った春風はるかぜほほを撫でる昼下がり、朝霧あさぎり天音あまね妙典南高校みょうでんみなみこうこうの屋上で、穏やかに空を見上げていた。もう空に虹色にじいろもやは見えない。雲一つないただの青空が、いかにも平和そうに広がっている。


「お姉ちゃん、ここにいたんだ」


振り返ると、朝霧あさぎり晴翔はるととびらから顔を覗かせていた。以前より少し凛々りりしく成長したように見える弟の姿に、天音は小さく微笑んだ。


「晴翔、授業は?」


「終わったよ。もう放課後だよ、お姉ちゃん」


「あら、そんな時間?」


天音はハッとした表情を見せた。気づけば太陽は西に傾きかけている。


「また時間じかんを忘れてたの?」


晴翔は呆れたような、でも優しい表情で言った。


「うん…ごめんね」


天音は少し照れたように頬を赤らめた。


「でも何となく、ここからの景色が好きで…」


視線の先には、遠く東京タワーが見える。あの日、世界の命運が決まった場所。そして彼女が「人間」でいることを選んだ場所。


「あそこで何があったか、みんな覚えてないんだって」


晴翔が屋上の手摺てすりに腕を置き、天音の隣に立った。


「本当?」


「ああ。神狩り組織が記憶操作をしたらしい。観光客も、タワーのスタッフも」


「そっか…」


天音は少し寂しそうにうつむいた。


「でも、そのほうがいいよね。みんなを巻き込まないためには」


「そうだな」


風が二人の間を通り抜け、天音の長い髪が風になびいた。その様子を見て、晴翔はふと思い出したように言った。


「そういえば、叶絵さんから連絡があったよ」


「え?何かあったの?」


「いや、単なる近況報告だって。組織の中でも色々と動きがあるみたいだけど、もう俺たちに危険はないって」


「それは、良かった…」


天音はホッとしたように胸に手を当てた。叶絵からの連絡は、戦いが終わってからは初めてだった。


「で、カナエ先生は?まだ学校に?」


「いや、もう辞めたよ」


晴翔は肩をすくめた。


「転校生として来た四天王も、みんな『家庭の事情で転校した』ってことになってる」


「そっか…」


天音はちょっぴり寂しそうな表情を浮かべた。


「ソフィアさんとは、もう会えないのかな…」


「さあ?でも、あの人なら『必要な時』に現れそうな気がするけどな」


「そうだね」


天音は微笑んだ。師であり、先輩でもあるソフィアの姿が目に浮かぶ。


「そういえば、美羽ちゃんたちは?」


「ああ、下で待ってる。お姉ちゃんを探してくれって言われたんだ」


「え?どうして?」


「さあ?」


晴翔はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。


「行けば分かるよ」


「もう、なんか企んでるでしょ?」


天音は首をかしげながらも、嬉しそうに立ち上がった。彼女のペンダントが、かすかに金色にきらめいた。


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