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第113話

自分の部屋に戻った天音は、窓辺まどべに腰かけ、そっとカバンから封筒を取り出した。窓の外では、街灯が一つ、また一つと灯り始めている。


「さて…」


彼女は深呼吸をして、封筒を開けた。中には、綺麗に折りたたまれた便箋があった。それを広げると、そこにはみんなの筆跡で様々なメッセージが書かれている。


まずは美羽から。


「天音先輩へ!これからも一緒に笑おうね!困ったことがあったら、いつでも相談してね!私、先輩のためなら走り回るよ!元気の素、結城美羽より♪」


彼女らしい、元気いっぱいのメッセージ。思わず笑みがこぼれる。


次は直人のきちんとした字。


「天音先輩、これまでの冒険は、私の人生における統計的異常値でした。しかし、それは良い意味での異常値です。あなたと共に過ごした時間は、私の論理を超えた価値があります。今後とも、よろしくお願いします。鴻上直人」


少し堅苦しいけれど、彼なりの精一杯の気持ちが伝わってくる。


そして蓮の繊細な字体。


「天音先輩へ。僕には見えます。私たちの前には、たくさんの可能性に満ちた未来が広がっていることが。その全ての道で、私たちはきっと笑っています。その笑顔を守るため、これからも共に歩みましょう。望月蓮」


彼の予知能力が、今は希望を見せてくれているのだろう。


南雲奈央からのメッセージも。


「天音ちゃんへ。あなたの優しさに、いつも救われています。これからもその優しさを大切に。困ったときは、いつでも頼ってくださいね。温かいお茶とケーキでお待ちしています。南雲奈央より」


彼女の文字からも、優しさが溢れているようだった。


最後に、晴翔からのメッセージ。


「お姉ちゃんへ。神だろうが何だろうが、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。そのままでいいんだよ。俺がずっとそばにいるから。朝霧晴翔」


短いけれど、弟だからこそ伝わる真っ直ぐな気持ち。天音の頬を、温かな涙が伝った。


「みんな…ありがとう」


彼女がつぶやいたとき、部屋の中に微かな光が広がった。ペンダントが反応して、金色に輝いている。


「あれ?」


光の中から、一枚の紙が舞い降りてきた。それはメッセージカードに挟まれていたものではない。どこからともなく現れた新しい紙切れだった。


「これは…?」


天音が恐る恐る手に取ると、そこには見覚えのある優雅な筆跡で、短いメッセージが書かれていた。


「天音さんへ。 素晴らしい選択をしましたね。あなたは『神』でありながら『人』であることを選びました。それは誰もができなかった道。私にもできなかった道です。 これからもその心を忘れずに。 かつては師として、これからは友として。 ソフィア」


「ソフィアさん…」


天音は驚きの表情を浮かべた。どうやってこんなことが可能なのか?でも、不思議と納得もできた。ソフィアはやはり特別な存在なのだ。


「ありがとう…」


彼女は空に向かって小さく呟いた。


窓の外では満月が輝き始めていた。もう恐ろしい存在ではなく、優しく彼女を見守る、ただの月として。


天音はメッセージカードとソフィアの手紙を胸に抱き、深呼吸した。そして、彼女のペンダントが温かく、穏やかな光を放った。


一つの物語が終わり、新しい物語が始まろうとしていた。


「天音、晴翔!夕食よ〜!」


階下から母の声が聞こえてきた。


「はーい、今行くー!」


天音は返事をして立ち上がった。窓の外をもう一度見つめ、そっと微笑むと、部屋を出ていった。


それは、ほんの数ヶ月前までとまったく変わらない、普通の夕暮れの風景だった。


しかし、その「普通」の中に、確かな変化があった。


彼女は変わった。みんなも変わった。


だけど、最も大切なものは、何一つ変わっていなかった。


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