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第16話 演習

 魔物。それは別世界から現れた怪物であり、その肉体は魔核と呼ばれる石を核として構成されている。


 魔物たちはこの世界の情報を吸収し、伝承・噂・都市伝説と融合することで姿や能力を獲得する。


 これが、魔法使いが日夜戦い続けている魔物という存在である。


「着いたわ。ここが演習場よ」

「ここが……」


 入学から二週間ほど経ったある日の放課後。


『そろそろ覚えた魔法で暴れてみない?』


 糸式からこんなメッセージを貰った俺は、学園内を無料で走るバスに揺られ数十分。

 第一演習場へとやってきた。


 山の中を切り開いた自然公園のような場所の奥に、ハイキングコースのような道が続いている。


 入口を閉ざすゲートをスマホで開け、糸式と二人中に入る。


「ここは山を使った人工ダンジョンみたいになっているの。どう? 魔物との戦闘訓練には最適でしょ?」


 現状はA組の生徒だけに開放されている、魔物との実践訓練が行える演習場。

 そこに今、俺は足を踏み入れる。


「おいちょっと待て。ここには魔物が放し飼いになっているのか?」

「あ~そこからなのね。ええと、何から説明しようかしら」


 糸式は少し唸ってから、この演習場の魔物について説明してくれた。


 まず、魔物の本体は魔核と呼ばれる邪悪な魂を宿した魔石で、それを覆う肉体は魔力によって生成されたものに過ぎないらしい。

 そしてその肉体は魔法式によって構成されている。


 ということは、その魔法式を解析さえしてしまえば、あとは魔石と魔力を使って魔物の複製体を実体化させることができるという。


「ゲームとかでいう、召喚獣みたいなものか?」

「近いかもしれないわ。ただ、魔石を用いた魔物の複製は見た目は完璧なんだけど、行動がワンパターンになりがちなのよね」


 魔物が元々持つ魔核と魔法使いが用意した魔法石では、処理能力が大きく違うらしい。


 魔核が動物の脳に近い処理能力を持つのに対し、魔石にはひと昔前のゲームのような行動パターンしか組み込めないのだとか。

 ともかく、この演習場にいる魔物はすべて学園が用意したコピー品ということだ。


「それでも練習にはもってこいよ。朝倉くんには今から私が呼び出した魔物と戦ってもらうわ」


 糸式がスマホと赤い宝石を取り出す。おそらくあれが魔法石なのだろう。


「それじゃあ準備はいい? いくわよ――リアライズ!」


 糸式の魔力が魔石に注ぎ込まれると、幾何学的な魔法陣が広がって、中から何かが姿を現した。


 赤い皮膚と白い角。人間の子供くらいの大きさのそれは、一般的に鬼と呼ばれる妖怪によく似ていた。


「これが魔物か」


 目の光、息遣い……本物の生き物のようだ。これが魔法使いたちが陰で戦い続けてきた異形の存在。


「そう。千数百年前から人々を苦しめてきた『赤鬼』よ。あら、ちょっと刺激が強すぎたかしら?」

「冗談だろ? さあ来いよ」


 こんなの面白すぎる。ビビってる場合じゃない。


「そう来なくっちゃ。それじゃあ行くわよ。赤鬼、朝倉くんを攻撃!」

「オニイイイイイ!」


 赤鬼が腕を広げ、奇声を上げて襲い来る。


「さて……」


 敵の大きさは小学生サイズ。だが体は筋肉質。パワーがどの程度あるのか判断がしにくい。足立区で培った喧嘩蹴りで迎え撃つのはやや迂闊だろう。


 だったら、魔法で迎撃する。


「あら……新しい魔法?」

「ああ。この前授業で習ったやつな」


 俺は魔法を起動すると、右手を鉄砲の形にして狙いを定める。魔力をスマホに流し、魔法式を経由。魔法へと変換されたエネルギーが人差し指の先に集まるのを確認。


 これでよし。


「くらえ――バレット!」


 指先から金色に輝く魔力の弾丸が放たれる。インパクトと全く同じ要領で使えるこの魔法は対魔物戦で使える実践的な汎用攻撃魔法だ。

 インパクトと違い、改造なしで高い攻撃力を持っている。


「ぐぎゃ」


 魔力の弾丸は赤鬼の頭部に命中し、弾ける。すると、赤鬼の肉体は光の粒子となって消滅。その場に、呼び出す際に使った魔石が転がった。


「ふぅ……上手く命中したな」

「お見事! 動く相手にもちゃんと当てられるのね」

「まぁな」


 春休みの基礎練習が活きてきた。


「それで、テストは合格ってことでいいのか?」

「もちろん、期待以上だわ。この分なら演習場に連れて行っても問題なさそうね」


 どうやら後についていくだけの実力は見せられたようで何よりだ。


「それじゃ、早速進もうぜ」


 ここ二週間、授業でいろいろ魔法を習ったからな。いろいろ試したいことがあるんだ。

 人間相手には気気引けることも、ここの魔物相手なら遠慮なきそうだ。


「その前に。これをダウンロードしておいて頂戴」


 糸式の指さした先にあるQRコードを読み込むと、新しいアプリと魔法がインストールされた。


『モンスター図鑑がインストールされました』

『リアライズの魔法がインストールされました』


「モンスター図鑑?」

「そう。そのアプリには魔法使いが千年かけて集めた魔物の情報が網羅されているわ。魔物と出会ったときに使えば、弱点や行動パターンがすぐにわかるのよ」

「へぇ、便利だな」


 図鑑を開くと、魔物のアイコンがずらっと並んでいる。


 適当にスクロールしていく。どうやら魔物は魔法式が解析が完了した年代別になっているらしく、最初は鬼とか人魂などの妖怪系が多いのに対し、近年になるにつれスライムだとかゴブリンとかドラゴンとか、ファンタジー作品に登場するような魔物が増えてくる。


「あ、赤鬼のアイコンが光ってるぞ」

「自分が倒した魔物は光るのよ。そのままアイコンをタップしてリアライズの魔法を使えば実体化させることができるわ」


 図鑑登録されている魔物は、本物コピー問わずに一度倒せば呼び出すことができるらしい。


「なるほど。これで俺は、いざってときは赤鬼に助けてもらえるわけか」

「頼りにはならないと思うけど……どうせなら、もっとかわいい魔物を探しましょう。私も倒してリアライズできるようにしたいのよね」


 糸式の目が燃えている。どうやら今日ここに来たのはそれが目的らしい。


「俺はどちらかというとカッコいいのが……うん?」


 赤鬼の項目を見ていると、魔法式を開けるボタンがある。タップすると、以前見たような魔法式が画面いっぱいに表示された。


 相変わらず何の意味もない文字データの羅列に見えるのだが……注意深く観察することで、意味が読み取れる。


「このクソ長い箇所が肉体の情報で、こっちはステータスパラメーターか……へぇ。ちょっと面白いことできそうじゃん」


「何やってるの朝倉くん? 行くわよ~」


「おう、今いく」


 いつの間にか糸式は演習場の奥へと続く道の入口にいた。俺は「変更を保存する」ボタンを押すと、糸式の後に続くのだった。





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