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第18話 絶対捕食領域

 俺は糸式に事情を説明した。

 入学式前日の夜に誤って魔法のテキストデータを開いてしまったこと。


 そして開かれた文字の意味を理解でき、どこをどう書き換えればどうなるのかも自然と思い浮かぶということを。


 俺の説明が終わると、黙って聞いていた糸式は大きなため息をついた。


「朝倉くん。貴方のその能力は間違いなく唯一無二のものよ」


 魔法文字を学び、新しい魔法を開発している魔法使いは現代にも存在している。だがそれは、アナログ状態の話だ。


 現代の魔法開発は一度魔法式をアナログで書き、その後にデジタルデータに変換するという方法をとる。

 もし魔法の一部を書き換える場合はすべて初めから書き直しとなるため、新しい魔法の開発には膨大な時間が必要とされている。


 だが、デジタルデータ化された状態の魔法式の内容を理解できるものはいない。

 もしデジタルデータの魔法式を理解し書き換えることができれば、魔法はより速いスピードで発展していくだろう。


「その才能は磨けば必ず武器になる。各陣営が欲しがる人材になれるはずだわ」

「マジか。じゃあ俺、この力をもっと積極的に使って極めていっていいってことなんだよな! そっか~」


 特別な才能なんてないんだと思っていたけど……何気なくやっていた魔法式の書き換えこそが俺だけに許された才能なんだ。

 今はまだちょっとした書き換えだけど……極めていけば、やがて糸式たちランキングトップ勢にも届きうる牙になるかもしれない。いや、するんだ。この三年間で。


 歓喜に震える俺とは対照的に、糸式はため息をついた。


「なんだよ?」

「いえ……朝倉くんはいずれ私のクラスタに誘おうと思っていたんだけど。ちょっと競争率激しくなりそうだなって」

「クラスタ?」

「ええ。実ははじまりの七家がそれぞれ運営する――」


 糸式が話しているその時だった。

 遠くから凄まじい爆発の音が聞こえた。地面が大きく揺れ、俺たちの会話は遮られる。


「何!?」

「朝倉くんあそこ!」


 糸式が指差した方を見ると、黒い煙が上がっている。


「第三演習場の方ね……何かあったみたい」


 第三演習場とは、Cランクの魔物が配置された七星学園でも一部のトップランカーしか使えないエリアである。

 そしてその第三演習場の黒煙の中から、何かが空高く飛び上がり、グルグルと旋回している。


「鳥じゃないよな。――ズーム!」


 俺と糸式は視力を強化する汎用魔法を使い、空飛ぶ魔物を視認した。


「なんだよアレ……」


 目視した魔物はなんとも言えない見た目をしていた。

 獣のような胴体に獅子の様な頭部。虫のような複眼にコウモリのような羽根。

 他にも様々な動物のパーツが組み合わさっているように見える。


 妖怪だとぬえが思い浮かぶが、パーツが違うからなんともいえない。

 とにかく、異形の化け物が上空を飛んでいる。


「一体なんていう名前だよ」


 魔物を目視したことでモンスター図鑑に情報が表示される……はずなのだが。


「アンノウン?」


 モンスター図鑑の画面には何も表示されていなかった。つまり。


「新種ね。魔法使いがこれまで出会ったことのない未知の魔物よ」


 苦い表情で糸式が言った。無理もない。


 モンスター図鑑は新種の魔物と遭遇した際、魔物が放つ魔力量を測定し、簡易的なランク付けを行うことができる。

 そして、空飛ぶ怪物のランクが測定されたのだが……。


「嘘でしょ……Aランク!?」

「学園の魔物じゃないってことは……本物の魔物が現れたってことか?」

「ありえないはずだけど……どう考えてもイレギュラーな状況だわ」

「だよな……あっ。おい糸式あそこ!」


 なんと女子生徒が一人、魔物に掴まれていた。


「全く未知の魔物。強さはAランク。生徒が一人捕まっている。とんでもなくヤバい状況よ……朝倉くん」

「なんだ?」

「貴方はすぐに逃げて」

「貴方は……って。お前はどうするんだよ?」

「私ははじまりの七家、糸式家の次期当主よ? 生徒を救出するために動く必要があるわ」


 名のある家に生まれた者の使命……なのだろうか。立派で、実に糸式らしいと思った。

 だが、そう言った糸式の声は上擦っていて、手は震えていた。

 こんな状態の糸式を一人で行かせたら……きっと後悔すると思った。


「わかった。でも俺も一緒に行く」

「はぁ!? だ、駄目よ。貴方をそんな危険なことに巻き込めないわ。大丈夫よ。私だってはじまりの七家の人間なんだから。覚悟はできてる」


 精一杯強がるように糸式は笑った。


「わかってる。私一人じゃ勝てないと思って、それで着いてきてくれるって言ってくれたんでしょう? 本当に、優しいのね」


 でも大丈夫だからと断られてしまう。う~ん。強情だな。だったら。


「別に糸式を助けるためじゃない」

「え?」

「だってさ。アイツを倒せれば今後、あの魔物をリアライズさせて使役できるんだろ? 学園生活が超有利になるじゃん。行くしかねぇよ」

「あ、貴方ねぇ……」


 糸式は呆れたようにため息をついた。


「もう勝手にすれば?」

「ああ。勝手にする」


 気付けばAランクの魔物は、俺たちが進んでいた道の先。第一演習場のゴール地点の方へと降りていった。


 俺と糸式は捕まった女子生徒救出の為、共に走り出す。


「朝倉くん」

「ん?」

「ありがとう……心強いわ」


 Aランクを手駒に云々は無理やりついていく為の建前だったのだが……流石糸式。

 お見通しだったか。


 ***


 ***


 ***


 第一演習場のゴール地点に着地したAランクの魔物は、そこに元々配置されていたと思われるEランクの魔物、マジックビートルをムシャムシャと食べていた。

 図鑑によれば、マジックビートルは低出力の魔法を無効化する外殻を持つEランクの中でも最強の魔物なんだとか。

 おそらく第一演習場のボス的存在として配置されていたマジックビートルを簡単に倒し、むしゃむしゃと貪り食う。


「何よあれ……あれがAランク」

「グロい」


 腕には女子生徒を握りしめてはいるものの、ヤツの注意は完全にエサの方に向いている。俺達には気づいていない。

 今が救出のチャンスという訳だ。


「朝倉くん、慎重に」

「ああ」


 俺は魔法発動の準備を整え、狙いをヤツの手の付け根に定める。


 腕を吹っ飛ばし、女性生徒を魔物から解放する。敵はAランクの魔物。半端な魔力で撃てば弾かれてしまう。だからそれ相応の魔力を込める。


 だが外してもし女子生徒に命中すれば、人の命を奪うことになってしまう。


 絶対にミスれない。


 集中……よし!


「――バレット!」


 改造バレットが放たれ、敵の手の付け根を吹き飛ばす。


「ギエス!?」

「きゃ!?」


 女子生徒を掴んでいた手が敵から離れ、彼女の体が空中に投げ出された。


「糸式!」

「ええ――レスキュー・チェーン!」


 糸式の手から光の鎖が伸び、女性生徒に巻き付くと、そのままこちらに引き寄せる。


「ギエエエエエエイ!」


 俺たちの存在に気付いた魔物が激高してこちらに向かってくる。


「おら、もう一発――バレット!」


 逃げる隙を作るため、今打てる最大火力をお見舞いする。


「ギエエエエエエ」


 バレットの一撃は敵の右肩から下を吹き飛ばす。

 敵は大きく仰け反った。


「よし。今のうちに逃げるぞ」


 この場所に来る前に学園には連絡済み。今頃、トラブル対処のための精鋭たちがこちらに向かっているハズだ。

 女子生徒を救出したあとはその人たちに任せ、俺たちは脱出する。それがプランだったのだが……。


「ん? おい糸式。なんか進めないぞ」


 女子生徒を抱え走り出したのだが、弾力性のあるに阻まれて進めない。


「嘘でしょ!? あの魔物、領域まで持っているの!?」

「領域!? なんだよそのヤバそうな能力」


 糸式曰わく、一部の魔物は周囲を自分が戦いやすい環境に塗り替えることができるらしい。

 そんな魔物を領域持ちと呼ぶのだとか。


 そして目の前の魔物が展開したのは、獲物を逃さないための領域。


 近くにいるものは必ず全員食うという、絶対捕食空間。


「まさかこんなことになるなんて……」

「大丈夫だって糸式」


 俺の放ったバレットはAランクの魔物に確実にダメージを与えていた。

 案外このまま押し切れるのでは? そう思った時だった。


 救助した女子生徒が震える声で言った。


「だめ……あの魔物は……」

「ギエエエエエエエエ」


 劈くような声で魔物は咆哮する。

 すると、俺が吹き飛ばしたはずの腕は再生する。


「あの魔物は……魔物を食べる度に進化するの……」


 魔物の体は一回り大きくなり、全身はマジックビートルの黒銀の甲殻によって覆われた。


「へぇ。や、やるじゃない……」


 進化する魔物。どうやら俺たちは、このとんでもない化け物から生き残らなくてはならないらしい。


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