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第23話 異常神域

 朝倉澪里あさくら みおり時宮奇書ときのみやきしょを発見したのと同じ頃。


 はじまりの七家の関係者たちは東京霞ヶ関に集まっていた。


 当主格である理事長・虹野ティフォンヌはもちろん、糸式鈴芽や金大寺巻志などの学生にも招集がかかった。


 招集目的は、朝頃から出現した異常神域いじょうしんいきについての対策会議だ。


 出席しているのは魔法使いだけではない。政治家たちも招集に応じていた。


 そんな重苦しい空気の中、対魔物戦のエキスパートである神々ししば家当主が中心となって、会議は進む。


「という訳で山岳地帯を一斉に変質させるほどの『広範囲の領域化』。『異常な魔力数値』。そして『成長速度』。これらを考えても、戦後初の異常神域発生と見て間違いないでしょう」


 異常神域。その言葉に集まっていた政治家たちの表情が曇る。


 それはSランクを超えた魔物の出現を意味するからだ。


 ランクEX……またかつての名を『神霊級しんれいきゅう』。


 最強クラスの魔法使いがチームを組んでようやく討伐可能な魔物がSランクの定義であるならば、神霊級はその上。


 つまり人類の力では対処不能な、文字通り神に近しい力を持った魔物が出現した可能性があるのである。


「前回、旧四国に神霊級・絶弧ぜっこが出現した際、我々は為す術はありませんでした。四国全土を明け渡すことで協定を結ぶ……いや、実質見逃して貰ったという苦い過去があります」


 表向き、原子力実験施設の事故による放射能汚染で住めなくなったと国民には説明されている四国地方。

 だが実は100年ほど前に出現した神霊級の魔物・絶弧ぜっこに「日本国民を見逃して貰う代わりの条件」として売り渡したのだ。


 だが、当時の日本を責められる者は誰にもいない。


 神霊級はそれほどまでに規格外。人類では勝てない存在なのだ。


 世界各地にはこの四国のように神霊級の魔物に奪われ、塗り替えられた土地がいくつも存在する。


 神々廻の当主の発言に「弱気でどうする!」と、一人の大物政治家が噛みついた。


「かつての大戦を経て、科学技術は飛躍的に大きく進歩した。倒せるんじゃないのか? ミサイルとか使えば。ほらあの……HVGPとか」

「……はぁ」


 大物政治家の発言に、進行を務めていた神々廻家当主がため息をついた。


「魔物は害獣じゃない。下手に近代技術で対抗すれば吸収され、能力として取り込まれる。現にS級の中にはインターネットを利用し始めているものたちもいるくらいだ」


 発言した政治家は顔を真っ赤にして縮こまってしまった。

 他の政治家たちも「武力でなんとかなるなら苦労はない」といった困り顔だった。


「つきまして、我々魔法協会の方から使者を派遣し、神霊級の魔物との接触を試みます。その後、信頼を得て交渉に」

「交渉だと!? 場所は山奥とはいえ関東だぞ!?」

「魔物に明け渡せというのか!」

「国民に隠し通せるわけないだろ!」


 対策会議は荒れに荒れ、長期戦の様相を呈している。


「これは……長くなりそうね」

「百年ぶりの緊急事態だしな」


 糸式はため息をつき、金大寺はあくびをした。

 発言権はないが、七家の学生たちも後学のため、こうして会議の末席に参加している。


「長くなりそうね」と他七家の学生が休憩に席を立つ。金大寺も遅めの昼食にでも行こうかと思った時、スマホが鳴った。


「ちょっと。マナーモードにしておきなさいよ」

「悪い悪い。おっ……忍崎しのざきからか」

「忍崎?」

「E組のヤツでな。この前カラオケに行った仲よ。しかし電話か。珍しいな」


 金大寺は小声で電話に出る。


『あ、出た』

「わりいな。いちおう会議中だから小声で失礼するぜ」

『助けてよ金大寺! みおりんが……みおりんが消えちゃったんだ~!』

「朝倉が!?」


 その名を聞いて、金大寺は立ち上がる。

 そして、隣にいた糸式も「朝倉」の名を出されては冷静ではいられない。


「ちょっと何!? 朝倉くんに何かあったの?」

「黙ってろ鈴芽。続きを聞いているんだから」


 金大寺と糸式は忍崎からひとしきり事情を聞いた。


 ストレージの魔法の授業だったこと。


 澪里のストレージから何故か時宮奇書が出てきたこと。


 そして、澪里の意図とは関係なく試練が始まってしまったこと。


「おい鈴芽……俺ちょっと嫌な予感がしているんだが」

「私もよ……」


 時宮奇書の存在は二人も知っている。かつて時宮の最強の魔法を我が物にしようと、腕に自信のある魔法使いが試練に挑戦したことが何度かあった。


 だが、試練の多くは『その時点で出現している強い魔物の近くに転移させられ戦わされる』というものだった。


「もしかして朝倉のやつ……四国の絶弧のところに飛ばされたのか?」

「わからない……ちょっと場所を調べてみるわ。M・GPS……まだ生きてるといいんだけど」

「あ? なんで鈴芽が朝倉のスマホの位置を調べられるんだよ」

「説明は後よ」


 澪里が現在使っているスマホは糸式から提供されたもの。


 もしもの時のために、位置情報の設定を共有しておいたのだ。これでいつでも互いの位置がわかる。


「よかった……朝倉くん、四国じゃなくて群馬県の北部の山奥にいるみたい……って全然よくなーい!」

「異常神域のど真ん中じゃねーか!」


 それどころか、異常神域ではなかったとしても生存が絶望視されるレベルの山奥だった。


「おい待てよ鈴芽。どこに行くつもりだ?」

「助けに行くに決まっているでしょう?」


 澪里が異常神域の中にいる以上、救出は会議の結果を待ってからがセオリーだ。だがこの停滞した会議が終わるのを待つことは、鈴芽にはできなかった。

 それどころか、魔法協会も政府も逃げ腰だ。


 こうなれば、四国の時のように中にいる人間は見捨てる選択がされる可能性も大いにありえる。


「はっ。じゃあ俺も混ぜろ。俺が勝つ前に死なれたら困るからな」

「ふ~ん。なんか知らない間に仲良くなったみたいね。まぁいいわ。さて問題はどうやって行くかだけれど。車じゃ厳しいし……ヘリとか使えればいいんだけど」

「無理だろ……親父たちを説得できる気がしねぇ」


 二人でう~んと唸っていると、理事長・虹野ティフォンヌがやってきた。


「貴方たち、ちょっと騒がし過ぎですよ。私語ならば会議室の外で……」


「「いた! ヘリ!」」


「へり?」


「理事長先生。ヘリを出してください」

「アンタの学校の生徒がピンチだぜ!」


 二人はかなり大雑把に事情を説明した。


「なるほど。今、魔法協会は異常神域のせいで騒がしい。学園案内アプリも機能していなさそうだ。ではその生徒の救助は私たちだけで遂行する必要があるでしょう」


「流石理事長先生。話が早い」

「ああ。頼りになるぜ」


「ええ。ええそうでしょうとも。ではスマホをポチポチポチと。はい、屋上のヘリポートから早速向かいましょう。ところで行き先は?」


「理事長、今は時間が惜しいんだ。話は移動しながら」

「え、ええ。まぁいいですが」


 理事長が行き先と救出する生徒の名を知ったのは屋上に上がった後。

 もう引くに引けない状況になってからだった。


 ***


 ***


 ***

澪里SIDE



「ちょっと休憩するか」

「うん!」


 夜になった。


 俺が転移したときに側にいた女の子、昭子ちゃんは遠足でハイキングに来ていたところ、気付いたらここに一人でいたという。


 昭子ちゃんの話を聞いて、俺は演習場に行った日の夜、糸式が言っていたことを思い出す。


 それは、魔物が作り出す領域のことについて。


 強い魔物は周囲を自分が戦いやすいように作り替える。以前戦った改造スライムは俺たちが逃げられないよう透明なバリアのようなものを展開していたが、あれはまだ領域としては弱い方だったらしい。


 本当に強い魔物の作る領域は、世界そのものが魔物の都合のいいように変質する。


 例えばそう……ここのように。


「見てみて澪里ちゃん。キレーなオーロラ」

「そうだね。こりゃ凄いや」


 日本でオーロラなんて見える訳がない。そしてこの高原。ズームで見てみたが、端の方は山になっていて、まるでこの高原が山を抉り取ったような形状になっていた。


 間違いなくこの高原は魔物の作り出した領域だ。


 その証拠に、ここ数時間歩き続けたが出口に近づくことはできなかった。それどころか、中心部にいる強い力にどんどん近づいている。


 気味が悪い。中央から離れようと外に向かって歩いているのに、どんどん中央に近づいているのだから。このままではやがて、この子を伴ったまま魔物と接触することになるだろう。


 これも時宮天災の仕掛けた試練の力だろうか。


「澪里ちゃん大丈夫? お腹空いてない?」

「え、どうして?」

「だって澪里ちゃん。ご飯全部私にくれたでしょ?」


 そう。ここに転移してすぐ、学園案内アプリがアラートを鳴らした。


『危険危険。異常神域内。危険危険』


 と。


 異常神域というのが何かわからないが(地震の方の異常震域とは違うぽい)、とにかく危険な場所だということはわかった。


 そして、緊急離脱魔法を発動してもいいか聞いてきた。どうやら緊急時、一発で学園に転移できる魔法らしい。


 困ったときに頼りになる機能があると聞いていたが、それは本当だったようだ。


 だが欠点があった。それは、緊急離脱魔法は俺一人用ということだ。


 それじゃあこの子が置き去りになってしまうと、俺は発動を断った。


 次に学園案内アプリは非常食として、水と携帯食料を出してくれた。


 一食分程度なので、これを二人で分けるくらいなら全部この子にあげてしまおうと思ったのだ。


「大丈夫。俺はお腹空いてないから」

「そうなんだ……ごめんね」

「謝るなよ。ここから出られたら、なにか美味しいもの食べに行こうぜ」

「うん……」


 強い魔物が結界を作るとき、実際に領域となる土地以上の範囲で空間的ゆがみができる。

 昭子ちゃんもおそらくそれに巻き込まれたのだろう。


「……すぅ……すやぁ」

「寝ちゃったか。結構歩いたからな」


 気づけば、昭子ちゃんは眠っていた。


 不安で泣きたいだろうに、一度も弱音を吐かずに。いい子だ。

 俺が必ず家族の所に戻してやるからな。


「やっぱり。この領域の中心にいるヤツを倒さないと外には出られないよな」


 ここには水・食料がない。野生動物もいなければ食べられそうな草もない。いつまでも助けを待つという選択ができないのである。


 それに、時宮奇書は「試練」と言っていた。敵を倒せと。


 それなら、やるしかない。


「――リアライズ!」

「ゲロゲロ!」


 俺はリアライズできる中でも一番ビジュアルがマシなデッドトードを『使い魔タイプ』で呼び出す。

 コイツなら、昭子ちゃんが途中で起きてもワンチャン……新種のカエルで押し通せる……はず。


「この女の子を死ぬ気で守れ。いいな」

「ゲェロ!」


 、俺は領域の中心に向かって歩く。


 この領域の主が俺を呼んでいるのだろうか、一時間ほどで中心部に到達した。


「あれは……なんだ?」


 中央には巨大な卵型のエネルギー体。黒く濁った魔力が渦巻いている。ぞっとするような暗黒球体。


 そして、その暗黒球体を見守るように、スーツ姿の人間が立っていた。

 年齢は20代中盤だろうか。胡散臭いサングラスを掛けた長身の男。


「人間……いや違う」


 あの男、人間とも魔法使いとも違う気配を持っている。

 モンスター図鑑を起動。すると、目の前にいる男の正体が判明した。



 種族:シェイプシフター


 ランク:S


 備考:人間から「略奪」することを至上の喜びとする悪魔型の魔物。この魔物の略奪の範囲は多岐に渡り「所有物」「財産」「地位」「名誉」……そしてその姿・存在さえも略奪の対象となる。

 普段は奪った人間の姿をしており、本当の姿は確認されていない。

 その凶悪な能力から単独での国家転覆が可能とされており、Sランクとして認定された。


魔法式解析率:8%



「はっ。ついてないな……おい」


 初めての本物の魔物との戦い……なのだが。どうやら最強クラスの魔物と殺し合わなくてはいけないらしい。


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