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第24話 略奪者

「君もこの歴史的瞬間を目撃しに来たのかい?」


 領域中央に位置する暗黒球体の前に立つ謎の男……いや、Sランクの魔物シェイプシフターは驚くほど気さくに話し掛けてきた。


「おや、無視かい? 傷つくなぁ。ああそうか。君、魔法使いだろ? モンスター図鑑だっけ? それで僕のことは大体お見通しって訳か」


「話が早いな」


「なるほど僕を討伐しに来たってことね」


 そういう訳ではないのだが……まぁ事情が事情だ。倒さない訳にはいかないよな。


「しばらく待ってもらってもいいかな? この歴史的瞬間を絶対に逃したくないんだ」


 そう言うと、シェイプシフターは視線を暗黒球体に戻した。


「歴史的瞬間?」

「そう。この暗黒球体は約百年ぶりに顕現した神霊級の魔物だ。まだこの世界で活躍するための肉体を構築中でね。この機会を逃すわけにはいかないのさ」

「機会?」

「そう。僕の能力は略奪りゃくだつ。この神なる魔物の存在を奪い、さらなる高みへと進化する」

「それ聞いて、黙って見ててやると思っているのか?」


 ヤツが悠長に喋ってくれていたお陰で魔法の準備を終えることができた。

 悪いがフルチャージ状態のバレットで仕留めさせて貰うぜ。


「だよね~じゃあ――」


 俺がヤツにバレットを放とうとした瞬間。ヤツの姿が消え……そして。


「がはっ」

「死んでくれ」


 胸部に凄まじい衝撃。瞬時にこちらに接近してきたシェイプシフターの蹴りが直撃したのだ。


「ぐっ……う――カハッ」

「おやおや。よく見たら可愛い顔をしているじゃないか。好みの顔だ。僕のコレクションに加えてもいいかもしれない」


 ヤツはそう言うと、蹲る俺の頭部に手を乗せた。


「今から僕が何をしようとしているのか教えてあげる。僕はね、君の存在そのものを奪うのさ。ああそうだ。今変身しているこの男の姿も人間から奪ったものだ。僕はね。人間から姿を奪った後、その奪った人間の姿で家族の元へ向かい殺人をするんだ。楽しいよ~? 大好きなパパが突然暴力を振るってきて訳も分からず殺される嫁や娘の顔を見ると……あぁ……ああああ!」


 絶頂寸前といった声が聞こえるが……くそ。凄まじい力で押さえつけられていて、さらに痛みでまったく抵抗できない。


 このままじゃ……。


「怖いだろう? 怖いよねぇ? でもごめんねぇ。存在を奪われた人間がどうなるのか、僕にはわからないんだぁ。じゃあそろそろ頂こうか」


 ヤツの魔力が俺の中に入り込んだ……次の瞬間。


「おぐっ……うえぇ……あがが?」


 シェイプシフターは苦痛に顔を歪めながら、飛び退くように俺から離れた。


「な、なんだ……? お前の中に……僕より大きな……奪い取れないほど大きな存在が……テメェ……一体何者だ!?」


「し、知るか……お前の能力がショボかった……それだけだろ」


 痛みは酷いがなんとか喋れるようにはなった。そしてヤツは隙だらけだ。

 反撃は今しかない。


「来いデスワーム!」

「「「デスワー!」」」

「――なっ!?」


 その時、地面を突き破って三匹のデスワームが出現。シェイプシフターに襲い掛かる。


「「「デスワー!」」」

「うわぁキッショ!? なんだコイツら!?」


 ここに来るまでの一時間、ただ何もせず歩いてきたわけじゃない。


 俺だって、相応の準備をしてきたのだ。例えばこれ。


 魔法式書き換えで極限までステータスを高めたデスワームを三体リアライズさせ、地中を移動させつつ待機させていたのだ。


 Sランクの魔物であるシェイプシフターなら、強化したところでデスワーム三体なんて楽勝なのだろうが。


 どういう訳か、ヤツは俺に触れてから様子がおかしい。おそらくだが……俺の中にある時宮天災の記憶かなにかがヤツの存在略奪を妨害したのだろう。


 あのじいさんに助けられたというのは癪だが……この機会は絶対に逃さない。


「――バレット!」

「ぐっ……!?」


 デスワーム三匹の猛攻を受けながらも、バレットを回避。流石はSランク。だが形勢はこちらが有利。このまま押し切る。

 そう思ったのだが……。


「舐めるなよ人間がああ!」

「「「デスワッ!?」」」


 シェイプシフターは全身から闇の魔力を放出。解き放たれた黒い魔力は純粋な破壊の力となって、デスワーム三匹を一瞬で粉砕した。


「お前もぉ、いい気になるなよ――略奪!」

「なっ!? 俺のスマホが!?」


 激怒したヤツが指をパチンと鳴らした瞬間。俺のスマホがヤツの手元に移動した。


「ははは! これがないとお前たち魔法使いは何もできないんだろう? 知ってるんだよ?」

「そんな……スマホを奪われるなんて……」


 勝ちを確信したシェイプシフターは奪ったスマホを自身のポケットにしまった。

 絶対に返さないという強い意志を感じる。


「はははは! 残念だったねぇ! これで君の勝ち目はもう消えた!」

「そんな……うっ……うう」


 絶望からか、先ほどヤツに蹴られた胸が酷く痛む。俺は思わず胸を押さえて蹲った。


「おや。もう打つ手はなしか? じゃあもう一度あらためて……お前の存在を頂こう」


 ヤツはゆっくりと優雅に、こちらに近づいてくる。


「僕をここまでイラつかせた人間は初めてだよ。よって君の存在を奪った後、君の知り合い全員を皆殺しにすることが決定した。ああ楽しみだね。君の姿で、君の家族を……知り合いを……殺して殺して殺しまくってやる!」


「うぅ……ああ」


「え? 俺の知り合いがわかるのかって? わかるさ。君から奪ったスマホに、知り合いの情報が全部入っているからねぇ。さて……じゃあ君の存在を頂こうか」


 蹲る俺にヤツが再び俺に手を触れようとした時。俺は呟いた。


「――バレット」

「は……? ぎゃああああああ!?」


 俺の指先から放たれた改造バレットは完全に油断していたシェイプシフターの上半身を吹き飛ばす。


「ひぃいいい!? 何故!? 何故魔法が使えた!? スマホは確かに俺が奪ったのにぃ!?」


 粉々になった上半身の中から、大きなドス黒いクリスタルが飛び出してきた。


 そのクリスタルは地面に転がった後「何故!? 何故!?」と声を発していた。


 あれがおそらくヤツの本体。魔物の脳と言われる魔石だろう。


「――バレット」

「ぎゅおおん」


 俺は胸に右手を当てたまま、魔石にバレットを打ち込む。流石Sランクの核たる魔石。一発では壊れない。


「なんでぇ……なんでなの!? なんでお前はスマホなしで魔法を使えるのぉ!?」

「――バレット」

「ぎゅん」


 パキっと、魔石に小さなヒビが入る。


『スマートフォンが現代の魔導書』。


 その話を聞いたときから、スマホを奪いにくる魔物がいることは想定していた。


 だから俺はメインスマホが奪われても戦えるように……中学で使っていた古いスマホにも魔法をインストールして、制服の内ポケットに忍ばせておいたのだ。


 ここに来る途中、旧スマホは改造バレットを起動したまま待機させていた。


 後は胸を押さえて魔力を込めれば……古いスマホでも魔法が使える。


 ヤツが俺の発声を封じるために胸部を蹴ってくれていたお陰で、胸を押さえる動作が不自然にならずに済んだ。

(ヤツの蹴りはすさまじかったが、スマホは無事だった。耐久カバーのお陰だろう。ビバ技術大国日本)


 お陰で高威力のバレットを無防備なところに命中させることができた。


「――バレット」

「うぎっ……くそぅなんでぇなんでだよぉ」

「――バレット」

「ぶふぉ……本当ならあの時、最初にお前の存在を奪って勝ってたんだ」

「――バレット」

「ぎょおん……なのにぃ、に阻まれたぁ」

「――バレット」

「ぐぎょげぇ……あそこから調子が狂った。熱くなって人間の姿のまま戦ってしまった…」

「――バレット」

「ぎぃいい……僕本来の姿なら……お前なんかに……」

「――バレット」

「おぐす……何とか言えよぉおおおおお」

「――実力を発揮できないところまで含めて実力だろ」

「ひぃ!?」


 どんなに言い訳したって、結果がすべて。入学試験の俺のように。


 最後に思いっきり踏み潰すと、魔石は粉々に砕け散り、光の粒子となって消滅した。


 残っていた下半身も消滅したようで、その場には俺のスマホをはじめ、今までヤツが人間から奪ってきたであろう品が散らばっていた。


「マイスマホ回収と……うっ。あの野郎。フルチャージのバレット何発耐えるんだよ……堅すぎだろ」


 魔力を殆ど使い切ったのとダメージのせいか、ふらついた。


 Sランクの魔物にもダメージを与えられた改造バレットだが、その分魔力消費はハンパじゃない。


 正直、もう戦う力なんて殆ど残っていないのだが……。依然、空はオーロラのままだ。


「やっぱ領域は消えないな……ということは」


 あの暗黒球体を倒すしか、ここから出る手段はないということか。


「もうちょっとだけ頑張ってくれよ俺の体……ん? おい……嘘だろ」


 暗黒球体にひびが入り、中から凄まじいエネルギーが溢れている。


 そして――神々しい光と共にそれは現れた。


「あれが……神霊級の魔物」


 白く輝く毛並みをした巨大な狼のようなモンスター。

 シェイプシフターの禍々しい魔力とは違い、どこか清々しいようなそんな魔力を持っている。

 本当に神様というのがいるのなら、コイツがそうなんじゃと思わせる。そんな神々しい力を肌で感じた。


 もしかしたら……話が通じるかもしれない。


 説得すれば、昭子ちゃんだけは助けてくれるかもしれない。


 だが、そんな俺の希望は魔物の放った一言で砕け散った。


『余は白雷大神はくらいのおおかみである。人間よ。余は腹が減った。供物として若い女を連れてこい。ちょうど近くに食べ頃がいるであろう?』


 この魔物は絶対にここで倒さなくてはならない。


 そう強く感じた。



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