「私と結婚してくれ」
「いいけど、俺世界中に彼氏いるけどいいの?」
「昨日、異世界転生したんだけどさ」
「…………ほう…」
「俺勇者だったんだけど、大体のRPGで故郷出発前に故郷の村燃やされるイベントあるじゃん」
「あるね」
「そこで魔王にプロポーズされて、なんか返事が気に食わなかったらしくて世界滅ぼされて死んだわ」
「…………うん……」
「で、今めっちゃ魔王からメンヘラDMきてんだけど」
「あのさ一回止めてもらえる?」
冗談にしても突拍子も無さすぎる話を始めた彼の名は片桐ソウ。
テレビやネットでも見たことがないほどきれいな顔立ちで、存在が漫画だと思う。自称世界一美少女の17歳男子高校生だ。肩まで伸ばしたストレートでサラサラの黒髪、小さな顔に伏し目がちの長くて重そうな睫毛、大きな瞳。
いや他称世界一美少女でも勿論ある。あるが、ソウは性別も性自認も男なので美少女(男)ということになっている。恋愛対象は男性だと言う。
自分の美を世界に披露しないことは罪だという認識らしく、各SNSやら動画配信やらで日々KAWAIIと美を振りまいている。ちなみに投げ銭や案件は断っているらしい。
僕の名前は田中。漫研で静かにオタク生活を送っていると、ソウは突如入部してきた。とんでもない有名人が入ってきてどうなるかと思ったら、案外ソウの学校生活は平穏なもので(陰で治安を守る存在がいるのかもしれない)特に部員が増えるわけでも部内のサークルクラッシャーとなるわけでもなく、僕が漫画を描いている向かいでこの美少女(男)がいつも変な男に遭遇した話を日々聞かせてくるのだ。
しかしさすがに異世界転生の実体験は初だった。
「え、夢の話?」
「いやこれ見て、インスタ」
向けられたスマホには”魔王”というアカウント名からの画面いっぱいのお気持ち長文DMがスクロールしてもしても続いていた。
「ひっ怖!ブロックしろよ!」
「ブロックしたらこの世界も滅ぼされるんじゃねーかと思ってしてないんだけどしていい?」
「ダメだわ!!」
「だろ。だからここに呼んだからそろそろ来るはずなんだけど」
「呼んだの!?てかなんで魔王の方が異世界転生してんの!?」
「それは俺にゾッコンだからよ」
「ゾッコンて…」
突拍子もない話の情報量の多さに理解が追いつかない。
僕がオタクだから理解出来ないながらも話が進んでいるが、これが一般人なら異世界やら魔王やら何もかも引っかかってそもそも話になっていないだろう。あとソウも悪役令嬢ものの話を先日熱く語っていたので基礎知識はあるんだろう。何なんだ異世界転生の基礎知識って。
混乱しつつソウの話に耳を傾けていると、部室のドアが開いた。
来訪者は意外にもギャルっぽい女子生徒だった。
「ソウちゃーん、なんかめっちゃ魔王っぽい人がソウちゃん探してんだけどー」
「魔王来たわ」
「魔王きた!!!」
僕の世界にあまり縁のない、いわゆるオタクとはかけ離れた女子生徒から「魔王っぽい」という言葉が出て来たこと、つまりそれは魔王が本当に現実世界に来たという事にだ。
あまりの驚きで立ち上がって叫んだのは僕だけだった。
どうしてギャルもソウも平然としているのか。いやあれか、ギャルの世界でもハロウィンとかいう文化があるし、魔王っぽいコスプレなど見慣れているのだろうか。
ギャルは魔王とソウに手を振って帰って行った。
「君のおかげで世界を滅ぼしてしまった」
「おめーのせいで俺は死を経験したわ」
なるほどこれが魔王か。
某RPGシリーズの歴代ボスをなんとなく想像し、大体3メートルくらいの目と手足がいっぱいある肌が青っぽくて角の生えたような奴を想像していた自分がバカでオタクみたいじゃないか。
魔王と名乗るが人間として許せる長身の黒づくめでなんか背中まである銀髪、角の生えた男は、闇オーラが激しいがかなりの美形だった。角さえなければ人間で通るはず。多分マントの下に翼があるんだろうな。
ソウを前にしても見劣りしない存在なんて、犬や猫くらいしかいないと思っていた。死ぬほど表情が暗いけど。
この普通の学校の普通の教室に世界代表レベルの美形が二人と僕。気まずすぎる。席を外させてくれ。
逃げ出そうとする僕の気配を察知してか、ソウが机の上の僕のペンケースを奪い取った。
「私は世界を失ったわけで、君は私に殺されたわけだから、お互い責任をとって結婚しよう、彼氏複数は却下だ」
「おめーが世界失ったのもおめーのせいだよ!ほらみろ田中!こいつ会話が成立しねーんだよ!」
「あの、ていうかほんとに異世界転生してきたんだ…」
「し、信じてなかった〜!!」
「いや異世界転生して即日帰宅パターン見たことも聞いたこともなかったし…」
そもそも現実で異世界転生という現象事態を初めて見聞きしたのだけれども。
というか、転生先で勇者になって魔王がいて、序盤で村を燃やされて現実世界に戻ってってゲームオーバーのようなことなんだろうか。
「まあ俺クラスになると異世界からも会いに来られちゃうんだな〜」
「ソウ、こいつはソウのなんだ」
「え、部活仲間だけど」
「は、初めまして、田中です」
「タナカ。私も部活仲間に」
ーーーますか…聞こえますか…
「な、脳に直接声が!」
「あっこれ異世界転生した時聞こえたやつ」
「私の世界の神だな」
「神!?」
ーーあなた達、好き勝手やってくれましたね…
「神めっちゃキレてんじゃん!」
「俺じゃねーし世界滅ぼしたの魔王だし!」
「ソウと結ばれない世界など必要はない」
ーー段階というものを踏みなさい…まずはソウを勇者として旅立たせる役目を果たしなさい…
やっぱり!
異世界というか、ソウはゲームの世界に転送されたんだ。だから死んでもコンティニュー感覚で現実世界に戻って来れたのか。いやそれも意味わからんけども。
脳に直接語りかけられる声というものにも一瞬驚いたけどもはや納得の方が勝ってしまう。
いや関係ない僕の脳にまで語りかけられてるのは怖すぎるが。
「あのー、それ今からでもRPGじゃなくて乙女ゲー的なやつになんないの?俺悪役令嬢転生がいいんだけど」
繊細な顔をして神経が図太すぎる。
「悪役令嬢とは?」
魔王も真面目な顔で僕に聞かないでほしい。
「時期国王候補の婚約者である令嬢が婚約破棄されてなんやかんやで逆ハーレム築く話です」
「それはダメだ、私は同担拒否なんだ」
「いや俺総受けになりたいから同担拒否困るんだけど」
「総受けとは?」
「魔王こっちの言葉知ってんのか知らないのかどっちだよめんどくさいな!」
ーー頼むからストーリーを進めてください…
「神かわいそう」
「かわいそうと思うならちゃんとしてあげて」
話が進まないからその後のやりとりをまとめると、神の言い分はこうだ。
今回ソウが転送された世界は現在制作中のRPGゲームである。
スタート地点の村を魔王に燃やされ、勇者であるソウが旅に出てさまざまな仲間を迎え、最終的に魔王討伐を目指す。
大筋はそうなのだが、魔王がソウに一目惚れをした挙句に村どころか世界を燃やしたせいで話が終わってしまったので神が困っている。
というわけで、毎晩ソウの夢の中でソウをRPG世界に転送するからなんとかクリアしてくれという依頼だった。
魔王が何故現実世界に来れたのかは神も理解していなかった。
——魔王、ストーリーの大筋以外で世界を滅ぼしてはいけませんよ…
「ソウと結ばれないうえに倒される結末なんて私は受け入れられない。そんな世界など必要ない」
「言ってることかっこいいようで有言実行してるから超怖いんだけど」
——わかりました、滅ぼす以外なら好きにして良いのでなるべく穏便にソウをストーリーの軌道に乗せてくれませんか…
「ほう。それでソウと結ばれるのであれば善処する」
「俺別にストーリー攻略したいとか言ってなくない?俺の意思無視されてない?あっ通信切れた!」
「電話くらいわかりやすく切れたね」
「神とは勝手なものだ」
「お前そこそこ言い返してなかった?あと殺される前に言ったけど、俺別に結婚してもいいって言ってんじゃん。他の男とも付き合うし結婚するけど」
「田中、人間というものはこんなにカジュアルに複数交際宣言をするものなのか」
「僕の国では稀な方ですが、この人は世界的に規格外なので…」
翌日。
「魔王殺意高すぎんよ〜」
「殺されたら現世に帰ってくるタイプの異世界転生なの?」
「知らん神に聞いてくれ」
「ソウ、俺のインスタをフォローしてくれ」
漫研では僕が漫画を描いているそばで美形と美形が反省会をする場になってしまった。
意味わからん。