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第4話


(とりあえず、私は凌空と結芽の幼馴染で……)


 部活が終わり、家へと向かう帰り道。

 凛は、自分と同じ名前だけれど、境遇がまるで違うここにいる藍沢 凛についてわかっていることを必死に整理していた。


 現在は高校1年であり、学校、クラスともに凌空と結芽と同じ。

 部活もまた、2人と同じバスケ部らしい。

 そして、部活中に結芽と話していて新たにわかったのが、凛のバスケ部入部は結芽によるもの。

 登下校を3人一緒にできるようにと、結芽が無理矢理に引っ張り込んだらしい。


(それから、私には、発作、が起きる……?)


 ここにいる凛は、とにかくとことん体力がないらしい。

 少し動き回ったくらいで、眩暈を起こしてしまうほどだ。

 そして、どういうものかはわからないけれど、発作というものを凌空は心配していた。


(だからなのかな、凌空も結芽も、どうも私に過保護な気がする)


 学校から家まで、電車に乗るのはたった一駅。

 それでも電車に乗るや否や、2人はすぐさま空いてる席を探し、凛だけは座れるようにしてくれた。

 一駅くらいならば、立っていても問題ない気がしたけれど、座れる時はできるだけ座っておくように凌空に言われ、2人を立たせている状況を居たたまれなく思いながらもその言葉に甘えさえてもらった。


(こうして同じ方向に帰るってことは、私の家、凌空と結芽の家の近くなのかな)


 漫画の中で、凌空と結芽の家はよく描かれていた。

 隣あって並ぶ2つの家、その右側が結芽の家で、左側が凌空の家。

 家が隣同士で、さらには同い年、そんな関係だったからこそ、2人はずっと一緒にいたのだ。


(あ、ここ、私の家だ)


 駅を出て、ほんの少し歩いた先に見えた家。

 漫画で見た凌空や結芽の家よりも先に凛の視界に入ったその家は、この漫画と同じ世界ではなく、本来凛が居たはずの世界で凛が暮らしていた家とはまるで違った。

 凛が生まれ育ったのは、サラリーマンである父が建てた夢のマイホーム。

 大豪邸、とはいかないけれど、専業主婦の母と3人で暮らすには十分な広さがある、こじんまりとした家だった。

 しかしながら、今、凛の視界を埋め尽くすのは、まさに大豪邸という言葉が相応しいような、周囲の家と比べても一際大きく目立つ家。

 漫画でも描かれてはおらず、はじめて見るはずなのに、凛は一目でそれが自分の家だと感じたのだ。


(私、凌空と結芽のお向かいさんなんだ)


 漫画には、出てこなくて当然だった。

 2人の家を真正面から描けば、その向かい側にある家など、到底描かれることなどない。

 ちょうど、その家を背にした状態で描かれていることになるのだから。

 そして、凛の家は、結芽の家のお向かいさんであり、また、凌空の家のお向かいさんでもあった。

 結芽の家も、凌空の家も、決して極端に小さかったりはしないのだけれど、凛の家の敷地はその2人の家の敷地を足したよりもずっと広かったのだ。


「じゃ、また明日ね」


 凛の家の門のところで、結芽がそう言って3人での下校は終了した。

 結芽と凌空がそれぞれの家に入っていくのを見送って、凛もまた自身の家に入る。


「おかえりなさい、凛」


 そう言って凛を迎えてくれた、優しい笑みを浮かべた女性は、やはり漫画には出てこなかったし、本来の凛の世界の凛の母親ともまるで別人だった。

 それなのに、その人を一目見た瞬間、凛はそれが自分の母だと確信できた。


「ただいま、ママ」


 凛は自身の母親を一度も『ママ』なんて呼んだことはなかった。

 いつも、『お母さん』と呼んでいたはずなのに、気づけば目の前の人物を当然のように『ママ』と呼んでいた。




 自室として与えられているらしい部屋も、本来の凛の部屋と違い、ずっと広々としていて豪華だった。

 しかし、とても自分の部屋とは思えず落ち着かない、ということはなく、はじめて見るはずのその部屋はむしろとても心地よく落ち着く場所だった。


(これ、全部、この身体が持ってる記憶なのかな)


 この家に入ってからというもの、何かを疑問に思うたび、その疑問に応えるかのように脳裏に過去のものと思われる光景が浮かんだ。

 たとえば、部屋から庭を眺めるとブランコが目に入り、あそこで遊んだりしたのだろうか、なんて考えるとそこにブランコを作るに至るまでの出来事が走馬灯のように凛の脳裏に浮かんでは消えた。

 学校に居る時からこうであってくれたら、どれほど楽だっただろうか、と思わずにはいられない。


(じゃあ、発作ってなんだろう……)


 凛が目を閉じてそう考えると、まず幼い自分が胸を押さえ苦しそうにしている光景が浮かんだ。


(あんなのが、頻繁に起きるの!?)


 そんな凛の疑問を解消するかのように、また新たな光景が凛の脳裏に浮かぶ。

 そうして、この身体の記憶らしきものから、凛は発作についての情報を次々と得ていった。

 ここにいる凛は、どうやら生まれつき心臓に疾患があったらしい。

 物心つく前に一度手術を受けているようだ。

 しかし、それで完治というわけにはいかないらしく、日常生活には何かと制限が多いようだ。

 日々の薬は手放せないし、病院での定期的な検診が必要、激しい運動なんてもちろんできないし、体力もなく疲れやすいので普段から体調面には注意が必要。

 それが、凛が自身の身体について得た情報だった。


(こんな設定は、いらないんだけど)


 今まで、大好きな凌空や結芽と、幼馴染だったり、同じクラスだったり、同じ部活だったり、嬉しい設定が続いただけに、こういった制限だらけの設定はあまりにも歓迎できなかった。

 物語として病弱な設定のキャラクターが出てくるのであれば、別に気にはならないけれど、実際に自身が体験するというのは遠慮したいものである。


(いいことばかりってわけには、いかないってことなのかな)


 凛は溜息をつくと、すぐ傍にあった姿見の前に立ってみる。

 そこに映る姿は凛がよく知る自身の姿とは異なり、身体も一回り小さいし、どことなく似た雰囲気もある気がするけれど、顔も表情も別人だった。

 それなのに、なぜか凛はそこに映る姿に何の違和感を覚えることもなく、これが自分自身だとすんなり受け入れることができた。


(不思議、これはこれで、妙にしっくりくる……)


 はじめて見たはずなのに、どこか見慣れているような感覚さえ覚え、凛はしばらく不思議そうに鏡を眺めていた。




(とりあえず、整理をしよう)


 凛は、今の身体が持っている記憶だと思われるものを、たくさん見た。

 その結果、情報量が多くなってしまったため、一度わかったことを整理してみることにする。

 紙とペンが欲しくなり、机の引き出しを開け、真っ新なノートとシャーペンを取り出した。

 ノートを開き、シャーペンをノックし、さぁ文字を書こうと思ったところで、凛は違和感に気づく。


(あれ?私、なんで、ノートとシャーペン、迷うことなく探せたの?)


 あちこち探して見つけ出したわけではなかった。

 凛は最初からそこにあるのを知っているかのように、取り出したのだ。


(これも、この身体の記憶のおかげ……?)


 疑問は尽きないけれど、立ち止まってもいられない。

 凛はとりあえず、できることから、と今わかっていることをまとめはじめた。


(まず、わかっているのは……)


 漫画で読んでいた時は、凌空と結芽が幼馴染。

 それが、ここではそれに凛も加わる。

 幼稚園、小学校、中学校、そして高校、ここではいつも3人一緒である。

 そして、3人の遊び場としては、圧倒的に凛の家が多かった。

 両親共働きでひとりっ子、家では一人であることが多い凌空と、母は専業主婦だけれど常に弟と妹に取られていてあまり構ってもらえていない結芽。

 一方で凌空とおなじくひとりっこ、母は結芽と同じく専業主婦の凛は、生まれながらに身体が弱かったこともあり、両親ともにとても過保護。

 そのため、凛の友人として訪れる結芽と凌空を歓迎し、手厚くもてなしてれる。

 それもあって、2人とも自分の家にいるよりも、凛の家で遊ぶ方が楽しかったようだった。


 ちなみに、凛の父は大企業の御曹司でありながら、自ら起業しIT業界で成功を収めている。

 つまり凛は、ここでは社長令嬢なのである。

 忙しいはずの凛の父親は、それでも凛に非常に甘く、休みの日はできるだけ凛たちに時間を割いてくれている。

 近くの公園で遊んでいて具合が悪くなってしまった凛を心配し、庭にブランコや砂場を作ってしまったり、人が大勢集まる市民プールに遊びに行かせるのが心配で室内プールを作ってしまったり。

 とにかく凛のためならば、金を惜しまない人間でもある。

 一方で、庭で凌空とキャッチボールをしたり、結芽がブランコに乗っていると押してあげたり、どこかに出かける時には2人も誘ったり、と凌空と結芽にとっては自身の親よりもよく遊んでくれる存在でもあったようである。


 凛の母は、とにかく料理が好きなようだ。

 家で出されるおやつも、凛の母が作った手作りのものが多い。

 怒ることはめったになく、いつも優しい笑みを浮かべているのが印象的である。

 凌空や結芽が突然泊まりに来ても動じることはなく、笑顔で受け入れるような人だった。


 しかし、凛の両親がどれほど凛の友人を歓迎する人物だったとしても、凛の家に遊びに来るような友達は凌空と結芽だけだった。

 勉強も運動もなんでもできる凌空は、いつもクラスの中心にいるような存在だった。

 凌空とは違い勉強は苦手だけれど、明るく元気に走り回るのが特徴的な結芽も、いつもたくさんの友人に囲まれている。

 一方で少し無理をすると、すぐに体調を崩したり発作を起こしたりする凛は、面倒に思われることが多く避けられることの方が多い。

 そんな凛の傍にいてくれるのは、いつだって凌空と結芽だけだったのだ。


(2人とも、本当に優しいんだな……)


 大好きなキャラクターは、どこまで素敵だった。

 そう思うと凛は非常に嬉しかったけれど、一方でそんな大好きな2人に迷惑をかけてばかりいる光景をたくさん見たのが気になった。

 発作が起きた時も、具合が悪くなった時も、2人は必ず凛に寄り添ってくれている。

 そうして何かと面倒をかけてしまっている所為かもしれない。

 凛は2人にとって、同級生の幼馴染、というよりは妹といった感じのようである。

 特に凌空は、ことあるごとに凛のことを『手のかかる妹』と称していた。

 結芽は凌空ほど頻繁ではないものの、稀に凛のことを『かわいい妹』などと言っている。

 そうして、2人とも、いつしか凛の面倒を見るのが当たり前となった、過保護な幼馴染になってしまったようだ。


 凛が最も気になったのは、今の高校に進学するに至る経緯だった。

 凌空も結芽も、もちろん凛も、凛が漫画で読んだのと同じ高校に通っている。

 だが、ここではその高校に通うきっかけとなったのは、他でもない凛だったのだ。


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