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第6話


「ね、今度の休み、みんなで映画見に行かない?」


 チケットを差し出し、結芽は凌空と凛に問いかけた。


「ほら、この映画、凛がずっと見たいって言ってたでしょ?」

「ああ、言ってた言ってた」


 そう言われると、凛の中にもその光景が自然と浮かぶ。

 受験の前から映画の情報が流れており、公開日は高校入学後。

 無事みんなで合格し、高校に入学できたら、みんなで見に行きたいと凛は2人に言っていたようである。


(このタイトル、どこかで見たような……)


 差し出されたチケットに書かれたタイトルを見て、凛はそう思う。

 この身体の記憶のせいかもしれないとも思うけれど、なんだかそれだけでもないような気もした。


「いいけど、私が見たい映画でいいの?」


 正直、今の凛はその映画の内容まで、把握しきれてはいないけれど。

 聞いた限りは、あくまで凛が行きたいと言った映画である。

 それなのに、結芽はチケットまで用意して、凛と凌空を誘ってくれている。

 この場合、チケットを用意すべきなのは、凛なのではないかという気がしてならないのだ。


「いいの。ただ、その代わりといってはなんだけど……その、悠も、誘ってみてもいい、かな?」


 突然頬を赤らめ、もごもごとした口調になりながら、結芽は凌空と凛にお伺いを立てる。


(思い出した、これ、原作に出てきたやつだ……)


 結芽の一言で、凛は漫画を思い出した。

 それははじめて、結芽が悠と一緒に出掛けるエピソード。

 とはいえ、それまで同じ部活の部員同士という接点しかない結芽は、いきなり二人きりで出かけるという勇気はなく、凌空に頼み込んで3人で映画を見に行くのだ。


(あの時、3人が見た映画のタイトルと同じ……)


 それが、ずっと凛が見たいと言っていた映画のタイトルだというのは、若干腑に落ちないけれど。

 やはり創作の世界なのだから、と深くは気にしないことにした。


「ふーん、つまり、俺たちをだしにしようってわけか」

「え?そうじゃなくて、凛も見たがってた映画だし、その、ちょうどいいかなって、その……」

「ま、いいじゃん。行こうぜ凛、せっかく結芽がおごってくれるんだし、な?」


 そういうと凌空は差し出された2枚のチケットを結芽から受け取り、そのうちの1枚を凛に差し出した。


(そりゃあ、凌空は断るわけないか)


 原作でも、結芽への想いを自覚した上で、結芽の恋への協力を惜しまなかった人物だ。

 今もこうして、結芽の味方となり、凛を誘っている。


「あ、チケット代は、私、自分で……」

「いいのっ、ただ、来てくれるだけで、いいからっ!お願い!」

「わ、そんなに頭下げないで!そんなことされなくても、見たい映画だし、ちゃんと行くから」


 両手をあわせ、拝み倒すかのような結芽の仕草に凛は慌てた。

 できれば2人の距離が縮まるようなエピソードは阻止したかったけれど、こんな結芽を見てしまっては断れなかった。


(映画で、凌空との距離が縮まるようにすればいいだけだもんね)


 そう思い、凛は凌空からチケットを受け取る。

 その後、結芽に誘われた悠も当然チケットを受け取ったようで、休日に4人で映画へ行くことが決まったのだった。






 家から映画館までの道のりが全く同じになる3人とは違い、悠は当然全く別の方角から映画館へ来ることになる。

 そのため、待ち合わせ場所は映画館のすぐ傍にしてあった。

 どうやら凛たちが先に着いたようで、悠の姿はまだ見えない。

 きょろきょろと悠を探している結芽を余所に、凛は凌空を見上げる。


「凌空はこの映画でよかったの?」


 せっかく映画館まで来たのなら、他に気になる映画もあったりするんじゃないだろうか。

 凛はそう思ったのだけれど、凌空には思いのほか不満はなさそうだった。


「ああ、タダで見れるし。それに、凛が騒いでたから気にはなってたしな」

「わ、私、そんなに騒いでた、かな?」

「騒いでた。だから、どのみち一緒に来ようとは、俺も思ってたんだ」


 凛が見たいと言えば、結芽も凌空も当然のように一緒に見ようと考えてくれるようだ。


(結芽だって、自分が見たい映画でもよかったし、悠が興味ありそうな映画でもよかったんだよね)


 後者は、現在の結芽がそもそも把握できていないかもしれないけれど。


(2人とも本当にいい幼馴染だな……)


 それに、妹のように扱われているせいだろうか。

 だんだんと凛も、2人が兄と姉のように思えてくるような気がした。




「あ、悠、こっち、こっちだよ!」


 凛たちの到着から数分後、ようやく悠の姿が見えたのを確認し、結芽がぶんぶんと手を振って大声で声をかける。

 それは非常に目立つ行為で、案の定周囲からの視線を集めることとなり、凌空は少々顔を顰めたけれど、おかげで無事に悠と合流することができた。


「ごめん、待たせたね」

「ううん、大丈夫。私たちも今来たとこだし、待ち合わせ時間にも、まだ余裕あるし」


 凛たちも、悠も、約束の時間よりも早い到着だった。

 だから、結芽は顔を赤らめながら、気にしないで、と何度も悠に訴えていた。


(私はまだ、悠と接点ないんだよね)


 結芽は出会ったときにも言葉を交わしているし、部活でマネージャーとしても言葉を交わしている。

 凌空は同じ部員同士、バスケを通じて会話をしている。

 だが、記憶をどれだけ辿ってみても、凛には悠と言葉を交わしたことはなさそうだった。

 部活が同じであっても、凛は結芽のように部員たちと積極的に関わるような仕事は全くしていない。

 なので、今日は初対面も同然だった。

 どう接するのがいいのか、声をかけるべきなのか、迷いながら悠を見つめていると、悠と目があってしまう。

 すると、悠がふわりと笑みを見せた。


「今日、よろしくね」

「あ、うん。よろしく……」


 声をかけられたことに驚きながらも、凛はなんとか言葉を返す。

 同時にぐいっと腕を引っ張られる感覚を覚える。


「え?凌空?」

「ほら、早く中に入ろうぜ」


 そう言うと、凌空は凛の手を引いて、すたすたと映画館の中へ歩いて行く。

 凛はただ、引き摺られるようについて行くしかなかった。


(これ、ひょっとして、結芽と悠を二人っきりにするため……?)


 先手を取られてしまった、と凛は思った。

 凛はこの場で、できることなら凌空と結芽を二人っきりにして、2人の距離を縮めたいと思っているのに。

 このままいくと、凌空によってどんどん結芽と悠から引き離されてしまいそうである。


(私だって、負けないんだからっ)


 凛はそう意気込んではみたものの、現実はそう上手くはいかないようである。


 ジュースやポップコーンを買い、映画が上映されるシアターに入ると、真ん中の方がよく見えるからと真ん中に結芽と凛という女子2人が座ることになった。

 そして、凌空が当然のように凛の隣に座り、それによって悠は結芽の隣になる。

 結芽と凌空を隣同士に座らせたくて、凌空に席の交換を申し出てみたりもしたけれど、凌空は凛が見たかった映画なのだからと応じることはなかった。

 凌空は、どこまでも結芽に協力的だ。

 そんな状況で、どうにか凌空と結芽をくっつける、というのは当初凛が考えていたよりもはるかに大変そうだと、この瞬間凛は思い知ったのだった。


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