私は走る。
煮えたぎるような闇の中を。
手にした得物を振るい、群がる敵を打ち砕きながら。
全身に浴びるのは、生臭い返り血。
そして、ふと、考える。
敵、とは何だ?
私が倒さなければならない、敵とは?
……決まっている。
やつだ。
白衣の魔術師――、マクバ。
私に世界の唯一の理解者と偽って近づいた偽善者。
やつは目の前で私の母を焼き殺し、私を、文字通りの怪物へと変えた。
一瞬でも白衣の魔術師に心を許した者は、その魂を鷲づかみにされる。
そして、全てを奪い取られる。
残るのは消えない苦痛と悲しみ、そして、己を呪う心のみ。
しかし、やつの囁きは、天界の小鳥のさえずりにも似て、優しく甘美だ。
故に、この世界には満ち溢れている。
やつに惑わされ、身も心も闇に堕ちた者たちで。
そう、この私がそうであるように。
と――、眼前を遮る闇が大波のようにうねり、私を包み込もうと襲いかかってくる。
そして、私は闇の中に、見た。
年老い、疲れ切った男の顔を。
恋人に見捨てられ、嫉妬に狂った若い女の顔を。
親に虐げられ、怯えきった幼い子どもの顔を。
家臣に裏切られ、怨念に歪んだ貴族の死に顔を。
顔、顔、顔、顔……。
闇はいくつもの顔を持っていた。
泣き叫び、怒り狂い、そして嘲りの笑い声をあげながら闇は、私を一飲みにしようとする。
闇に向かい、私は吠えた。
それが唯一、正気を保つ方法だった。
それから、稲妻の如き素早さで闇の抱擁を避け、手にした得物で切り裂く。
引き裂かれた闇の中から、いつか聞いたあの声が蘇ってくる。
――追いつけるものなら追いついてごらんなさい。
黙れ!
――今のあなたでは決して私を捕えることなどできない。
黙れ、黙れ!
胸の中にどす黒い炎が燃えあがり、私は叫ぶ。
逃がさない。
私はお前を許さない。
お前を滅ぼすためなら、私はどこにでも行く。
そう、どこへでも、だ。
「……受け入れるのです。本当の、本来あるべきあなた自身の姿を」
耳元で声がした。
そこにいたのか。ずっとそこにいたと言うのか。
私は叫んだ。叫び続けた。
「私は人間だ!」
二十年余りの生涯に渡って何度も口にしてきた言葉を叫ぶ。
「私は人間だ! 私は人間だ!」
「人間だからこそ、闇に墜ちるのです」
魔術師の声に低い笑いが加わる。
「そう、この世界の全ては闇に墜ちゆく……」