それから――、何時間、歩き続けただろうか?
死のような静寂に支配されたオアシスを跡にして、波が砂を洗う浜辺にヴァロフェスが辿り着いた時、周囲には夜の帳が下りていた。
「…………」
無言のまま、ヴァロフェスは海に視線を向ける。
黒く染まった波間を一艘の大きな商船が進んでいるが見えた。
それと同時、その船の方角から、血と泥を混ぜ合わせたかのような異臭が漂ってくる。
《叫ぶ者》だ。あの船の中に《叫ぶ者》がいる。
絶対に逃がしはしない。
一匹たりとも残さない。
必ず皆殺しにする。
掌に爪が喰い込むほど、固く拳を握りしめた時――、
「……?」
ふと、誰かに名を呼ばれたような気がして、ヴァロフェスは振り返った。
そして、砂漠の向こうに見える光景に瞳を大きく見開く。
漆黒の夜空に向けて、眩い光の柱が立ち昇っていた。
それは清浄な光を放つ、不思議な球体が寄り集まったものだった。
それらは何かに導かれるようにして、ゆっくり、ゆっくりと上昇してゆく。
それはまるで天に還ろうとする雪のようだった。
「ミーシャ……」
微かに震える声でヴァロフェスは呟く。
「結局、私は一人、取り残される運命にあるらしいな」
――死を請うのは、最期の最期まで生き抜く苦難に挑み続けた勇者だけに許された行為だ
「ああ、分かっている」
脳裏に蘇った少女の真摯な言葉にヴァロフェスは苦笑する。
「その資格は、まだ、私にはない」
再び、歩き始めた仮面の少年。
彼を迎え撃つように生温かい風が吹きつける。
目には見えない何かが、狂ったように嘲笑い、こう、囁いた。
ようこそ、闇へ――。
(了)