「マジ、今日のプリ、盛れたんだけどー!」
渋谷の喧騒の中、愛内ユキナ(あいうち ゆきな)はスマホの画面を親友のミカに見せびらかしていた。
金髪に染めたロングヘアをサイドで結び、目の周りはガッツリ黒のアイラインとつけまつげで強調。
制服のスカートは限界まで短く詰められ、足元はルーズソックスと厚底ローファー。
典型的な、というか、もはやテンプレとも言えるギャルスタイルのユキナは、流行りのフィルター加工された自分の写真にご満悦だった。
「ほんとだー。ユキナ、今日イチ可愛いじゃん!」
「っしょー? やっぱこのカラコン、当たりだわー」
キャッキャとはしゃぐ二人。
学校帰りにゲーセンでプリを撮り、これからカフェでお茶するのがお決まりのコースだ。
「つーか、今日、数学の小テスト、マジやばかったんだけど」
「それなー。赤点回避、ワンチャンあるかな?」
「無理っしょ。てか、勉強とかマジ意味不だし。将来、微分積分とか使わなくね?」
「使わんわー。それより推しの新曲、聴いた?」
「聴いた聴いた! 今回も神ってたー!」
他愛もない会話をしながら、人混みをかき分けて歩く。
スクランブル交差点の信号が青に変わり、巨大な波のように人々が動き出す。
ユキナもミカも、その流れに乗って歩き出した、その瞬間だった。
―――ピカッ!
「え?」
目の前が真っ白になるほどの強烈な光。
思わず目を閉じたユキナ。
次の瞬間、足元の感覚が消え、体が宙に浮くような、あるいは落下するような奇妙な感覚に襲われた。
「ちょ、な…!?」
悲鳴を上げる間もなかった。
意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、ミカの驚いたような声だったか、それとも渋谷の喧騒だったか…。
気がつくと、ユキナは見慣れない場所に立っていた。
「……は?」
さっきまでの喧騒が嘘のように静かだ。
目の前には、石畳の道と、レンガ造りの建物が並んでいる。
行き交う人々は、まるで中世ヨーロッパの映画に出てくるような服装をしている。
麻や革で作られたであろう簡素な服、腰に剣を差した屈強な男、フードを目深にかぶった怪しげな人物…。
「え、なにこれ。ドッキリ?」
キョロキョロと辺りを見回す。
さっきまで隣にいたはずのミカの姿はない。
スマホを取り出そうとして、ポケットを探るが、スマホがない。
それどころか、さっきまで持っていたスクールバッグごと消えている。
代わりに、腰にはなぜか小さな革製のポーチがぶら下がっていた。
「はぁ!? バッグどこいったん!? てか、スマホないとマジ無理なんだけど!」
パニックになりかけるユキナ。
しかし、彼女のメンタルは、良くも悪くも鋼でできていた。
いや、鋼というより、反発性の高いゴムに近いかもしれない。
「…ま、いっか。なんかウケるし」
数秒後にはケロリとして、状況を楽しもうとし始めている。
持ち前のポジティブさ、悪く言えば脳天気さが、早くも異世界でその片鱗を見せていた。
「ここ、どこだろ。テーマパーク的な? にしちゃ、リアルすぎじゃね?」
独り言を呟きながら歩き出す。
すれ違う人々は、ユキナの奇抜な服装(この世界基準では)と、金髪をジロジロと見てくる。
中には、ヒソヒソと何かを話している者もいる。
「ちょ、何見てんだし。ギャル、初めて見た?」
メンチを切りそうになるのを、ぐっとこらえる。
郷に入っては郷に従え、という諺は知らないユキナだが、「とりあえずヤバそうなやつには絡まない」という生存本能は働いていた。
とその時、目の前に半透明のウィンドウのようなものが現れた。
「うおっ!?」
【愛内 ユキナ(ゆきぽよ)】
種族:人間(転移者)
レベル:1
HP:150/150
MP:30/30
職業:なし
スキル:
・身体強化 極(SS)
・言語理解(固有)
「……はにゃ?」
ウィンドウに表示された文字を、ユキナはなぜか読むことができた。
たぶん、「言語理解」ってやつの効果だろう。
内容はさっぱり理解できないが。
「ステータス? ゲームとかで見るやつじゃん。ウケる」
レベル1。
HPとかMPとか、低いのか高いのかも分からない。
職業なし。
まあ、そりゃそうだ。
昨日までJK(女子高生)だったのだから。
「で、スキル? しんたいきょーか…ごく? SS?」
読み方は分からないが、なんだか凄そうな字面だ。
SSランクというのが、どれくらい凄いのかは見当もつかないが、「極」というからには、きっとMAX的なやつだろうと、ユキナは解釈した。
「ま、よく分かんないけど、なんか強そーじゃん? ラッキー!」
深く考えないのがユキナの良いところだ。
自分がとんでもないチート能力を手に入れた可能性など露ほども考えず、「なんか強くなれるっぽい? やったー!」くらいの認識である。
ウィンドウは、ユキナが意識を逸らすと、すっと消えた。
「とりあえず、腹減ったんだけど。なんか食べたい」
異世界に来て早々、ユキナの思考は食欲に向かっていた。
腰のポーチの中を探ってみる。
期待はしていなかったが、案の定、入っていたのは見慣れない銅貨が数枚だけだった。
「これ、使える金? てか、何が買えんの?」
途方に暮れていると、不意に背後から声をかけられた。
「おい、そこの小娘」
振り返ると、そこには見るからに柄の悪い、ガラの悪い男たちが三人立っていた。
汚れた革鎧、錆びた剣、そして下卑た笑み。
テンプレのようなチンピラである。
「なんだよ、アンタら」
ユキナは警戒心ゼロで、むしろ少し不機嫌そうに答えた。
空腹と、状況のよく分からなさが、彼女をイラつかせていた。
「その派手な格好、どこの国のモンだ? 見ねえ顔だな」
リーダー格らしき男が、値踏みするようにユキナの全身を見る。
特に、短いスカートと露出した足に、ねっとりとした視線を送っている。
「あ? ウチ? 日本のJKだけど。なんか文句あんの?」
「じゃぱん…? 聞いたことねえな。まあ、どこの田舎モンか知らねえが、ここは俺たちの縄張りだ。この街で好き勝手したいなら、それなりの『挨拶』ってもんが必要だろう?」
男がニヤリと笑い、他の二人も下品な笑い声を上げる。
明らかに、カツアゲ目的だ。
(うわ、ウザ…)
ユキナは内心で舌打ちした。
現代日本でも、たまにこういう輩に絡まれることはあった。
そういう時は、適当にあしらって逃げるか、友達と大声を出して追い払うのが常だったが、今は一人だ。
「金なら、これしかないけど」
ユキナはポーチから銅貨を数枚取り出して見せた。
「はっ! たったそんだけかよ。舐めてんのか?」
男は唾を吐き捨てた。
「じゃあ、体で払ってもらおうか? そのフリフリの服、高く売れそうだ」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
まずい、とユキナは思った。
こいつら、マジでヤバい奴らだ。
「さ、触んな!」
一人の男がユキナの腕を掴もうとした瞬間、ユキナは反射的にその手を振り払った。
その時だった。
自分でも意図しないほどの力で、男の手を弾き飛ばしてしまったのだ。
「ぐあっ!?」
腕を掴もうとした男は、まるで人形のように数メートル後方に吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「「!?」」
残りの二人も、そしてユキナ自身も、目の前の出来事が信じられずに固まる。
「え…? 今の、ウチ…?」
自分の手を見つめるユキナ。
ただ振り払っただけのはずなのに、とんでもないパワーが出てしまった。
これが、もしかして…。
(スキル…『身体強化 極』ってやつ!?)
ユキナの脳裏に、さっき見たステータスウィンドウがよぎる。
SSランク。極。
その意味を、ユキナは身をもって理解した。
「て、てめえ! 何しやがった!」
リーダー格の男が、恐怖よりも怒りが勝ったのか、剣を抜いてユキナに斬りかかってきた。
「やばっ!」
咄嗟に身をかがめるユキナ。
剣はユキナの頭上を空振りし、勢い余った男は前のめりになる。
その無防備な背中に、ユキナは思い切り蹴りを入れた。
「うおりゃあっ!」
ドゴォッ!!
鈍い音と共に、リーダー格の男は前のめりの勢いのまま、石畳に顔面から突っ込んだ。
ピクリとも動かない。
「ひぃぃっ!」
残った最後の一人は、完全に戦意を喪失し、腰を抜かしてへたり込んだ。
仲間二人が、一瞬で謎のギャルにノックアウトされたのだ。
無理もない。
「ちょ、マジウケるんだけど! ウチ、めっちゃ強くね!?」
ユキナは自分の拳を握ったり開いたりしながら、興奮気味に叫んだ。
恐怖よりも、手に入れた未知の力への好奇心と高揚感が勝っていた。
まさに、天真爛漫、おバカ、能天気。
「な、何事だ!?」
騒ぎを聞きつけて、屈強な鎧姿の衛兵らしき男たちが駆けつけてきた。
地面に伸びるチンピラ二人と、腰を抜かしている一人、そしてその中心で興奮冷めやらぬといった様子の派手な少女。
状況は一目瞭然だった。
「君がやったのか?」
衛兵の一人が、警戒しながらもユキナに問いかける。
「え? あ、うん、なんか絡んできたから、バーンってやったら、ドーンって」
ユキナは擬音を多用して、状況を説明しようとするが、全く伝わらない。
しかし、衛兵たちはチンピラたちの悪行を知っていたのか、それ以上ユキナを追及する様子はない。
「ふむ…腕は確かなようだな。見たところ、冒険者のようでもないが…」
別の衛兵が、ユキナの腰のポーチや服装を見て呟く。
「冒険者?」
聞き慣れない言葉に、ユキナは首を傾げる。
「君、名前は? この街は初めてか?」
「ウチ? 愛内ユキナ! 日本から来たの。冒険者って何? バイト?」
「にほん…? やはり聞いたことがないな。まあいい、詳しい話はギルドで聞こう。ついてきなさい」
「ギルド? なにそれ、おいしいの?」
ユキナはキョトンとした顔で、衛兵たちについていく。
空腹であることは変わらなかったが、それ以上に、これから何が起こるのかというワクワク感が勝っていた。
こうして、現代日本から迷い込んだギャル、愛内ユキナの、異世界での波乱万丈(で、おバカ)な冒険が、今、幕を開けたのだった。
彼女が持つ規格外のスキル『身体強化 極』が、この世界にどんな騒動を巻き起こすのか、まだ誰も知らない。
もちろん、ユキナ本人も。
(なんか、面白くなってきたじゃん!)