衛兵さんに連れられて、石畳の道を歩くあたし、愛内ユキナ、こと「ゆきぽよ」。
さっきチンピラをバーンってやった興奮がまだちょっと残ってる。
「てかさー、この街、マジでウケるんですけど」
周りの建物はレンガとか石でできてて、なんか古臭い感じ。
歩いてる人たちも、麻? みたいなゴワゴワした服ばっかだし。
たまに鎧着たゴツい男の人とかいて、コスプレ? って聞きたくなる。
「あれ、馬車じゃん! やばー! リアルおとぎ話じゃん!」
パカパカ音を立てて通り過ぎる馬車に、思わずテンションが上がる。
日本じゃ絶対見れない光景だ。
「ここ、ホントに日本じゃないんだ…」
今更ながら、自分がマジで異世界に来ちゃったんだって実感が湧いてきた。
ミカ、どうしてるかな…。
ママやパパは心配してるかな…。
ちょっとだけ、ホームシックになりかける。
(…いやいや、湿っぽいのはナシっしょ!)
すぐさま思考を切り替える。
だって、せっかく異世界に来たんだもん。
楽しまなきゃ損じゃん?
それに、なんかウチ、めっちゃ強くなってるっぽいし!
「着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ」
衛兵さんの声で、前を見ると、ひときわ大きな木造の建物があった。
デカい木の扉には、なんか剣と盾みたいなマークが彫ってある。
看板には「冒険者ギルド」って書いてあるけど、あたしにも読める。
「言語理解」スキル、マジ便利。
「おー! なんかカッケー!」
中に入ると、そこは酒場みたいな雰囲気だった。
木のカウンターがあって、奥には屈強そうな男の人や、軽装だけど目つきの鋭い女の人とか、色んな人がワイワイガヤガヤしてる。
壁には、なんか紙がいっぱい貼ってある。
あれが依頼ってやつかな?
「うわ、むさっ…てか、酒臭っ!」
むわっとした熱気と、汗と、お酒の匂いが混じった独特の空気に、思わず顔をしかめる。
渋谷のクラブとかとは全然違う、もっとワイルドな感じ。
「エリアナさん、いるか? ちょっと訳アリの新人なんだが」
衛兵さんがカウンターに向かって声をかけると、奥から一人の女の人が出てきた。
年はあたしよりちょっと上、二十歳くらいかな?
茶色い髪をポニーテールにしてて、キリッとした美人さん。
ギルドの制服っぽい、動きやすそうな服を着ている。
「はい、お疲れ様です。訳アリ…ですか?」
受付嬢のエリアナさんは、あたしを見て、ちょっと眉をひそめた。
まあ、そうだよね。
金髪、ミニスカ、厚底ローファーのギャルが、こんなとこにいたら浮きまくりだもん。
「この子が、さっき街で絡まれてたチンピラどもを一人で…その、伸してしまってな」
「え?」
エリアナさんの目が、ちょっと見開かれる。
「あたし、愛内ユキナ! ゆきぽよって呼んで! 日本から来たの! よろしくぅ!」
とりあえず、元気よく自己紹介してみる。
ギャルの基本は、まず挨拶っしょ。
「あ、はい…エリアナと申します。ゆきぽよ…さん? 日本、というのはどちらの国でしょうか…?」
エリアナさんは、丁寧だけど困惑した様子で聞き返してくる。
「だから、ニッポン! JKの聖地!」
「じぇーけー…?」
全然、話が通じない。
異世界、マジぱねぇ。
「まあ、細かいことは後で聞くとして、まずはステータスを確認させてもらっても?」
衛兵さんが助け舟を出してくれた。
ステータス? ああ、さっき見たやつか。
「はい、もちろんです。ゆきぽよさん、こちらの水晶に手をかざしてください」
エリアナさんがカウンターに置かれた、バレーボールくらいの大きさの水晶玉を示す。
「え、これ? なんか占いみたいじゃん。ウケる」
言われるがままに、水晶玉にそっと手をかざす。
ネイル、剥げてないといいけど。
すると、水晶玉がぼんやりと光り始めて、その表面に文字が浮かび上がった。
【愛内 ユキナ(ゆきぽよ)】
種族:人間(転移者)
レベル:1
HP:150/150
MP:30/30
職業:なし
スキル:
・身体強化 極(SS)
・言語理解(固有)
「ふむ…レベル1、職業なし。転移者というのは…まあ、時々いますからね。スキルは…言語理解と…」
エリアナさんは淡々と読み上げていたが、最後のスキル名を見た瞬間、息を呑んだ。
「し、身体強化…『極』!? しかも、SSランクですって!?」
さっきまでの落ち着いた態度が嘘のように、エリアナさんが素っ頓狂な声を上げる。
その声に、周りで飲んだくれてた冒険者たちも、何事かとこちらに注目し始めた。
「え、SSってそんなヤバいの?」
あたしがキョトンとして聞くと、エリアナさんは興奮気味に早口で説明し始めた。
「ヤバいどころではありません! SSランクのスキルなんて、世界でも数えるほどしか確認されていないんですよ! それに『極』が付くなんて…伝説級です! 通常、身体強化スキルはランクが上がっても、単純な筋力や耐久力の上昇ですが、『極』は…その、あらゆる身体能力が規格外に跳ね上がると言われています! まさに一騎当千、神話の英雄クラスの潜在能力です!」
「へー、そーなんだー。よく分かんないけど、すごそー」
説明が長くて、正直、右から左へ受け流してた。
要するに、めちゃくちゃ強いってことっしょ?
さっきチンピラを吹っ飛ばせたのも、納得だわ。
「あの、ゆきぽよさん! もしよろしければ、冒険者になりませんか!?」
エリアナさんが、ぐいっと身を乗り出して迫ってくる。
目がマジだ。
「冒険者? バイトみたいなもん?」
「ええ、まあ、依頼を受けて報酬を得る仕事ですから、ある意味ではそうですね。でも、あなたのその力があれば、多くの人を助けられますし、何より、この世界で生きていくための糧を得ることができます! その力、持て余しておくのはもったいないです!」
「ふーん…」
人を助けるとか、正直あんまピンとこないけど、「生きていくための糧」ってのは重要だ。
だって、あたし、今、マジで無一文だし。
この銅貨数枚じゃ、今日の晩飯も怪しい。
「時給いくら?」
「じ、時給制ではありませんが…依頼内容によっては、かなりの高収入が期待できますよ! 特にSSスキル持ちのあなたなら!」
「マジ? じゃあ、やるやるー!」
なんか面白そうだし、お金稼げるならいっか!
軽いノリで、あたしは冒険者になることを決めた。
「ありがとうございます! では、こちらの登録用紙に…って、文字は書けますか?」
「任せて! 漢字はちょっと苦手だけど、ひらがなカタカナなら余裕だし!」
「…でしたら、私が代筆しますので、お名前や特徴などを教えていただけますか?」
(あ、書けない前提だったのね…)
ちょっとだけ凹んだけど、まあ、異世界だし仕方ない。
エリアナさんに言われるがまま、名前とか(金髪とか、ギャルとか?)を伝えて、登録はあっさり完了した。
ギルドカードっていう、身分証みたいなプレートも貰った。
ランクは一番下のDからスタートらしい。
「通常、Dランク冒険者には簡単な薬草採取や、ゴブリンの討伐などの依頼から受けていただくのですが…」
エリアナさんが、ちょっと言いにくそうにする。
「ゆきぽよさんの場合、そのスキルがありますからね…。参考までに、少しだけ力を見せていただけますか?」
「えー、めんどい」
「そこをなんとか! 例えば、あちらにある訓練用の重りを持ち上げてみるとか…」
エリアナさんが指さしたのは、部屋の隅に置かれた、見るからに重そうな鉄の塊。
たぶん、100キロくらいありそう。
「あれ? ふーん」
あたしはカウンターからひょいと降りて、重りのところに歩いていく。
周りの冒険者たちが、好奇と侮りの目で見てるのが分かる。
「あんなヒョロい嬢ちゃんに、持ち上げられるわけねえだろ」って顔に書いてある。
(なんか、ムカつくんですけど)
あたしは、よいしょ、って感じで、鉄の塊を片手でひょいっと持ち上げた。
「………は?」
「「「…………え?」」」
ギルドの中が、水を打ったように静まり返る。
エリアナさんも、衛兵さんも、周りの冒険者たちも、全員が口をあんぐり開けて固まってる。
「え、こんなもん? もっと重いのないの?」
あたしはキョトンとして、軽々と持ち上げた重りを肩に乗せてみる。
全然、重さを感じない。
これが「身体強化 極」? マジやば。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
なんか、めっちゃ見られてるんですけど。
気まずい…。
「…ぷっ、あはははは! こりゃすげえや! 面白い嬢ちゃんが入ってきたもんだ!」
最初に沈黙を破ったのは、カウンターで一番デカいジョッキを呷っていた、斧を持った髭面のオッサンだった。
その声を皮切りに、ギルドの中が再びざわめき出す。
今度は、さっきまでの侮りじゃなくて、驚きと、ちょっとした畏敬みたいな視線を感じる。
「…と、とにかく! ゆきぽよさんの実力はよく分かりました! Dランクからですが、すぐに昇格できるでしょう!」
エリアナさんが、咳払いをして仕切り直す。
「当面の目標は、まず装備を整えることと、宿を見つけることですね。この街には冒険者向けの宿屋もいくつかあります。そのためにも、まずは依頼を受けて報酬を得る必要があります」
「おっけー! とりあえず、金稼げばいんでしょ? 楽勝じゃん!」
あたしは重りをポイッと元の場所に戻して、カウンターに戻った。
「それで、どんな依頼があんの? 一番ギャラいいやつ、ちょーだい!」
自信満々で依頼ボードを見る。
薬草採取、ゴブリン討伐、荷物運び…。
なんか、地味なやつばっかじゃん。
「えー、マジでウチがゴブリンとか倒すのー? キモくなーい?」
ちょっとテンションが下がる。
もっとこう、ドラゴン退治とか、魔王討伐とか、そういう派手なやつはないわけ?
「まずはDランク相当の依頼からお願いします! いきなり高難易度は危険です!」
エリアナさんに釘を刺される。
ちぇー。
「じゃあ、それでいーよ。ゴブリン? とかいうやつ、ボコってくればいんでしょ?」
あたしは一番近くにあった「ゴブリン討伐(推奨ランクD)」の依頼書をひっぺがした。
「ちょ、ゆきぽよさん! 説明を…!」
エリアナさんの制止も聞かず、あたしはギルドカードと依頼書を手に、意気揚々とギルドを飛び出した。
「んじゃ、ちょっくら稼いでくるわー!」
目的地も、ゴブリンがどんな姿なのかも、よく分かってないけど。
まあ、なんとかなるっしょ!
だって、あたし、最強っぽいし!
異世界での初バイト(?)、ゴブリン討伐。
ゆきぽよの冒険は、早くも前途多難…いや、波乱の予感しかないスタートを切ったのだった