「んじゃ、ちょっくら稼いでくるわー!」
勢いよく冒険者ギルドを飛び出したはいいけど。
「……で?」
あたし、ゆきぽよは、ギルド前の道端で完全に停止した。
「ゴブリンって、どこにいんの?」
依頼書をひらひらさせながら、キョロキョロと辺りを見回す。
さっきのエリアナさんの説明、完全にスルーしてたわ。
だって、なんかテンパってたし、早く金稼ぎたかったし。
「あー、もう! 分かんないんだけど!」
その辺の人に聞けばいっか。
ちょうど目の前を、おとなしそうな町娘風の女の子が通りかかった。
「ねーねー、そこの子!」
あたしは満面のギャルスマイル(のつもり)で声をかけた。
「ゴブリンとかいうキモいの、どこ行けば会える感じ?」
「ひっ!?」
女の子は、あたしの姿と口調にビクッとして、顔を引きつらせた。
「ご、ごめんなさいっ!」
ダダダッと、すごい勢いで走り去ってしまった。
「はぁ!? なんなん、今の態度! マジ失礼じゃね!?」
別に取って食おうってわけじゃないのに。
異世界の人、コミュ力低すぎん?
「困ったなー。これじゃ、ラチがあかないんですけど」
腕を組んで悩んでいると、後ろから野太い声がかかった。
「よう、嬢ちゃん。威勢よく飛び出したはいいが、早速迷子か?」
振り返ると、そこに立っていたのは、さっきギルドで一番デカいジョッキを持ってた髭面のオッサンだった。
年季の入った革鎧に、腰にはデカい斧。
いかにもベテラン冒険者って感じ。
「うわ、オッサンじゃん。なんか用?」
あたしは、ちょっと警戒しながら答える。
まあ、悪い人じゃなさそうだけど。
「ゴブリン討伐に行くんだろ? 場所も知らんでどうするつもりだったんだ」
オッサンは、呆れたように笑いながら言った。
「うるさいなー。なんとかなるって思ったんだよ!」
「はっはっは! その威勢や良し! だが、冒険ってのは、勢いだけじゃどうにもならんこともあるぞ」
オッサンは、あたしが持っている依頼書をチラリと見る。
「ちょうど俺も、その先の森に用があってな。ゴブリンの巣がある場所までなら、案内してやってもいいぜ」
「え、マジで?」
渡りに船! ってやつ?
正直、マジで助かる。
「ただし、タダとは言わんぞ。ゴブリン討伐を手伝って、報酬が出たら一杯奢れや」
オッサンはニカッと笑って言った。
「はぁ? なんでウチがオッサンに奢んなきゃなんないわけ?」
「まあ、そう言うなや。道案内と、いざという時の助太刀代だと思えば安いもんだろ?」
「うーん…」
確かに、このままじゃゴブリンに会うことすらできないし。
仕方ないか。
「いーよ、別に。一杯くらい奢ってやるし」
「よし、話は決まりだな! 俺はゴルドーだ。ランクはB。しがない傭兵崩れの冒険者よ」
「あたしはゆきぽよ! Dランク! よろしくー、ゴルドーさん」
こうして、あたしはゴルドーさんと一緒に、ゴブリンがいるっていう森に向かうことになった。
街の門を出て、しばらく街道を歩く。
景色はのどかで、天気もいいけど、正直、歩くのダルい。
「てか、遠くない? まだ着かないわけ?」
「もう少しだ。ったく、近頃の若いモンは根気がねえな」
ゴルドーさんは、あたしのブーイングを軽くいなす。
「つーか、ゴブリンってどんなんなの? やっぱキモい系?」
「ああ、そりゃあな。緑色の小鬼で、汚らしい格好して、臭え。性格も悪けりゃ、頭も悪い。だが、数が多いと厄介だぞ。油断するなよ、嬢ちゃん」
「へー。まあ、ウチ、最強だから余裕っしょ」
「はっはっは! その自信、頼もしい限りだ」
ゴルドーさんは、あたしのビッグマウスを笑い飛ばす。
たぶん、本気にしてないんだろうな。
まあ、見てれば分かるっしょ。
しばらく歩くと、道が森の中へと入っていく。
木々が生い茂って、昼間なのにちょっと薄暗い。
ジメジメしてるし、虫とか飛んでるし、マジ最悪。
「着いたぜ。この辺りが、連中がよく出る場所だ」
ゴルドーさんが足を止め、辺りを警戒するように見回す。
「耳を澄ませてみろ。…聞こえるか?」
言われて、耳を澄ますと、確かに茂みの奥から、何か気味の悪い声が聞こえる。
ギャーギャー、キーキー、みたいな。
「うわ、マジでキモい声…」
「あれがゴブリンだ。行くぞ、嬢ちゃん。まずは俺が手本を見せ…」
ゴルドーさんが腰の斧に手をかけ、慎重に茂みに近づこうとした、その時。
「あー、もう! 早く終わらせて帰りたいんだけど!」
あたしは、待ちきれずに茂みに向かって走り出した。
だって、なんかもう、ダルかったんだもん。
「お、おい、嬢ちゃん! 待て!」
ゴルドーさんの焦った声が後ろから聞こえるけど、知らなーい。
茂みをかき分けると、視界が開けた。
そこには、焚き火を囲んで、5、6匹の緑色の小鬼がいた。
背は低くて、痩せこけてる。
ボロ布を纏ってて、手には粗末な棍棒とか石斧みたいなのを持ってる。
顔は、…うわ、マジでキモい。
豚みたいな鼻に、尖った耳、黄色くて濁った目。
「ギャ!? ニンゲンダ!」
あたしに気づいたゴブリンたちが、一斉に奇声を上げて立ち上がった。
「うっわ! キッッッモ!! 無理無理無理! 近寄んないで!」
想像以上のキモさに、あたしは本気でドン引きした。
生理的に無理なタイプ。
「ギャアアア!」
一番近くにいたゴブリンが、棍棒を振り上げて襲いかかってきた。
「うざっ!」
あたしは、その棍棒を片手でひょいと掴み取った。
「ギャ?」
ゴブリンが、あっけにとられた顔をする。
「こんなんで人殴ろうとか、ウケるんですけど!」
あたしは掴んだ棍棒ごとゴブリンを振り回し、遠心力を利用して、ブンッ! と投げ飛ばした。
「ギエピー!?」
投げられたゴブリンは、他のゴブリンたちを巻き込みながら、木に激突して、ぐったりと動かなくなった。
「「「ギャ…?」」」
残りのゴブリンたちは、何が起こったのか理解できない様子で、ポカーンとしている。
「はい、次!」
あたしは、近くに転がっていた手頃な石(といっても、結構デカい)を拾い上げると、それを砲丸投げみたいに、別のゴブリンに向かって投げつけた。
ズゴォッ!
鈍い音と共に、石はゴブリンの頭部にクリーンヒット。
ゴブリンは白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
「ヒイイイ!」
ここでようやく、残りのゴブリンたちは、あたしがヤバい存在だと気づいたらしい。
蜘蛛の子を散らすように、逃げ出そうとする。
「逃がすかよ!」
あたしは、逃げるゴブリンたちの背中に向かって、思い切り蹴りを入れたり、そこら辺の木の枝をへし折って投げつけたりした。
『身体強化 極』のおかげで、あたしの動きは超人的だ。
ゴブリンたちが、あたしから逃げられるわけがない。
数分後。
「…ふぅ。終わり?」
そこには、ピクリとも動かなくなったゴブリンの死体が、6つ転がっていた。
あたしは、息一つ切らしていない。
てか、準備運動にもなってない感じ。
「……」
茂みの影から、ゴルドーさんが呆然とした顔でこちらを見ていた。
腰の斧は、抜かれることなく、鞘に収まったままだ。
「…嬢ちゃん。お前、本当にDランクか?」
ゴルドーさんが、かすれた声で尋ねてきた。
「そーだよ。なんか文句あんの?」
「いや…文句というか…なんだ、その強さは…。まるで嵐だな…」
ゴルドーさんは、あたしと、転がるゴブリンの死体を見比べて、ため息をついた。
「まさか、素手で、一瞬でゴブリンの群れを壊滅させるとはな…。SSスキルの『極』持ちとは聞いていたが、これほどとは…」
「へへーん。すごいでしょ?」
褒められて(?)、ちょっと得意になる。
「で、これ、どーすんの? 依頼達成?」
あたしは転がるゴブリンの死体を指さす。
「ああ。討伐の証拠に、耳を切り取ってギルドに持って帰るんだ」
ゴルドーさんが、腰からナイフを取り出す。
「え゛!? 耳!? こんなキモいのの耳、切んの!? 無理無理無理! 菌とかヤバそうじゃん!」
あたしは全力で拒否する。
キモいゴブリンを倒すのはまだしも、その死体を触るとか、絶対無理!
「…ったく、仕方ねえな」
ゴルドーさんは、やれやれといった感じで、ゴブリンの耳を切り取り始めた。
その手際は、さすがベテランって感じ。
「ほらよ。6匹分だ。依頼達成だな」
切り取られた耳を革袋に入れながら、ゴルドーさんが言う。
「うぇー…グロいんですけど…」
あたしは顔をしかめる。
「ま、これで報酬ゲットだね! イエーイ!」
すぐに気を取り直して、ガッツポーズ。
だって、これで美味しいものが食べられる!
「…とんでもねえ嬢ちゃんを拾っちまったな…」
ゴルドーさんは、あたしの能天気さに、再び深いため息をつくのだった。
ギルドへの帰り道。
ゴルドーさんは、あたしの強さについて、根掘り葉掘り聞いてきたけど、あたしは「なんか知らんけど、こーなった」としか答えようがない。
だって、本当によく分かんないんだもん。
「とりあえず、奢りの一杯、期待してるぜ、嬢ちゃん」
「はいはい。分かってるってーの」
あたしは、初めての(異世界での)稼ぎで、何を食べようか考えながら、軽い足取りでギルドへと向かった。
初仕事、余裕だったし!
異世界、ちょろいかも!
…と、この時のゆきぽよは、まだ知らなかった。
ゴブリン討伐なんて、これから始まる波乱万丈な冒険の、ほんの序章に過ぎないということを。
そして、彼女の規格外の強さと性格が、この後、どれだけの騒動を巻き起こすことになるのかも…。