レイジボアのデカい牙を二本、肩に担いだあたし、ゆきぽよが冒険者ギルドの扉を開けると、昨日以上の注目が一斉に集まった。
「おい、見ろよ!」
「マジか…レイジボアの牙だ!」
「しかも二本!」
「あの新人のギャルが、本当に狩ってきたのか!?」
ギルド内にいた冒険者たちが、驚きと、ちょっと信じられないって感じの目で、あたしと肩の牙を交互に見ている。
ヒソヒソ話も、もう隠す気ないレベルで聞こえてくるし。
「はいはい、通りますよーっと」
あたしは、そんな視線をものともせず、カウンターに向かってズンズン歩く。
そして、エリアナさんの目の前のカウンターに、担いでいた牙をドスン! と置いた。
カウンターがミシッて音を立てた気がするけど、気のせいってことにしとこ。
「ただいまー! エリアナさん! 例のイノシシ、狩ってきたよー!」
あたしがニカッと笑いかけると、エリアナさんは、カウンターに置かれた巨大な牙と、あたしのケロッとした顔(もちろん無傷)を見比べて、完全に固まっていた。
口が、半開きになってる。
「………」
「おーい、エリアナさーん? 聞こえてるー?」
あたしが目の前で手を振ると、エリアナさんはハッと我に返った。
「あ…ゆ、ゆきぽよさん! お、お帰りなさい! こ、これは…本当に、レイジボアの牙…しかも、こんなに見事なものを二本も…! お怪我は!?」
「怪我? 全然ないけど? あ、でも、あのイノシシ、思ったより突進ヤバかったわー。ちょっとビックリした」
「ビックリした、で済むレベルでは…! あの、失礼ですが、本当にゆきぽよさんお一人で…?」
「そーだよ? 文句あんの?」
あたしがちょっとムッとすると、エリアナさんは慌てて首を横に振った。
「い、いえ! とんでもない! ただ、信じられないというか…その…」
エリアナさんが言葉に詰まっていると、後ろから聞き慣れた野太い声がした。
「よう、嬢ちゃん! またなんかデカいことやったみてえだな!」
振り返ると、そこにはニヤニヤ笑いのゴルドーさんが立っていた。
「あ、ゴルドーさん! ちわーっす!」
「ちわーっす、じゃねえよ。レイジボアの牙担いで凱旋たぁ、派手じゃねえか。昨日ゴブリン狩ったばっかの新人が、もうCランク級の魔獣を単独討伐か。ったく、末恐ろしいぜ」
ゴルドーさんは、呆れつつも、どこか面白そうだ。
「へへーん、すごいでしょ?」
「ああ、凄い凄い。そのうち、ドラゴンでも狩ってくるんじゃねえか?」
「ドラゴン! カッコいいじゃん! 狩れるかな!?」
「…冗談だよ、嬢ちゃん」
ゴルドーさんがため息をつく。
なんでよー。
エリアナさんは、あたしとゴルドーさんのやり取りを見て、少し落ち着きを取り戻したのか、テキパキと牙の検分を始めた。
「…損傷も少なく、見事な牙です。間違いなくレイジボアのものですね。依頼達成、おめでとうございます!」
そう言って、エリアナさんは報酬の銀貨をカウンターに並べた。
昨日より、明らかに枚数が多い!
「うおー! めっちゃあるじゃん! やったー!」
あたしは目を輝かせて、銀貨をポーチに詰め込む。
これで当分、ウマいもん食い放題! 宿代も心配なし!
「そして、ゆきぽよさん」
エリアナさんが、改まった口調で続ける。
「これだけの短期間で、ゴブリン討伐、そしてCランク相当のレイジボア単独討伐という功績。ギルドとしても、あなたの実力を正当に評価する必要があります。…ランクアップ査定を受けてみませんか?」
「ランクアップ査定?」
「はい。現在のDランクから、実力に見合ったランクへ昇格するためのテストです。これに合格すれば、より難易度の高い依頼が受けられるようになり、報酬も上がります」
「へー! やるやる! すぐできる?」
「ええ、希望があれば、すぐにでも手配します。査定内容は…そうですね、ゆきぽよさんの場合、通常の査定方法が適切かどうか…」
エリアナさんが少し考え込む。
「一番手っ取り早いのは、模擬戦だろうな」
ゴルドーさんが口を挟む。
「他の冒険者と手合わせすりゃ、実力は一目瞭然だろ」
「そうですね…。では、訓練場でBランク冒険者との模擬戦をお願いしましょうか。相手はこちらで手配します」
「おっけー! ボコればいいんでしょ?」
「あの、手加減はしてくださいね…? あくまで査定ですので…」
エリアナさんが、ちょっと心配そうに釘を刺す。
わかってるってーの。
あたしは、エリアナさんとゴルドーさん、そして野次馬の冒険者たち数人と一緒に、ギルドの裏手にある訓練場へ向かった。
結構広い土のグラウンドみたいな場所だ。
しばらく待っていると、査定相手のBランク冒険者がやってきた。
細身だけど、引き締まった体つきの剣士で、なんか自信満々な感じ。
銀髪のイケメン風だけど、あたしのタイプじゃないな。
「俺が相手だ。新人の女の子がレイジボアを倒したって聞いたが、どこまでやれるか見せてもらおうか」
男は、あたしのことをチラッと見て、フンと鼻で笑った。
完全に、ナメてる。
うわー、こういうタイプ、一番イラっとするんですけど。
「はい、始めてください!」
エリアナさんの合図で、模擬戦スタート。
「まずは様子見といくか。疾風剣!」
男が、なんかカッコつけた技名を叫びながら、素早い動きで切り込んできた!
剣が、ヒュン! と風を切る音を立てる。
確かに、速い!
「おっそ」
けど、あたしには、スローモーションに見える。
身体強化のおかげで、動体視力も上がってるっぽい。
あたしは、男の剣をひらりとかわし、カウンターでデコピンを放った。
もちろん、めちゃくちゃ手加減して。
指が触れるか触れないかくらいの、ソフトタッチで。
ピシッ!
「ぐふっ!?」
男は、短い悲鳴を上げて、白目を剥きながら、数メートル後ろに吹っ飛んで、地面に倒れた。
ピクリとも動かない。
「「「…………え?」」」
訓練場が、静寂に包まれる。
エリアナさんも、ゴルドーさんも、野次馬たちも、全員がポカーンとしてる。
「あ…あれ? やりすぎた?」
あたしは、自分の指先を見つめる。
デコピンだよ? しかも、超ソフトタッチの。
この人、弱すぎん?
「…い、一撃…だと…?」
「Bランクの『銀閃』が、デコピンで…?」
「うそだろ…」
野次馬たちが、ざわざわと囁き始める。
「…あのー、エリアナさん? これで、査定おっけー?」
あたしが聞くと、エリアナさんは、はっと我に返って、何度も頷いた。
「は、はい! じゅ、十分すぎます! ご、合格です!」
「やったー!」
あっさり合格! ちょろい!
あたしたちは、気絶したままのBランク冒険者を放置して、ギルドの事務所に戻った。
エリアナさんが、何やら書類に書き込んでいる。
「ゆきぽよさん。査定の結果、あなたの実力はBランク…いえ、正直に申し上げて、Aランクにも匹敵すると判断されました。しかし、規定上、一気に2ランク以上の昇格は前例が少なく…」
「ん? じゃあ、どーなんの?」
「ギルドマスターとも協議した結果、特例として、DランクからBランクへの昇格を認めます!」
エリアナさんが、新しいギルドカードを差し出してきた。
プレートの色が、前と違う! なんか、銀色っぽい!
「ゆきぽよさん、本日より、あなたはBランク冒険者です!」
「おおー! Bランク! なんか、カッケー!」
あたしは、新しいギルドカードを受け取って、まじまじと眺める。
正直、ランクとかあんま興味なかったけど、こうやって認められると、ちょっと嬉しいかも。
「Bランクおめでとう、嬢ちゃん! これで、受けられる依頼も増えるぞ」
ゴルドーさんが、あたしの肩をバンバン叩いて祝ってくれる。
「これで、もっと稼げるってこと!? やったー!」
やっぱ、そっちの方が嬉しい!
Bランクになったら、もっと報酬のいい依頼が受けられるはず!
「次はどんなヤバい依頼があんのー?」
あたしは、期待に目を輝かせながら、依頼ボード(Bランク以上用)を眺め始めた。
オークの集落討伐? ワイバーンの卵奪取? 迷宮探索?
なんか、めっちゃ面白そうな依頼がいっぱいあるじゃん!
「よし! 次は、これにしよっかなー!」
あたしの異世界冒険は、Bランク昇格っていう、新たなステージに突入した。
これから、もっともっと稼いで、もっともっとウマいもん食って、もっともっと面白いことするぞー!
周りの冒険者たちの、驚きと畏怖と、ちょっとの期待が入り混じった視線を感じながら、あたしは、次の冒険への期待に胸を膨らませるのだった。