Bランク冒険者になって数日。
あたし、ゆきぽよは、ギルドで受けられる依頼のランクが上がったことにウキウキしていた。
なんか、強そうな魔物討伐とか、宝探し系の依頼とか、面白そうなのがいっぱいある!
どれからやろっかなーって、依頼ボードを眺めるのが日課になってた。
でも、ここ数日、なんか街の雰囲気がザワついてる感じがする。
ギルドも、いつも以上に人が多くて、しかもみんな焦ってるっぽい。
「ちわーっす」
あたしがギルドに入ると、カウンターのエリアナさんが、目の下にクマを作りながら書類の山と格闘していた。
「あ、ゆきぽよさん…おはようございます…」
声も、なんか疲れてる。
「どしたの、エリアナさん。めっちゃ疲れてんじゃん。てか、ギルド、人多くね?」
「ええ…実はここ数日、街の周辺で低級魔物の目撃情報や被害報告が急増しているんです。ゴブリンや大型ネズミ、コボルトなんかが、普段は出てこないような場所にも現れて…」
「へー。なんかヤバそうじゃん?」
「ヤバいですよ! このまま数が増え続けると、スタンピード…魔物の大暴走が起こる可能性も否定できません。そうなったら、街が危険に晒されます…!」
エリアナさんが、深刻な顔で言う。
スタンピード? なんか聞いたことあるかも。
ゲームとかで。
ヤバいイベントって感じ?
「それで、みんな討伐依頼で出払ってるわけね」
「はい。でも、倒しても倒しても、次から次へと湧いてくるみたいで…根本的な原因を突き止めないと…」
その時、ギルドの奥から、険しい顔をした、いかにも偉そうなおじさん(たぶん、ギルドマスター?)が出てきて、壁に新しい依頼書を貼り出した。
ドン!
依頼書には、デカデカと「緊急依頼」って書いてある。
【緊急依頼:迷いの森 奥地 洞窟調査】
・内容:迷いの森の最深部にある洞窟の内部調査。魔物活性化の原因と目されるため、詳細を報告せよ。
・推奨ランク:B以上
・報酬:金貨5枚~(成果により変動)
・備考:洞窟内部は危険な魔物が多数生息している可能性あり。単独行動は非推奨。
「金貨5枚!?」
あたしの目が、報酬額に釘付けになる。
金貨だよ、金貨! 銀貨100枚分だっけ?
めっちゃ高額じゃん!
「洞窟調査…原因究明…なんか、面白そうじゃん!」
高額報酬と、なんかヤバそうな雰囲気に、あたしの好奇心がMAXになった。
「エリアナさん! これ、ウチ、行くわ!」
あたしは、依頼書をひっぺがして宣言した。
「ええっ!? ゆきぽよさん!? お、お待ちください! その洞窟は、かなり危険な場所だと聞いています! Bランクでも、熟練のパーティーでなければ…!」
エリアナさんが、慌てて止めようとしてくる。
「だいじょぶだって! ウチ、強いし!」
「そういう問題では…!」
エリアナさんが困り果てていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「おいおい、嬢ちゃん。その依頼書、まさか受ける気じゃねえだろうな?」
振り返ると、ゴルドーさんが呆れた顔で立っていた。
「あ、ゴルドーさん! 受ける気マンマンですけど、何か?」
「何か? じゃねえよ! その洞窟がどんな場所か、分かってんのか? あそこは『魔物の巣穴』って呼ばれててな。昔から、腕利きの冒険者が何人も飲み込まれてる曰く付きの場所なんだぞ」
「へー。ますます面白そうじゃん!」
「人の話を聞け!」
ゴルドーさんが、こめかみに青筋を立てる。
「魔物が活性化してるってんなら、普段よりさらに危険になってるはずだ。そんなとこに、Bランクになったばかりのお前さんが、一人で行くなんて無謀にもほどがある!」
「でも、誰かが行かないと、スタンピード? になっちゃうんでしょ? なら、ウチが行くしかないじゃん」
あたしが、珍しく(?)真面目な顔で言うと、ゴルドーさんはぐっと言葉に詰まった。
「…ったく、お前さんは、本当に…」
ゴルドーさんは、ガシガシと頭を掻いて、大きなため息をついた。
「…分かったよ。俺も一緒に行ってやる」
「え、マジで?」
「おうよ。お前さん一人じゃ、心配で見てられん。それに、洞窟探索なら、俺の方が経験はある。足手まといになるんじゃねえぞ、嬢ちゃん」
「やったー! ゴルドーさんと一緒なら安心じゃん!」
あたしは、素直に喜んだ。
ゴルドーさん、なんだかんだ言って、優しいんだよね。
「では、ゴルドーさんも同行してくださるなら、少しは安心ですが…くれぐれも、ご無理なさらないでくださいね! 危険だと判断したら、すぐに引き返してください!」
エリアナさんが、念を押すように言った。
「分かってるって。嬢ちゃん、準備はいいか?」
「準備? いつでもOKだけど?」
「洞窟探検舐めんな。松明とかロープとか、色々いんだよ。俺が用意するから、お前さんは水と食料、多めに持ってこい」
ゴルドーさんに言われて、あたしは一旦宿に戻り、ポーチに水筒と干し肉をパンパンに詰め込んだ。
これで準備万端!
ギルド前でゴルドーさんと合流し、あたしたちは「迷いの森」の、さらに奥を目指して出発した。
レイジボアを倒したエリアよりも、さらに深くへ。
進むにつれて、明らかに空気感が変わってくる。
ジメジメしてて、なんか、魔物の気配が濃い感じ。
「ギャウ!」
「キシャー!」
昨日までは考えられないくらいの頻度で、ゴブリンや、デカいネズミ、あと、なんかキモい蜘蛛みたいな魔物に遭遇する。
「うざっ!」
「ちょこまかすんな!」
あたしは、襲いかかってくる魔物たちを、蹴ったり殴ったり、時にはそこら辺の木を引っこ抜いて振り回したりして、片っ端から蹴散らしていく。
「はっはっは! 相変わらず、見事な暴れっぷりだな、嬢ちゃん!」
ゴルドーさんは、あたしの後ろで斧を構えながら、援護に徹してくれている。
あたしが倒し損ねたやつを、的確に仕留めてくれるから、マジで助かる。
しばらく進むと、森の最深部と思われる場所にたどり着いた。
巨大な岩壁がそそり立っていて、その中腹あたりに、洞窟がぽっかりと口を開けている。
入り口は、人がギリギリ通れるくらいの大きさだ。
「あれが、例の洞窟か…」
ゴルドーさんが、険しい顔で洞窟を見上げる。
入り口の奥からは、淀んだ、重たい魔力の気配が漂ってきてる。
「うわ、なんか空気ヤバくね? ドブみたいな匂いするし」
あたしは、思わず鼻をつまむ。
ゴルドーさんは、腰袋から松明を取り出して、火打石で火を灯した。
パチパチと音を立てて、オレンジ色の炎が揺れる。
「よし、行くぞ。嬢ちゃん、ここからはマジで油断するなよ。何が出てくるか分からん」
「おっけー!」
あたしは、緊張感ゼロで元気に返事をする。
だって、なんか、洞窟探検とか、ワクワクすんだけど!
ゴルドーさんを先頭に、あたしたちは洞窟の中へと足を踏み入れた。
中は、ひんやりとしていて、ジメジメしてる。
壁からは水滴が滴り落ちていて、ポチャン、ポチャン、という音が反響している。
松明の明かりだけが頼りで、少し先はもう暗闇だ。
「うわー、暗っ! 足元、気をつけないと」
岩がゴツゴツしていて、歩きにくい。
厚底ローファー、こういうとこ歩く用じゃないんだよなー。
奥へ進むにつれて、さっきまで外で感じていた淀んだ魔力の気配が、さらに濃密になっていくのを感じる。
そして、暗闇の奥から、何か、気味の悪い物音が聞こえてくるような…。
キシャァァ…
ズル…ズル…
「…ゴルドーさん、なんか聞こえない?」
「ああ…。間違いない。この奥に、何かいやがる。それも、かなりの数がな…」
ゴルドーさんの声にも、緊張が走る。
果たして、この洞窟の奥には、何がいるのか?
魔物大量発生の原因って、なんなんだろう?
まあ、なんでもいいや。
邪魔するヤツは、全部、あたしが吹っ飛ばしてやるだけだし!
あたしとゴルドーさんの、ドキドキ(あたしだけ?)洞窟探検が、今、始まった!