ログインした私は、再びモブうさぎ。草原エリアの片隅で、ぴょんぴょんと跳ねながら、会話の聞き耳を立てていた。
木の影で小さく息をひそめ、チャットウィンドウを閉じ、視覚情報と音声ログだけに集中する。まさか、自分が攻撃特化型の剣士から、盗聴専門のモブになるなんて、数週間前の私は思いもしなかっただろう。
「最近さ、レアドロ装備、リアルで売れるって噂知ってる?」
──来た。
草原中央の岩場に座っている三人組のパーティが、小声で話している。耳をぴくりと動かして、私は会話を拾った。
「知ってる。掲示板にあったよ。『草原のレア素材、1個5千円で買います』って」
「やば。リアルで稼げるじゃん、それ。誰かが中間で動いてるってことか……? バンされねえのかな」
このゲームでのリアルマネートレード──RMTは、表向きは規約違反。だが、摘発された例はほとんどない。ましてや、草原のモンスターから低確率でドロップする素材なら、運営も目を光らせにくい。
それにしても、YASUがここ最近狙ったプレイヤーは、すべてそのレア素材を所持していた。たまたま、とは思えない。
「てか、あの時キルされたヤツも持ってたらしいよ。だから狙われたんじゃね?」
「マジで? だったら、キラーって正義の味方ってこと?」
「正義の味方がPKするかよ。あれはただのヤバい奴だって」
パーティの一人が笑い飛ばす。だが、その軽口の裏に、本音の一端が垣間見えた。
私は耳を伏せたまま、静かにその場を離れた。RMT──現金が絡めば、人は善悪の境界線を簡単に踏み越える。ゲーム内でのPKさえ、ビジネスの手段になるのだとしたら──
「……やっぱり、ただの愉快犯じゃないんだね。YASU」
モブうさぎの私には、表情すらない。でも、胸の奥はぐらぐらと煮え立っていた。
もう少しだ。もう少し情報が集まれば、真実に届く。草の揺れる音を残して、私は次の現場へと跳ねていった。