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うさぎとキラー

 草原の奥、木々の生い茂る小道。プレイヤーがあまり通らないこのエリアには、誰にも気づかれずに長時間滞在できる利点がある。


 ──だからこそ、YASUがそこに現れると知ったとき、私は驚かなかった。むしろ、当然だと思った。


 この場所は、情報を持った者がひっそりと消える、いわば「処刑場」だ。


 私は、茂みの間を跳ねる。モブうさぎのフリは板についていた。警戒させないためには、バカそうに見えるくらいがちょうどいい。


 木の根元に立っていたYASUは、やはり一人だった。黒いローブを羽織り、長剣を背負っている。見かけは普通の中堅プレイヤー。だが、その目には、どこか獣じみた鋭さがある。


「……うさぎ?」


 私に気づいたYASUが、眉をひそめた。だが、すぐに興味を失ったように目をそらす。そりゃそうだ。ただのモブにしか見えない。私は、ぴょこん、と首をかしげてみせた。


 YASUが、ふと地面に腰を下ろす。ログアウトするでもなく、誰かを待っている様子でもなく、ただ風を感じている。


 チャンスだ。


 私は、彼の近くをうろちょろしながら、自然に距離を詰める。チャットは使わない。使えば、NPCではないとバレる。モブのふりを貫くには、動きと行動だけで伝えなければならない。


 YASUが、独り言のように呟いた。


「また一人、RMTプレイヤーか……。素材を現金で売って、バレなきゃ勝ちだとでも思ってる。ゲームをなめるな」


 私はぴょん、と跳ねた。心臓が、痛いくらいに鳴っている。


 彼の言葉には、怒りというより、哀しみが混じっていた。


「なんで、こんな世界になっちまったんだろうな」


 それは、自分に向けた問いなのか、神にでも問いかけているのか。彼は立ち上がり、草原の向こうを見つめる。


「オマエも、その素材を落とすモブなんだろ? ……ご苦労なこった」


 そう言い残して、彼は背を向けた。


 私は──その背中を、ただ見送ることしかできなかった。敵か味方か。それを判断するには、まだ材料が足りない。ただ一つ、確信したことがある。


 ──この男は、「ただのPK」じゃない。


 そして、私は必ず聞く。彼の正義が、本当に正義と呼べるものかどうかを。

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