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第10話

 ◆


 朝、美咲が目を覚ますと、珍しく身体が軽かった。ここ数日ずっと感じていた腹部の鈍い痛みもなく、ベッドから降りるのも苦にならない。


 久々に訪れた平穏に、美咲は思わず安堵のため息を漏らした。


 支度を済ませて大学へ向かう足取りも軽く、キャンパスで友人たちと談笑する時間も心地よく感じられた。


 講義の合間に誘われたカフェでも、他愛のない会話に頬を緩める。


 最近の重苦しい日々が、まるで嘘だったかのようだった。


 しかしそんな気持ちもアパートが近づく毎にどんよりと曇っていく。


 郵便受けに再びあの手紙が届いている気がしてならなかった。


(また届いていたら、どうしよう……)


 そんな考えが頭をよぎり、自然と歩調が遅くなる。それでも現実は容赦なく近づき、やがてアパートの郵便受けが視界に入った。


 そこにはやはり、白い封筒が静かに差し込まれている。


 動悸が激しくなったが、美咲は勇気を振り絞って封筒を手に取った。


 震える指で封を開き、息を止めて便箋を取り出す。


 ──


『おかあさんへ


 きょうはおかあさんがげんきそうで、さくらはとてもうれしかったです。

 おかあさんは、おともだちとたくさんおはなしして、いっぱいわらっていたね。

 おかあさんがわらっていると、さくらもうれしくなります。


 さくらはずっといいこにしています。

 でも、どうしておかあさんはさくらをむかえにきてくれないの? 

 さくらはずっとまっています。


 きょう、おとうさんはまたおこりました。

 とてもいたかったです。


 おかあさん、はやくさくらをつれていってください』


 ──


 読み終えた美咲は、奇妙な違和感に眉をひそめた。


 友人たちと話して笑っていた事に言及されているような気がする。


(もしかして、誰かが私のことを見ている……?)


 ふと浮かんだ考えに、美咲の背筋が冷たくなる。


 誰かが自分を監視し、それを手紙に書いて送り続けているのかもしれない──そう考えると、恐怖がじわりと胸に広がった。


(いったい、誰がこの手紙を入れてるんだろう……?)


 今まで漠然と抱えていた疑問が、この日初めて明確な形で意識にのぼった。


(誰なのか、調べないと……)


 不安は消えなかったが、それでも、このまま得体の知れないまま放置することはできないと感じた。


 美咲はその場で強く唇を噛みしめ、覚悟を決めるように郵便受けをじっと見つめ続けた。

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