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朝、美咲が目を覚ますと、珍しく身体が軽かった。ここ数日ずっと感じていた腹部の鈍い痛みもなく、ベッドから降りるのも苦にならない。
久々に訪れた平穏に、美咲は思わず安堵のため息を漏らした。
支度を済ませて大学へ向かう足取りも軽く、キャンパスで友人たちと談笑する時間も心地よく感じられた。
講義の合間に誘われたカフェでも、他愛のない会話に頬を緩める。
最近の重苦しい日々が、まるで嘘だったかのようだった。
しかしそんな気持ちもアパートが近づく毎にどんよりと曇っていく。
郵便受けに再びあの手紙が届いている気がしてならなかった。
(また届いていたら、どうしよう……)
そんな考えが頭をよぎり、自然と歩調が遅くなる。それでも現実は容赦なく近づき、やがてアパートの郵便受けが視界に入った。
そこにはやはり、白い封筒が静かに差し込まれている。
動悸が激しくなったが、美咲は勇気を振り絞って封筒を手に取った。
震える指で封を開き、息を止めて便箋を取り出す。
──
『おかあさんへ
きょうはおかあさんがげんきそうで、さくらはとてもうれしかったです。
おかあさんは、おともだちとたくさんおはなしして、いっぱいわらっていたね。
おかあさんがわらっていると、さくらもうれしくなります。
さくらはずっといいこにしています。
でも、どうしておかあさんはさくらをむかえにきてくれないの?
さくらはずっとまっています。
きょう、おとうさんはまたおこりました。
とてもいたかったです。
おかあさん、はやくさくらをつれていってください』
──
読み終えた美咲は、奇妙な違和感に眉をひそめた。
友人たちと話して笑っていた事に言及されているような気がする。
(もしかして、誰かが私のことを見ている……?)
ふと浮かんだ考えに、美咲の背筋が冷たくなる。
誰かが自分を監視し、それを手紙に書いて送り続けているのかもしれない──そう考えると、恐怖がじわりと胸に広がった。
(いったい、誰がこの手紙を入れてるんだろう……?)
今まで漠然と抱えていた疑問が、この日初めて明確な形で意識にのぼった。
(誰なのか、調べないと……)
不安は消えなかったが、それでも、このまま得体の知れないまま放置することはできないと感じた。
美咲はその場で強く唇を噛みしめ、覚悟を決めるように郵便受けをじっと見つめ続けた。