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その夜、美咲は一睡もできなかった。
目を閉じると脳裏に浮かぶのはあの映像だ。
ぼんやりとした目で手紙を投函する自分自身──その光景が何度も頭の中で再生され、美咲の神経を逆撫でする。
部屋のどこかが軋むような小さな音を立てるたび、美咲の身体はびくりと反応する。
いつの間にか朝が来たが、体を休めることなどまるでできていなかった。
疲労だけが蓄積され、ここ数日で酷くなってきた腹部の張りと痛みもさらに強まっていた。
しかし美咲はそれを気に留めるどころではない。
むしろ、腹部が痛むたびに自分が自分であるとどこか安心してしまう始末であった。
次の日も同じように、朝になっても眠気は一切訪れなかった。
大学へ行く気力も起きず、ただ時間だけが過ぎていく。
外の光を避けるようにカーテンを固く閉め、薄暗い部屋で膝を抱えて震えている自分が惨めだった。
(眠ったら……だめな気がする……)
根拠のない不安が美咲を支配していた。
もし眠ったら。
もし意識を失ってしまったら。
取り返しのつかない何かが自分に起こるような、そんな曖昧で強烈な恐怖があった。
昼頃、スマホが震え、美咲ははっと我に返る。
画面を見ると、親しい友人の智子からLINEが届いていた。
──『美咲、今日も学校来てないみたいだけど、大丈夫? 何かあった?』
美咲は少しだけ安堵を感じ、すぐに返事を打ち始める。
──『ごめんね、ちょっと具合悪くて、ずっと寝てた』
──『大丈夫? 病院には行ったの?』
『うん、病院は行ったけど……原因がよく分からなくて』
『心配だな。学校終わったらお見舞い行こうか?』
智子の言葉に、美咲は胸が温かくなるのを感じた。
一人でいることがこれほどまでに苦痛だったとは、自分でも気づいていなかったのだ。
──『ありがとう……。来てくれると助かるかも』
智子はすぐに明るいスタンプとともに返信を返してくる。
──『じゃあ学校終わったら寄るね! 何か食べられそうなもの買っていくよ』
やりとりを終えた美咲はスマホをベッド脇に置き、小さく深呼吸をしてぶるりと一つ身震いをする。
ふと窓から外を見た。
春先の柔らかい陽光が部屋へ差し込んできているのに、部屋はちっとも暖かくない。
室温計は22度。決して寒くはない。
なのに、美咲の体はまるで真冬の屋外にいるかのように冷え込んでいた。