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第13話

 ◆


 日が暮れるにつれて、美咲の震えはひどくなっていった。


 寒気が身体の奥から這い上がってきて、たまらず暖房をつける。


 しかし、どれだけ部屋を暖めても震えは止まらなかった。


 それどころか、ここ数日無視してきた腹部の痛みがまるで存在を主張するかのように強くなってきた。


 腹の奥が鋭く突き刺されるような痛みに襲われ、美咲は身を丸めてベッドにうずくまる。


 時計を見ると、時刻は15時を過ぎたばかりだった。


 智子が来るのはおそらく17時を回る頃だろう。だが、そこまで耐えられる自信がない。


「救急車、呼んだほうがいいかな……」


 脂汗をかきながら、美咲は震える手でスマホを握りしめ、迷いを振り切るように119を押した。


 数秒後、落ち着いた声が聞こえてきた。


──『はい、119番です。火事ですか、救急ですか?』


「あの、救急です……お腹が痛くて……」


──『住所を教えていただけますか? あと、お名前と症状も』


 美咲はかろうじてそれらを伝えようとするが、激しい痛みによって呼吸が乱れ、上手く話せない。


「はぁ……はぁ……痛くて、ずっと前からで……原因がわからなくて……」


──『すみません、もう一度お願いできますか? ちょっと、お子さんの泣き声が大きくて聞き取れません』


 救急隊員の声には若干苛立ちが混じっていた。


「え……? お子さんって……?」


 美咲は一瞬呆然として、慌てて部屋を見回した。だが、当然誰もいない。子供などいるはずがない。


「ち、違います! 子供なんていません! 一人です!」


──『もしもし? 聞こえますか? お子さんを少し静かにさせていただかないと、話が……』


「だから、子供なんていないってば!」


 美咲は必死に叫んだが、救急隊員にはまったく届いていないようだった。次第に通話の向こうの救急隊員の声も途切れがちになり、やがて完全に聞こえなくなった。


「もしもし! もしもし!?」


 焦りながらスマホを強く握りしめる美咲。数秒の沈黙の後、救急隊員は電話を切ってしまった。


 乱れた呼吸のまま、美咲は呆然とスマホの画面を見つめた。全身が小刻みに震え続けている。


 ふと時計に目を向けると、時刻はもうすぐ16時を指そうとしていた。


(いつの間に……?)


 ほんの数分のことだと思っていたのに、30分近くも時間が飛んでいることに気付き、美咲は背筋が凍るような恐怖を感じた。時間の感覚すらも狂い始めてしまったのか。


 痛みと恐怖で混乱する中、なぜか唐突にあの手紙のことが頭に浮かぶ。


(今日はずっと家の中にいた。部屋から出ていない……だから手紙なんて届いてるはずがない。私自身が入れるなんてこと、絶対にない……)


 それでも不安は消えず、祈るような気持ちで這うようにベッドから降り、玄関のドアを開けて外へと向かう。


 郵便受けを開けた瞬間、美咲の動きが止まった。


 そこには、白い封筒がひっそりと差し込まれていた。

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