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5章

43 1243/2003

 カメラというのは、これほどセンスが問われるものだったのか。と村瀬友は才能の無さに落胆していた。

 パシャリと撮影してみたものの、彼女みたいに景色が映えている様には見えない。

 何か芯のようなものがあるのか、それとも構図とかそっちの学がないからか。一応、僕だって天文学者としての矜持があるし、彼女の趣味にこうやって直に触れることは少なかった。これからは積極的に撮影してみよう。あの子だって最初のころは数を重ねることに重点を置いていたはずだ。

 僕は早朝に撮ったモールの屋上からの景色を見終わると、ダンボールの壁から顔を出す。そこには中村くんと浅井が、朝からコーヒーを交わしていた。

「おはよう」と僕が言う。

「おお、おはよう。よく寝れたか?」中村くんが右手を振る。

 僕は中村くんに「何とかね」と苦笑いをしてから、浅井を見る。

 浅井は相変わらず鋭い目つきにクマをたたえながら、コーヒーを静かに飲んでいる。

「んでさ! 浅井さんはどういう分野で賢いんだ⁉」

「丁度良かった。村瀬」

 浅井の冷徹で希薄な声が、逆に安心した。

「この馬鹿を避難所から連れ出したい。手伝え」

「え?」

 僕はやれやれと頭を横に振って、不服そうな中村くんを浅井から引きはがした。

「おい! 何だよあいつ!」

 中村くんはじたばたしながら抗戦の姿勢だった。

 僕はここでもこうなるのかと呆れる。

「ごめんねぇ、あの人、そういう人だから」

 僕が説明しても納得しない中村くんは頭から蒸気を吹き、浅井は眉をひそめてコーヒーにふーふーと息を吹き付ける。

「浅井」

 僕は舌打ちをしながらとぼとぼ去る中村くんを視界の端にして、名を呼んだ。

「なんだ」

「中村くんと今後一切、関わるのを禁じます」

 浅井は「そうか」としたり顔で云って、コーヒーを冷ますのを続行した。

「まず、どうして中村くんと?」

 僕は浅井の対面に座って電気ケトルの下にコップを置いて、スイッチを長押しした。

 とろとろと熱湯が注がれる。

「些末な事だよ」

 浅井はコーヒーに息を吹きかけながら云う。

「話しかけて来た。ただそれだけだ」

「でも頼むから仲良くしてくれよ? 今後、協力していくことになるんだから」

 浅井はため息をつく。僕の方がつきたいのに。

「了承しかねると言いたいところだが我慢しよう。今は選り好みしている場合ではないからな」

 相変わらずの言い方で僕は首をすくめた。

「とりあえず今日の昼十二時、ここで説明会をするからね」

「俺は必要なのか?」

 必要じゃないと言えば欠席する。と顔に書いてあった。

 僕は目をしばたいて嘆息を吐き、口を開く。

「必要だ。何分、君の方が専門家なんだから」

「……宣なるかな。あっつ」

 浅井は湯気のたっていないコーヒーに舌の先をつけて呟いた。



 昼の十二時となり、陽徒避難所のメンツが改めて集合する。

 中村慎太郎。三部南(みべみなみ)。佐々木通(ささきとおる)。渋木奈々子(しぶきななこ)。村瀬友。浅井亀太郎(あさいかめたろう)。

 計六人が陽徒避難所の中心に坐していた。そして、村瀬友が口を開く。

「これより、この世界で起きている異変と、世界の存亡についてお話します。まずは、静かに最後まで説明させてください」

 僕は真面目な顔をし、右手を広げてそばたてた。

 しかし困った。六人中、三部南さんと佐々木通くんは小学生と中学生で、渋木奈々子さんに至っては老人。

 この複雑かつ難解な話をどれだけ噛み砕いて説明できるかが鍵だった。

「まず、小惑星について。これはもう皆さんが知っているように、衝突するのは決まっています。でも実際は都市に落下するのではなく、太平ヨウ、つまり、海のど真ん中に落下することが分かっています」

「え?」とこぼしたのは佐々木通だった。僕は彼に目配せする。

「その場合、被害は最小のものになります。ただし、現状、世界を滅ぼす重大な問題が二つあります。まず一つは、特異な物質『ジグラストーン』というものが、小惑星に含まれている可能性があること」

 僕が横文字を使った瞬間、浅井以外の全員が破顔して気難しい顔をした。

「ジグラストーンという言葉を使いましたが、それは簡単に噛み砕いて説明すると……エネルギー凝縮体といいますか」

 僕は表現を変えるべきだと即刻察した。

「それは、中に凄まじい威力を持っている爆弾だと思ってください。宇宙の中でもイレギュラーで、一説ではブラックホールを縮めることも出来るかもしれないと言われている……ええと、つまるところ、地球を割っちゃうくらいにやばい代物です」

 するする理解しているような様子はないが、そういう物がありますよ、という説明になればいい。僕は続けた。

「それが地球に激突するとどうなるか」

「――――」

「まず、このジグラストーンの特性がまだ判明していない。なので、きっとこういう物珍しいものを喉から手が出るくらい欲しがる連中が、この世界にはわんさかいるわけで」

「おい村瀬」

 とたん、腕を組んで血の気のない真顔を向けてくる浅井が声をあげた。

「なぜそんなに待って回った言い方をするのか、俺には分からない」

「浅井はもう少ししたら喋ってもらうから、このくらい噛み砕けるようにシミュレーションしておいて」

 僕は指をたてて子供に言い聞かせるような仕草で諫めた。

「七面倒臭い」

「はい。この朴念仁は置いておいて」

 僕は手を叩く。

「ともかく、この危険な爆弾ストーンを巡って戦争が起きるかもしれない。これが、世界の滅ぶ一因です」

「そ、そんなよくわからない物質を求めて、人が滅びるっていうのかよ」

 中村くんは納得ができないと言いたげな顔で云う。

 僕は頷く。

「人を滅ぼすのはいつだって人だ」

 そしてはっきりと断言する。

「それに、歴史は繰り返す」

「農民戦争。三十年戦争。フランス革命。スペイン継承戦争。第一次世界大戦。第二次世界大戦。ベトナム戦争。どれだって同じような状況で沢山死んだ。往々にして人間は愚者である」

 浅井は間髪入れず、淡々と加えてくれた。協力の姿勢だった。

 中村くんは震えて悔しそうな表情を浮かべた。

 僕は続ける。

「そして重大なものがもう一つある。これは僕らが人類である以上、最も犯してはいけないタブーの領域」

 僕は息を短く吸った。

「超人計画だ」

「なんだと?」

 その場の全員が耳を疑った。

「そう。皆さんが知っている斎藤楓の計画。奴はどうやら僕の同僚を名乗っていたようだけど、いまの僕とは全く関係のない」

「ってことは、嘘ってことかよ?」

「嘘、デタラメ、虚言、虚飾、――秘匿」

 浅井は更に淡々と加える。

 中村の中で何かが崩れさった音がする。

 僕は体にこもるエネルギーのまま、ガラス張りから外を睨んだ。

 荒廃して哀憐が溢れる景色を眼中に収める。

「奴が機密情報の漏洩を誘発させ、暴徒を扇動してこの国の秩序を崩壊させた張本人。そして……僕の彼女を自分の悲願の為に、利用しようとしている」

 僕は拳に力を籠める。

「超人計画。その末に生まれる化け物。僕と浅井は、それを、阻止しなきゃいけない」



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